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第一章三 もう死んでるって本当ですか

「……俺が、もう死んでる?」


 ありえない、という感情を込めてソウジはその問いを少女にぶつける。

 ええ、その通りです! と少女は意気込んで頷く。だからなんでそんなに嬉しそうなの。

 心臓……は動いてる。肌もちゃんと血が通っているように見える。なにより死体がこんなに動いてたまるかと思う。


「私、トロルとグールの血を引いているんですが、私の中の血が両方ともさっきから騒いで騒いで! 死臭がする人間族なんて初めて会いました! もう、いっそのことお兄さん食べちゃいくらいです!」


 きゃー言っちゃった、と少女は頬を染めて一人で身もだえ始める。君の恥ずかしがるポイントがわからない。

 トロルどグール。どちらも多少ファンタジーの創作物に親しんだことのある人にはわかる用語だ。

 トロルは人食い鬼だったり妖精のような存在だったり。グールは、そう、死んだ人を食らう鬼。そしてこの少女の血がソウジを食べたがっていると。


「……え、もしかして食われるの?」


「まさかぁ、食べたりしませんよ。 意思疎通ができて知性のある一定以上の動物は食べてはいけない決まりがありますし、ご馳走をすぐ食べるなんてもったいない!」


 いや結局食うんじゃねーか。ソウジは頬を引きつらせる。先ほどからこちらを見てくる少女の視線も、もはや違うものに見えてくる。あれは、猛禽類が獲物を見る目だ。

 さてと、と少女が呟き腰を上げる。


「肉体が普通に生きてるお兄さんから死臭がしてくるのも気にはなりますが、このままここにいても日が暮れますし、早めに移動しましょう」


「ほんとに食べないんだよね?」


「やだなぁ、鬼のちょっとした冗談ですよ」


 あの目と声のトーンは冗談ではなかった。頬がますます引きつるのを自覚しながら、ソウジはどうしていいかわからず黙り込む。

 黙り込んだソウジを不思議そうに見つめる少女を横目に、どうしたらいいかわからない感情を、ため息に乗せて風に飛ばした。ぶえっくしょん。


 「それはそうと、もう乾いたと思うので早く服着た方がいいですよ」


 「そうだね、寒いわ」


 ソウジはいそいそと焚き火の近くにある、あちこちにすれている制服を身につけ始めた。鼻をすすりながら。ああ、ティッシュ欲しい。




==============




 少女はリールッタと名乗り、親しい人はリッタって呼びますけどじゃあリッタでいい? と鬼とはいえ美少女とお近づきになりたいソウジは食い気味で詰めた。距離感の機微? そんなものは元の世界に置いてきました。

 

先ほど川辺から出発する前に、この森の簡単な説明をしてもらった。

 この森はレグオという鬼たちが住まう国の辺境で、しばらく歩いたところにはタリル村という村があるらしい。この森は自然豊かなためいろんな生物が住んでいるようだ。さっきの魔獣とかも。

 鬼たちが住まう国。なんと心臓に悪い響きだろうか。しかしトロルやグールは意思疎通ができたり知性のある動物を食べるのは禁止されてるみたいだし、吸血鬼も家畜の血で生活してるらしい。それを聞いてソウジがほっとしていると、まあたまには禁を破って人を食べる鬼たちもいるらしいですが、とリッタが付け加えた。またちょっとした冗談だよね。だよね?


「私はこのままタリル村に戻りますけど、ソウジさんはどうするんですか?」


「俺はどこか行く当てがあるわけじゃないし、村への案内お願いします」


「了解です。ふふっ、お腹が鳴ります」


 腕じゃねえのか。鬼ジョーク心臓に悪いからやめて。リッタの後について行きながら、ソウジはさっきから聞きたいことを尋ねる。


「さっき見せてくれたようにさ、俺にも法術って使えないのかな?」


 魔法とかとは呼び方が違うとはいえ、なんせソウジも多感な少年。十七歳の少年があんなの見たらもしかしたら自分も、などと思わないわけがない。

 しかし期待を込めたそのその質問は、うーんという少女の声に裏切られる。


「法術って、周りにいる精霊の力を借りて行ってるものなんですよ。そして……」


 リッタが肩越しにこちらをじっと見る。ソウジを、というよりは周りを探るように。


「ソウジさんには、精霊が全く寄ってないんです。精霊が好む人は死から遠いことが第一条件なので、死臭がするソウジさんは精霊が嫌っちゃうのかもしれませんね」


「まじか。あらゆるものから嫌われてるのかよ俺。てか臭うの?」


「死臭に敏感な、グールである私が少し匂うくらいなので普通だったら気がつかれません。あ、でもでも私はソウジさんのこと好きですよ。その死んだような目とかすごく雰囲気に合ってます。食べちゃいたいくらい」


 きゃーまた言っちゃった、とリッタが再び身もだえする。君の好きは食物に向けるそれだろう、とソウジはげんなりとする。


「じゃあ、魔術とかそういうのはないの?」


 んー、とまたもや難しい返事。


「ありますけど、魔術は法術とは逆に死に近い種族が自らの生命力を糧にして、文字通り死ぬ気で起こすものなんです。肉体的に死を迎えたものが、時々目覚めるらしいですが……」


 リッタがまた振り返る。今度はソウジの周りではなく、心臓を見ながら。


「一応、肉体的には生きてますものね。軽く死んでみます?」


「一杯やる? みたいなノリで死んでたまるか」


 くいっ、と酒を飲む仕草の代わりに首をかききる仕草をするリッタ。

 じゃあなんだ。法術も魔術も使えない。身体能力が上がってる感じも全くしないし、あとは……


「せいっ、ふっ。はっ」


「急におかしな体勢とってどうしたんです?」


「いや……聖剣とかでてこないかなって……」


 なんていうことだ。ソウジはがっくりと肩を落とす。異世界転生したのになにもボーナスないのか。雰囲気死人とか何の意味もないし。

 転生もののお約束はないのか、とソウジは心の中で嘆きつつも前方を歩くリッタの弾むような足取りと、それに合わせて揺れる綺麗な髪を見て少し頬を緩める。

 ――まあでも、こんな美少女と関わりを持てたのは少しいいことか。たとえ向こうが食欲からとはいえ多少好意を寄せてくれてるのは間違いないし。


 そして二人、しばし無言のまま緩やかな斜面を登り続ける。すると――


「ソウジさんが落ちてきた分、登り切りましたね」


「そうみたいだな」


 木々が見える。ふーこれで斜面も一応は終わりか、と呟くソウジにお疲れ様ですとリッタは声をかけてくれた。なんていい子。


「後は森を抜けて、しばらく歩けばタリル村です」


「やっと人里に出られるのか」


「鬼里ですけどね」


「リッタってよく冗談言うよね」


「そういう子はお嫌いですか?」


「むしろ好きだ」


 森の中を歩きながら、顔を見合わせクスクスと笑う。ああよかった、これでいったん落ち着けそう――

 漂ってくるわずかな異臭。それは先ほども嗅いだ獣臭さ。


「……あのさリッタ」


「言いたいことはわかりますよ。どうやら運の悪いことに、縄張りに入ったの嗅ぎつけられたみたいですねぇ」


 のんびりとした口調のリッタとは対照的に、顔が引きつるのを自覚するソウジ。

 どこだ。どこから来る。周りに視線をやる。左右。後ろ。もう一度左右を見渡す。

 汗が噴き出る。動機が止まらない。ああくそ、奴が噛みつこうとしてきた時の唾液の飛び散り方など思い出すな。

 ソウジは震える足を掴むが、震えは止まらない。そして悠然と前方から歩いてきたのは――


 「あら、ずいぶん大きな個体ですね」


 ついさっきまで冗談を言い合ってた口調のまま、リッタはのほほんと言った。


 先ほどソウジに嫌と言うほど恐怖を与えてくれたサーベルタイガーもどき……ガーヴトースが姿を現した。  

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