第一章五 ここでなら
うん、まあね。少なくともリッタのあの軽さから二人っきりじゃないことはわかってた。うきうきとした気分が少し沈むが、逆に衝動に身を任せたあげくいろんなものがへし折られる危険性は皆無になった、とソウジは気分を入れ替える。元からそんな勇気ないけども。
タリル村から少し離れた郊外に、その屋敷は鎮座していた。村にあった質素な作りの家とは違い煉瓦造りの大きな洋館で、窓からは光があふれてる。これいったい何人住んでいるんだろう、親いないって言ってたけど親戚と住んでるパターンかな。メイドさんとかこの世界にはいるのだろうか、とソウジの想像が膨らむ。
「さあ、行きましょう」
光る石を持ったリッタの先導で、広い庭を横切っていく。石をちらりと見ると、光が溢れている。これ、なんだろうか。
「リッタ、その石どういう仕組みになってんの?」
「これは、衝撃を与えると光り出す光石です。明かりとして使ってますよ」
光石も忘れてしまうって結構記憶喪失重傷ですねぇ、と心配そうにのぞき込んでくるリッタに曖昧な返事を返す。ごめんさい、元から知らないんです。
少し話してる間に屋敷の入り口の前に到着。リッタがドアベルを鳴らし、ただいまー、と言いつつ中へと入っていく。
恐る恐る彼女について中に入ると――
「……おお」
足下には柔らかい絨毯。広々としたホテルのようなエントランスに、両脇には二階へと通じる階段がある。隅々まで光石に照らされているが、埃一つさえない清潔さ。両脇にはどこかに通じる廊下があって、そこからやってきたのは一人の若いメイドさん。やっぱりいるのか。
「おかえりなさいませ、リールッタお嬢様」
「ただいま、ロカ」
うやうやしく――いや、このメイドさんめっちゃ適当にお辞儀してね? 主人っぽいリッタに敬意があまり感じられない。口調も間延びしてるし。
もっときっちりしたメイドさんを想像していたソウジは少しショックを受ける。だが、そんな思いもメイドさんの顔を見たら吹っ飛んだ。
リッタもとびきりの美少女であるが、このメイドさんも相当にかわいい。
小柄な体型に、光を浴びて輝く肩口で切りそろえられた金髪。リッタとは対照的な青い瞳。少し眠たげな瞳からは色気が漂っており、ぼーっとした雰囲気の彼女からは少し危うさが感じられる。特徴的なのは耳。先に行くにつれ少しとがっている。となると、彼女はエルフだろうか。
メイドさんがこちらを見る。いきなり美少女に見つめられ、目をそらしてしまった。まずい、やましいところがあると思われただろうか。
「リールッタ様、こちらの挙動不審な方は?」
「俺に原因があるとはいえ失礼じゃないですかね!」
メイドさんにはあるまじき発言にソウジは思わず叫ぶ。
これは失礼いたしました、とまた適当にお辞儀する。これ絶対申し訳ないと思ってねえわ。
「この人はね」
リッタがメイドさんの近くに行き、何かを耳打ちする。頬を染め恥ずかしそうにしながら。
ああ、とメイドさんが頷く。なんだ、まさか好きな人とか紹介を――
「食べちゃいたい人ですか」
「全く違う修飾語が!?」
人以外に共通点はない。まあそんなことだろうとソウジは肩を落とす。きゃーもうなんで言っちゃうのーとリッタがメイドさんをぽかぽかはたく。かわいい。
「挨拶が遅れ失礼いたしました。リールッタお嬢様にお仕えしているロカと申します」
ぺこり、とまた適当なお辞儀。うん、このお辞儀の適当さは元からなんだな。もう慣れた。ソウジもロカさんに頭を下げる。
「ロカ、この人はソウジさん。ちょっと訳ありで今夜ここに泊まることになったから、案内してあげて。夕飯は豪勢にお願いね」
「かしこまりました。ソウジ様、こちらへ」
ロカさんについて行き廊下へ歩を進める。後ろから声がし、リッタがまた夕飯でねー、と微笑みながら手を振っていた。手を振り返す。うん、悪くない。
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ロカさんの後をついて行きながら、気になっていたことを尋ねる。
「ロカさんとリッタは……」
「ロカで結構です。敬語ではなく、普通にお話しください」
口調は少し冷たいが、あまりそう感じないのは間延びした声か、彼女の持つのんびりとした雰囲気故か。
口調を改め、ロカに話しかける。
「ロカとリッタは付き合い長いの? リッタもずいぶん親しげだったし、丁寧な口調も外れてたし」
「はい。私とリールッタ様は幼少の頃からの知り合いです。お仕えしてる身で恐れ多くもありますが。ソウジ様、先にお部屋にご案内しますがよろしいでしょうか」
「いや、出来れば先に屋敷の案内をお願い」
「かしこまりました」
ないだろうけどトイレとか案内され損ねたらまずい。
その後ロカと会話を交わしつつ、屋敷を案内してもらう。
「湯浴み所です」
でかい。
「客室です」
ここもでかい。
「食堂です」
なぜテーブルだけ異様にでかい。
「ソウジ様のお部屋です」
「馬小屋じゃねーか!」
なぜかいったん外に出たと思ったら、馬小屋に案内された。いや数時間前まではこういうところで寝るつもりだったけどさぁ!
「失礼いたしました。少し緊張をほぐそうかと思い、冗談を言ってみました」
「相手が相手だったら失礼じゃ済まないのでは……」
「ご安心ください。相手を見て言っているので」
「なおさらたち悪いじゃねえか!」
まったく笑わず言葉を発するロカ。無表情だから本気なのかそうじゃないのかわかりづらい。
その後先ほど見た客室に案内され、夕飯の準備が出来ましたら声をおかけします、と言いロカは出て行った。
「ふー……」
さすがに天蓋とかはついてないものの、十分豪勢なベッドに倒れ込んだ。あ、ふっかふか。
そのまましばしぼーっとする。そういえばここに来て完全に気を抜いたの初めてだな、とソウジは気づいた。この世界に来てからは気を抜く暇もあまりなかった。ロカが呼んでくれるって言ってたし、ちょっとだけ寝よう。
そのままソウジは夢の世界へと旅立った。
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「うわお……」
寝ぼけ眼をこすりつつ、ロカに食堂へ案内されたソウジはあまりの料理の多さに驚いた。これ何人前だ。
「ロカの料理、とってもおいしいんですよ。たくさん食べてくださいね」
確かに、見た目だけでもおいしそうだ。丸一日ジュースしか摂取しなかった腹が鳴る。でも……あれ?
「リッタとロカと……他の人はまだ?」
「誰もいませんよ? この屋敷には私とロカだけです」
まじか。こんな広い屋敷に女の子二人で暮らしてる? きっと理由があるんだろうが……勘ぐっても仕方ないか。だが、そうなると。
「この量はいったい」
「ご心配なく! 私たくさん食べるので!」
軽く見積もって六、七人前はリッタの前に並べられている。あ、端っこに普通の量の料理がある。あれ俺のか、とソウジは席に着く。
「ロカの分は?」
「彼女は私の後に食べます」
なるほど。使用人はやはり主人と一緒には食べないのか。
ソウジがロカに目を向けると、彼女はお気になさらず、と首を振る。
「それではいただきましょう。すべての命に感謝を」
「すべての命に感謝を」
おそらくいただきますのようなものであるのだろう。リッタに続いて復唱し、料理に手をつける。え、なんだこれ凄くうまい。
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「ふー。腹が……」
部屋に戻ってきて、窓際のイスに座る。
ロカの料理は非常においしく、出されたものは完全に平らげた。リッタも宣言通りほんとに全部食っていた。あの体のどこにあれだけの量が入るんだ。
食事の後は風呂にも入ってきた。どの世界でも水は貴重だろうし、大きい湯船に浸かれるのは贅沢なんだろうな、とソウジはぼんやりと考える。制服も脱いで、渡されたゆったりとした大きなシャツに着替えている。メイド服もございますが、という提案はもちろん丁重にお断りした。
夜空を見上げると、こちらの世界は星の並びが全く違う。ああ、やはり違う世界に来たんだということを痛感する。
――元の世界では、自分がなかった。
絶対にこれがしたい、将来はこう生きていく。そんな強い意志もなく、ただ毎日が楽しくあればいいと流されて生きていた。それが特段悪いことだとは思わない。そうやって生きている人は、ソウジ以外にもたくさんいるだろう。
ただ、欲しかったのだ。どこかに、自分の確固たる居場所を。誰かに言って欲しかった。君じゃなきゃだめなんだと。そんな代わりのきかない人間になりたかった。ここでなら――
「ここでなら、見つけられるのかな……」
ぽつりと漏らした言葉。
そんな問いかけにもちろん夜空が答えてくれるわけもないが、月の光は優しくソウジを照らしていた。