第一章六 目的は何だ
朝。この世界に来て二日目。ふっかふかの寝具で寝ることも出来、昨日酷使した体も調子がいい。ベッドから降り、軽くストレッチ。うん、絶好調。
「筋肉痛が来ないとは若い体はいいなー。いや、むしろ若くない体になってるからこそ筋肉痛が数日遅れで来たり……!?」
健康体としか思えない体だが、リッタ曰く死臭がするらしいし。すんすん。ソウジは脇の臭いを嗅いでみる。特に臭いはない。昨日の夜風呂にも入ったし。
「うーん、いったん落ちるいて考えるほど謎だ。リッタにも一度どういうことか聞いてみなきゃな……」
彼女はあまり気にしているように思えなかったが。あまり物事を深く考えないタイプなのか、美味しそうならなんでもいいのか。
適当なノックが聞こえる。この適当さはロカだな。
「ソウジ様、お目覚めでしょうか?」
「お天道様が昇ると起きる健康優良児だからね、起きてるよ」
「お目覚めの口づけをしようかと思っていたのですが、残念です」
「俺今寝てるよ! さあどんとこい!」
ソウジはベッドにダイブし、毛布を首まで上げばっちりと目をつぶる。
「そうですか。では起きてくださいね、食堂でお待ちしております」
そのまま遠ざかっていく足音。沈黙がおりる。ソウジはのっそりと身を起こした。
「……行くか」
いやわかってたけどね?
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「相も変わらずすげえ量」
「おはようございますソウジさん。よく寝られました?」
おはよう、おかげさまでねとリッタに返事を返す。朝から純情な少年の心をもてあそんだロカをじろっと見やると、目線を逸らし口笛を吹き始めた。空気が漏れ出しているだけで音が出てない。ちくしょうかわいいな。
すべての命に感謝を、といい食事を開始。うん、相変わらずうまい。
ソウジがスープに舌鼓を打っていると、リッタが口にぎりぎり入るサイズのロールパンを一瞬で飲み込み話しかけてきた。何今の早飲みマジック?
「ソウジさんは今日どうしますか?」
「んー、村の方で何か仕事を探そうかと」
「この村に人を雇う余裕のある鬼なんていませんよ」
「ですよねー」
そんな気は薄々してた。
ため息をつくソウジに、リッタはちょっといたずら気な目で話しかけてくる。
「ですが一つだけ雇ってくれそうなところに心当たりはあります」
「まじ?」
ええ、とリッタは頷きテーブルの上で指を組む。
「三食食事付き、寝床も完備。さらにお給金も少し出て、その上美人の雇い主とかわいい同僚もついてきます!」
「えーと」
しばし逡巡。
「つまりは、ここで雇ってくれると?」
「その通りです、美人なんて言われると照れちゃいますねえ」
君が一人で言っただけだろ。否定はしないけど。
だが、こんな好条件の場所はないだろう。リッタが言った条件もそうだが、何よりソウジは無一文の住所不定無職。これを断る理由もない。
「すみません、じゃあよろしくお願いします」
「はい、たくさん食べて肥えてくださいね」
「やっぱやめていいですか?」
「だめです」
にっこりとリッタが笑う。鬼ジョークわかってても怖いからやめて。
「じゃあ、そういうわけだからロカ」
「うん、わかってる」
ん?
「私、また森に探しに行ってくるね」
「気をつけてねー」
手をひらひらと振るロカ。いや、ていうか。
「敬語は?」
「んー、元から使ってないよ。ソウジっていうお客様が一応いたからそれっぽく振る舞ってただけで。私が形式的にリッタに仕えていることになってるだけ」
あ、ごめんもうお客様じゃなくて仕事仲間だから敬語なしでいいよね、あー疲れたとロカは肩をぐるぐる回す。ていうか口調がさらに適当になっている。衝撃を受けてるソウジを尻目に、リッタとロカが親しげに話す。
「私たち、幼なじみだもんね」
「「ねー」」
女子高生かよ。いや年齢的にそのくらいっぽいけど。
「じゃあ、そのメイド服は……?」
「ん、趣味」
すばらしいご趣味だと思います。
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仕事着、これしかないんだけど……とロカが差し出してきたメイド服は突っ返し、制服を仕事着にすることにする。昨日できたほころびは修繕されているし、制服なら耐久性もあるだろう。
そして仕事に取りかかる。
男の子が来てくれて助かった-、と言われ大きな剪定ばさみで広い庭の木々の手入れをし、力持ちで助かった-、と言われ倉庫の大掃除。これ買ってきて、と指示され村から大量の小麦粉を購入し、リアカーのようなもので運んできていたら一日が終わった。というか最後の方もうおだてる気もなくなってたなロカの奴。
だー疲れた、と夕飯も風呂も済ませたソウジはベッドへ倒れ込む。
「まあでも、飯はうまいし風呂は広いし」
あと一応同僚もかわいい。こんなこと本人に聞かれたら弄り倒されるに決まっているので、決して本人の耳があるところで言うつもりはないが。
「まだ始まったばかりだけど、ここで……」
俺の居場所って見つけられるのだろうか、と昨日と同じ問いを考えたところで、ソウジの意識は睡魔に奪われていった。
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――ますか。――ませんか。――人。私の――人。お――気づいて。――か。おね――――私の×××。
「いっ……」
頭痛に、ソウジは目を覚ます。気持ち悪い。周波数の合わないラジオを強制的に聞かされていたような。部屋を見回しても何もない。
辺りは真っ暗に近い。月光だけが部屋に差し込んでいる。
慣れない環境で疲れでも出たのかな、と一人で納得し、水でも飲もうと部屋から出る。
しんと、暗く静まりかえった屋敷。もう彼女たちは寝ているだろう。そう考えると悪い気がしてきて、厨房までの道のりをこそこそ歩く。
とはいっても廊下は全面絨毯なので、何もしなくとも足音は消えるわけだが。
ストーキング能力限界まで高めちゃう? やろう。
気分はスパイ。第一のミッション、廊下の曲がり角で前方観察。
壁に体を這わせ、誰もいない廊下をのぞき込むと。
――は?
誰かがいた。リッタやロカでない。黒いローブを羽織った若い男は、大ぶりのナイフを手にしていた。
やばい。やばいやばい。
明らかに男は招かれざる客だ。普通の奴がナイフなんぞ引っさげて夜中にうろつくものか。思わず息が漏れかけた口を押さえ、ゆっくりと後すさり。そのまま踵を返し足音を立てずに、かつ最大限の速度で廊下を走る。
恐怖で回らない頭を必死に回転させる。奴はなんだ? 押し込み強盗? それとも、もしかして誰かが悪意を持って殺しに来たのか? 誰を? もしそうだとしたら決まっている。理由は知らないが屋敷の主のリッタだろう。ソウジにナイフを持った男に立ち向かえる能力などない。ロカは明らか戦えるように思えない。リッタを起こすのが先決か――
とん、と軽い音がし右足が崩れ落ちる。あれ、なんで急に力抜けたんだ早く走らなきゃ。
「……あ?」
右の太ももに熱い感覚。何かが太ももに沿って流れている。
「あっ……っづ……!」
ナイフが突き立ち血が流れていると認識した途端、遅れて激痛と熱さがやってくる。
もうソウジは認識されている。だったらかまうものか、殺される前に彼女らに危険を知らせるために大声を
ドッ。
背後からの強い衝撃に、ソウジは右肩から廊下へ倒れ込む。見下ろすと、腹から血にまみれたナイフの刃が飛び出ていた。
「……」
声にならない。腹を押さえようとする。血が止まらない。痛みと熱さで頭の中がめちゃくちゃだ。口を開けると血が流れだしてきて、鼻に血の香りが抜ける。
なんだ、俺、死ぬのか?
痛みと恐怖に支配されもうほとんど何も考えられない脳みそで、ソウジの頭の中に「死」という単語が浮かび上がる。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくない。
確実に殺そうと男が近づいてくる気配がする。やめて。来ないでくれ。
脳裏に走馬燈のように今までの光景が駆け巡り。そして、彼女のいたずら気な笑顔が浮かんだ。
――殺させて、たまるか。
ソウジの頭が冷える。だが体は痛みと衝撃で動かない。お願い神様、普段は信じてないけど、どうか最後にあの男に一矢報いらせてください。
自分ではどうしようもなく、ただただ祈ることしかできない。
そして、胸の前のシャツを掴んだとき、体に数瞬熱が走る。頭にかっと血が上るような感覚がし、全身を「何か」が駆け巡る。それと同時に痛みも熱も一瞬で引いていった。腹から流れ出ていた血さえも止まる。
――なんだ、何が起こった?
何が起きたかわからない。本当に神様が願いを聞き届けてくれたんだろうか、いやそんなことはどうでもいい。大切なのは、体が動くようになったと言うことだ。
ソウジはゆっくりと体を起こす。ほぼ死にかけで動くと思っていなかったのだろう、男の顔がわずかに動揺する。右太ももに突き立っていたナイフを引き抜く。血は流れない。さらに男の顔が驚愕に歪む。驚いてやんの、ざまあみろ。
そして右手のナイフを男に向かって投擲。一般的な肩の強さしか持っていないはずのソウジが投げたナイフは、尋常ではない速度で男に向かって飛んでいく。
男が慌てて身を投げ、廊下を転がる。あの速さの避けられるのかよ。
だが狙いはそれではない。思いっきり息を吸い込むと、
「起きろーーーー!!!」
ソウジは出せる限りの大声を大量の空気と共にはき出す。想像の何倍もの声が出て、出したソウジ自身も驚く。
男はちっ、と舌打ちをすると身を翻した。
「てめえの持ち物くらい持ち帰れ!」
ソウジは腹に突き立っていたナイフを力を込めて引き抜く。すんなりと、簡単に引き抜けた。また投げる。男は腰から引き抜いていたナイフで飛翔物をたたき落とす。何本持ってんだあいつ。
ソウジが何をしてくるかわからす背を向けることを危険だと思ったのか、男はソウジに目を向けたままじりじりと後退していく。
「……目的は何だ?」
ソウジの問いかけに、もちろん男は答えない。追うべきか、いやいくらなんでも首でも落とされたら本当に死ぬだろう。どうする。
葛藤しながらも男へ歩を進めていくと、体が窓の下に出る。雲陰に隠れていた月が出てきて、ソウジを淡く照らす。
男の顔が今までで一番の驚きに彩られ、探るような声を発する。
「もしかしてあなたは――」
「人の屋敷に忍び込み、使用人を傷つけるなんて。――食べる価値もない輩ですね、あなた」
廊下の陰から姿を現したのは、普段とは打って変わり、瞳が憤怒の色に彩られたリッタだった。