あなたの知らない世界 その2
金襴緞子の帯をしめ、市松人形はおだやかな笑みを浮かべていました。
でも、その表情とはうらはらに、コノ人形ハ……。
私は振り向きざまに叫びました。
「おかーさん、この市松人形」
「ああ、それ、かわいいでしょう。」
かわいい?って、……この人形、めっちゃ怒ってるんですけどー。
「捨ててあったから、拾ったの。着物が古かったから、新しいのを縫ったのよ。」
拾ったって……拾うなよ……ていうか、よく触れたな、この人形……。
母は呑気にお茶をすすっていました。
母は、何も視えない、何も感じない、幸せな人です。
数日後、この人形を捨てた人がわかりました。
うちのビルに入居している、50歳くらいの踊りのお師匠さんで
何人ものお弟子さんを抱える、溌剌としたご婦人です。
「本当に貰っていただいてよかった。」
もらってない、拾ったんですけど……。
ご婦人は、にっこり笑って、いけしゃーしゃーとそうおっしゃいました。
そして、人形の生い立ちを話始めたのでした。
この人形は、ご婦人の親戚筋に当たる病弱な
少女に買い与えられたものでした。
少女が亡くなったあと、人形が欲しいという娘がいて
別な家に引き取られました。
ほどなくその家は、火事で全焼しました。
焼け跡のがれきの中、人形は焼け焦げた跡もなく、
すすけた形跡すらなく、まるで奇跡のようにそこにあったというのです。
人形は、人の家に貰われたのが嫌だったのだろうということになり、
少女の家に戻されました。
そして、いろんな人の手を経て今ここにあるのだというのです。
「そうなんですか……。」私はそう答える以外なにができたでしょう。
そんな曰くつきの人形を、普通に、ゴミのように捨てないでよ。
心の中でそう思いました。




