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深夜に父のアレクが物音を立てて戸を開いた。
エレノアは眼が覚めて、そのまま寝返りをうった。
アレクは大きなげっぷをだすと、戸棚にあるコップを取り出し強い酒を一杯入れて、飲み干した。そして、再びげっぷをはいた。
エレノアは布団を被り耳をふさいだ。耳の隙間から聞こえてくるものをあさる音がいやだった。アレクはパンの包みを袋に入れていた。
しばらくしてエレノアがようやくまどろんできたところでアレクが言った。
「おいエレ」
エレノアは眠気が吹き飛んでしまった。でも寝たふりをした。アレクが続けた。
「明日フローレリア行きのキャラバンに乗る。朝日が昇る前に仕度をしろ」
エレノアはアレクのほうに寝返りをうって聞いた。
「どうしてフローレリアに行くの?」
「先日、新聞にアングレカムの苗字が載っていた。見ろ」
アレクはエレノアに新聞のチラシを渡した。エレノアは起き上がってチラシを受け取った。
「そこの花の隣にアングレカムと書いてあるはずだろう」
たしかに五角形の星のような花を描いた印の隣にアングレカム新聞社とタイプされていた。
政治家や政策を風刺したイラストが良く目に付く新聞だった。アレクは言った。
「今日来たキャラバンからもらった新聞だよ。フローレリアでもっとも売れている新聞だそうだ」
エレノアはベットに腰掛けながら新聞を読んだ。しかし本文ではなくイラストばかり見ていた。
〈(エルゲイ)と彫られた歯車の成っている木の枝の上に乗ったドルリア国の(ザルボン)という政治家が砲弾を持っている。するとフローレリアの政治家のエーデルが「僕の育てた花だぞ!」と頭に煙を立てながら叫んでいた。すると上からながめているザルボンはおもむろにその砲弾を構えて「お前のか?じゃあ、受け止めてみろ!」と言っている。〉
このエルゲイというのは地域の名前らしく、鉄鋼の生産地だそうだ。
〈コラム〉と書かれた小見出しにそう説明されていた。
「ふぅん、うちって鋼鉄業が盛んなんだ」
エレノアは歴史は知らなかったが、頷きながら感心していた。それにしてもザルボンという政治家の髪に、エレノアはくすくすと笑ってしまった。〈物事は説話どおりに行かない物である〉とイラストの片隅に書いてあった。彼の髪はかにのはさみように左右にとがっていて、肝心の中央はつるつるひかっているのだった。
アレクは母のベット下からトランクケースを引っ張りだし、埃を払う。
「まだ使えそうだな。」
ここに来る前に母が使っていた、茶色い革の大型のトランクケースである。アレクはトランクケースをエレノアの足元に置いてトランクをあけて言った。
「ここにお前の物を入れろ」
エレノアは新聞を横に置いて、ベットを降りると、しゃがんでトランクケースを自分の方へ向けた。トランクケースはここに着いてから洋服箪笥として使っていたので大した物は入っていなかった。新聞がそこに敷かれているだけだった。新聞は黒ずんでいて文字が読めなくなっていた。エレノアはいつの間にか空になっているトランクケースを眺めてアレクに聞いた。
「お母さんの洋服は?」
「ずいぶん前に売ったよ、どうせ動けねぇとおもってな」
「・・・ふぅん」
エレノアはテーブルの上に飾ってあった花瓶代わりの酒瓶と花がなくなっているのに気がついた。酒瓶は酒場に返せば小銭になる。あの酒瓶以外はエレノアはいつも酒場に返していた。アレクは
「ほれぐずぐずすんな。俺は先にキャラバンのやつらに会ってくる。すぐに来いよ、あと町には入るなよ、金借りてるやつに見つかったら面倒だ」
と言うと、ずたぶくろを持って小屋を出て行った。
ここの話は後日改稿します。(連載版完結後、話全体を改稿する予定ではありますが)
また、明日も投稿します。