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遅れてすみません
突然、町を出る事になり、エレノアはアレクが小屋からいなくなっても、しばらくしゃがんだままで、床についている靴の痕を眺めていた。
元々冬には小屋を出ることになっていたので、日常必需品等の支度は済んでいる。家にあるエレノアの荷物は毛布や手作りの押し花の図鑑くらい。あとは母や町娘のおさがりばかりだ。
押し花の図鑑、持っていけないだろうなと長年集めてきたコレクションをとうとう手放すことに、エレノアは重い息を吐く。
「だれかにあげようか・・・」
床に積まれているのは古紙をうまく利用して束ねられている押し花集。
冬にやってくる狩人には無縁の代物だ。ちり紙とかに使われるだろう・・・。
すると、鈴が鳴る音が小屋の外から響いてきた。アレクが帰ってきたのだろうか?
「あらおしゃれ」
と反応して鈴は再び鳴らされた。来客だ。エレノアは立ち上がって戸をあけた。
三日月の光は豊かで門のところに立っている来客者の姿をよく照らしていた。
レベッカとイリーナの姉妹がこちらに向いた。イリーナは布を被せたバスケットを持っていた。
レベッカは門に取り付けられている鈴の紐をもっている。
「い、いらっしゃいませ・・・」
エレノアはおどおどした調子で言った。突然の来客に戸惑っていた。
「なに、ここはお店なの?」
と頬を緩ませながらレベッカは言った。それから、ぼろぼろの門のふちに触れて
「中入っていい?」
と聞いた。エレノアはどうぞと応対した。門はぽろぽろと粉を落としながら開いた。
イリーナは敷地に入る前にすずを鳴らした。
「なにこれ手作り?」
レベッカが聞いた。
「うん」
エレノアが答えた。レベッカとイリーナは月明かりに照らされている一本の木の影に眼を止めた。木の枝にブランコが吊るされていた。レベッカはブランコに指を指した。
「あれも?」
エレノアは頷く。レベッカは感心したようにすごいねと言った。それからきょろきょろ庭を見渡した。
「まるで庭園みたいだね」
「ありがとう」
月明かりは夜の雲に閉められ、暗転した。家の中にともされている光だけが明かりだった。レベッカが言った。
「実は前にもここに来たことがあるのよ。あんたがいないときに」
「そうなの?」
「ええ。そのときに薬をもらおうと思ってたんだけど・・・、あんた薬たくさん持ってるって聞いたから。」
エレノアはうつむいた。薬は元々母のためにあったものだった。
「どうしたの?」
エレノアは首を横に振った。そして二人を家に招いた。
するとレベッカが言った。
「ああ、そうだあんたに渡すものがあったんだった」
「渡すもの?」
「イリーナ」
イリーナがバスケットの布を取った。ちょっとした演出と共に。
「たらーん!」と自慢げに見せたのである。
バスケットの中には町にうられている小銭で買える御菓子のあげぱんと葡萄酒の瓶が入っていた。(瓶はバスケットから出ていた)
「これは?」
とエレノア。レベッカがちょっと気恥ずかしそうに、頬をぽりぽりかきながら、
「今日のお詫びと言っちゃ何だけど・・・、軽い親睦会のようなものでもやろうかなって思ってさ。いいかな?」
「親睦会?」
「うん。・・・あたしたちとあんたの真夜中の小さな親睦会、うっ・・・くしゅんっ」
レベッカはさいごにくしゃみをした。
風がブランコを軽く揺らした。ゆよゆよと音を立てていた。鈴虫の方が声が大きかった。
「・・・えっと、寒いから、中入っていい?」
二人を小屋に入れると慌てて火鉢に火をつけた。