1話 怪物
清々しい秋晴れのある日。
学校の放課後、友達と別れ1人帰路についていた私は、ふと夕焼けが綺麗だなと思い近くの陸橋の上に来ていた。
ここは沈む夕陽がよく見える。
秋風に髪がなびく。
最近はこの時間になると適度に涼しく心地良い風が吹くので、綺麗な夕陽と合わせて今の瞬間は私にとってのゴールデンタイムだ。
陸橋の下は電車の線路で、騒音と共に電車が高速で走り抜けている。
この速度で撥ねられたら即死だろうな。
「やっぱり…死ぬ時は選びたいよね。今なら、死んじゃってもイイかも……。」
独り言が口をついて出た。本心だけど、本心じゃない。最近読んだ小説の内容が、主人公は死んでしまったが、異世界に転生して活躍する、というものだったから。
私は死にたいわけじゃない。ただ、アニメやラノベに出てくる同年代のキャラクター達は楽しそうに異世界を冒険している。
なのに、私は食う、寝る、学校の繰り返し。
つまり、この何ともならない世界に生きていることが、憂鬱なのだ。
「……ん?なんだろアレ?」
茜に染まる西の空。夕陽の近くに、大きな黒い球体がある。沈んでいく夕陽より圧倒的に大きく見えるので一瞬夜かと思ったが、明らかに端が弧を描いていた。
「え…ウソ、近づいてる……?」
その黒い球体は目に見える速度で墜落しているように見える。
アレがもし巨大な隕石なら、私やこの世界は……。
「間違いなく死ぬよね…ハハハ…異世界転生できるように今からお願いしとこ。」
私は手を合わせて『神様お願いします異世界転生させてください。』と願う。
普段は初詣しか行かないのにね。
手を合わせてお願いしているけれど、黒い球体から目は離さない。
その時、黒い球体の表面をSF映画のような爆発が覆った。爆発は30秒ほど続いたが、おそらく目的は達成出来ただろう。
黒い球体があった空の場所から、もっと小さくなった黒い破片が拡散している。
「なぁんだ…人類の科学力の勝利か……。」
落胆はしているが、こんなドキドキは生まれて初めてだったのでそこまでショックではない。
辺りが薄暗闇に包まれてくる。もう、夕方という昼と夜の境界の時間は終わりのようだ。帰ってニュースでも観て巨大隕石について調べてみよう。
そう思い帰ろうとする私の視界の端で、遠くに見える街路樹がへし折れるのが見えた。
「きゃっ!」
次の瞬間、爆音と共に強烈な衝撃が身体にかかり、私は後ろに吹き飛ばされてしまう。
ガンッ!と陸橋の欄干に頭と背中を叩きつけられた。
「うぅっ!」
衝撃とともに吹き付けてきている強い風で、私は欄干にへたり込んだまま動けない。
空を見ると、先ほどの黒い球体から分かれた黒い破片が、辺り一面の空を覆っていく。
宵闇と混ざり見辛いけど、確かに黒い破片はこっちの方にまで飛んできていた。
「なんだ…結局…ケホッ…落ちてくるじゃん。」
いくつかの破片が私の上を越えて飛んでくる。ドォン!という音が鳴り、民家が飛来した破片に潰されるのが見えた。破片は次々と民家や道路に突き刺さる、
「行こう…私の望む物が…あるかもしれない……!」
痛む身体に鞭を打ち、よろめきながらも立ち上がる。
私は、1番近くに落ちた破片へ向けて走り出した。
「はぁっはぁっはぁっ。」
走る。
街は阿鼻叫喚に包まれていた。
恐慌状態になって逃げる人々の流れに逆らって、火災が起きている方へと走る。きっと、破片はあそこに落ちているはず。
5分ほど走ると、燃えている場所に着いた。
隕石の衝撃か、瓦礫が散らばっている。
人々は皆逃げてしまったのだろうか。人っ子一人、野次馬すらもいない。
なんだろう、煙と一緒になって変な臭いがする。
生臭いような…お肉みたいな…。
ガラガラと瓦礫の崩れるような音が響く。
音の方を見ると、火災の火で照らされる黒い影が。
ワンボックスカーほどの大きさの黒い影は、もぞもぞと動いているが、細部まではわからない。
わからないが、私は身の危険を感じていた。
…逃げなきゃ。
足を後ろに一歩踏み出し、二歩踏み出そうとして、小さな瓦礫の破片を踏み砕いてしまった。
パキッと音が鳴る。
黒い影が振り返る。真っ黒だというのに、確かに振り返り私のことを見つけたとわかってしまった。
私は、まさしく蛇に睨まれたカエルのように、身体がすくんでしまって動けない。
黒い影が、のしのしと歩いて迫ってくる。
近づいてくるにつれ、その細部も見えてきた。
ダイヤモンドのような菱形に近い胴体に、先端にいくほど鋭く、槍のように尖った脚が6…いや、7本付いている。
胴体の真ん中のあたりからは人間の背骨を思わせる長い首が生え、その先端にはクチバシが4つもある頭だと思われる部位。
しかも、クチバシはヒトに見えるモノを咥えており、赤い液体が滴っていた。
紛うことなき、怪物。
……ダメだ、私、食べられる。
意を決する。良い世界になったかと思ったけど、いきなりゲームオーバーか…残念。
その時、怪物は何かを察したのか、頭と思われる部位を空へと向けた。
なんだろう、キィィンと高い音が聞こえる。
次の瞬間、ドンッ!という衝突音とともに怪物が真横に吹っ飛んでいく。
「うわぁッ!な、なにが起こったの?」
さっきまで怪物がいた場所には、代わりに黒い破片が転がっていた。
まさか…たまたま隕石が怪物に当たった?
怪物を吹っ飛ばしたと思われる黒い破片は、よく見ると不自然に正立方体をしていた。
不思議と、私はその立方体に吸い寄せられるように近づいていく。
そっと、触れる。
立方体はみるみる形を変えていき、片刃の黒い大鎌となった。
持ち上げてみる。思っていたよりも全然軽い、というか重さを感じない。
しかも、私は大鎌なんて持つのは初めてなのに、不思議と手に馴染む。
まるで、私専用の…武器。
「キシャァァァア!!」
吹っ飛んだ怪物が叫びを上げた。
…この大鎌があれば、倒せる。いや、倒す。倒してやる‼︎
私の中に根拠のない自信と勇気が満ちる。
こちらに怪物が突進してくる。彼我の距離は15メートルくらい。コイツ、意外と遅いな。
私も怪物に向けて突進する。
距離はすぐに縮まる。怪物が後ろ側の脚3本で身体を持ち上げて、私に向け槍のように鋭い前脚4本で刺突してくる。
大鎌の鎬で脚を受け、刺突をいなしながら怪物の横に走り込む。
怪物が反対側の脚で、身体を振り向かせながら追撃をしてくるが、私はそれより先に、身体を持ち上げていた後ろ側の脚を大鎌で薙ぎ払う。
体勢を崩すだけのつもりだったけど、意外なほどスパッと3本の後脚は斬れた。
支えを失った怪物が倒れ落ちる。
落ちる怪物の胴体目がけ、薙ぎ払いの勢いを殺さないままに大鎌で斬り上げる。
怪物は真っ二つに切断されると、動かなくなった。
……やった。やったんだ!私!
「よっっしゃーーー!!」
思わず叫んでしまった。でも、とにかく嬉しい。
攻撃を避けた時のギリギリ感、怪物を切り裂いた時の感触、怪物を倒したこの高揚感。
最…高…!
はあぁ……!
私はしばらく怪物を倒した余韻に浸っていたが、とんでもないことを思い付く。
まさかあの、空を覆っていた黒い破片が全部、こういう怪物になっているなら……!
口角が上がるのが自分でもわかる。
辺りを見回すと、少し先にも火災が発生しているのが見えた。
「よし、行くぞぉ!」
私は1人気合いを入れると、次の場所に向けて走った。
大鎌を持って走る、走る、走る。
信号も十字路も気にせず走る。どうせ車なんてロクに動いていない。
と、思っていたら十字路で横から何か飛び出てきた。
反射的にジャンプして避ける。
すると、私がさっきまでいた場所に黒い影がいた。先ほどと同じ形の怪物だ。
あれ?怪物飛び越えてるけど、私今5メートルくらいジャンプしてない?
まあいっか、むしろ好都合!
「うおりゃぁあ!」
ジャンプした勢いから前方宙返りをする。大鎌を身体の前で縦に構えているので、大鎌ごと大回転しながら怪物に落下する。
怪物はズパパパっと斬れ、バラバラになる。
しかし今倒した怪物の背後から、もう1匹現れた。
仲間の屍を踏み越えながら、怪物は長い首と先端の頭を私目がけて振り下ろす。
大鎌の柄で首を受け止めるが、頭の勢いは止まらず、大鎌を越えたクチバシが私の髪を捉えた。
そのまま髪で身体を宙吊りにされる。
「イタタタ!イタイイタイ!このぉ!」
私にとって髪の毛を傷付けるのは、かなりNGだ。
両手は自由なので、大鎌で首を斬り裂いてやる。
しかし、身体の方は止まらない。
私のことを串刺しにしようと、四方から尖った脚が迫る。
やばい、私は今、身体をささえていた怪物の頭と首を斬ったから、空中で死に体だ。
咄嗟に大鎌の切っ先を地面に突き立て、大鎌を支えに横に避ける。
間一髪、怪物の脚を躱すと、一度距離を取るために後ろに跳んだ。
けれど、怪物は突進し、後ろに跳ぶ私との距離を詰めてくる。
「このっ!これでどうだ!」
大鎌を縦に振り回し、怪物を両断しようとする。
ダメだ、これじゃ浅い。
怪物の胴を半ばまで斬り裂いたが、一瞬ひるんだだけでまだ怪物は止まらない。
コイツ、意外としぶといな。
だけど、落ち着いて見ればこの怪物、ひたすら私を追いかけるだけで、動きは単調だね。
怪物は最初に倒したアイツ同様、後ろ側の脚で身体を持ち上げ、前の4本をこちらに向けて構えた。
この怪物どもの間で流行ってるんだろうか。
怪物とは3メートルほどの距離がある。今はお互い間合いの外。
けれど、さっきのジャンプ力が私にあるのなら、試してみたいことがある。
私はその場で片膝をつき、大鎌を両手に持ったまま地面に手をつける。クラウチングスタートみたいな感じ。
怪物はフラフラしているだけで何故かこちらに来ない。コイツ、もしかして首が無くて身体もちょっと裂けてるから、バランスが取れないのかな。
それなら好都合、思い付いたばかりの新技をお見舞いしてあげよう。
私は両足に力を込め、さらに、姿勢を低くする。
両足で地面と平行になるようジャンプすると、イメージ通り弾丸のような凄まじい勢いで怪物に突っ込んでいく。
怪物にぶつかる寸前で再び地面を蹴りつけ、上方向の運動エネルギーも得る。
すると、身体は逆上がりのような強烈な縦回転をし始め、前に向かって跳んだ勢いと合わさって怪物に突っ込んでいく。
もちろん、大鎌を縦に構えたまま回る大車輪だ。
大鎌の刃が身体ごとクルクル回り、怪物を切り裂いた。
怪物の体は縦真っ二つに分かれ、倒れる。流石にもう動かない。
よし!倒してやった!この技はサマーソルトスラッシュとでも名付けよう。
2匹も相手にして勝った。
超気持ちいい。
「ありがとう。私の大鎌ちゃん。」
感謝の言葉が自然と口をついて出た。
まだまだ黒い破片はこんなもんじゃないはず、次よ次!
そう思い私は駆け出そうとするが、膝から崩れて地面に座り込んでしまう。
足に力が入らない。
「あれ?なんで?どうしたの私の足。」
大鎌を支えにしてなんとか立ち上がる。けれど、一歩踏み出そうとして転んでしまった。
というか、もう足だけじゃなくて腕も体も力が入らない。
地面に這いつくばったまま、私は動かなくなってしまった。
どうして⁉︎私はまだ怪物どもを倒したいのに!言うこと聞け!私の身体!
しかし、次第に意識も朦朧としてくる。
私の思考は、深い闇の中へと落ちた。