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 工場を出て橋を駆け足でわたりながらエレノアさっきからはなんだか妙な胸騒ぎが止まなかった。途中ところどころで工場のほうに強張らせた表情を見せていると、

 前から黒い外套を身にまとった警官が歩いてくるのが見えた。

 エレノアはそのまま素通りしようと顔を背けたけれども、警官はなにやらあわてて工場のほうからやってくるエプロンを身に着けた女の子を「これ」と呼んだ。

 エレノアはそのまま警官とすれちがったが、無視するわけにもいかないと脚を止めて、乱れた服のしわを伸ばして整えると、警官に早口でさっさと言った。

   「なんでしょう?」

   警官は肩で呼吸をしているエレノアに思わずたじろぎ、もういちどエレノアのエプロンとその手にしっかりと握り締めている三角巾を見て、手を後ろに組みつつ問いかけた。

   「そんなに急いで、どこへいくつもりかね?」

「家に戻るんです。その、薬を取りにいくために・・・」

「ふぅむ。・・・果たしてそれは、今の君に必要な物なのかね?」

エレノアは思わず顔を赤らめた後に

「あの、ですね、のど薬がひつような女の子がいるんです」

警官は自慢のピンと張っているその白いおひげをちょいといじった後に

「そうかね。では気をつけていくといい」

と言って振り返ると工場のほうへ再び規則ただしく歩き出した。

エレノアはすこし警官の重心がずれている事に気がついたが、さして気に留めずに

森のそばにある小屋へ向かった。

小屋から薬箱を取り出すと共にサイレンの音が小屋の壁を通り抜けてきた。薬箱から粉を

白い包みごと取り出してポケットにしまい、薬箱を元の棚に戻すと、さっさと小屋から出

て行った。

工場の門をくぐりぬけているときには既に重機械音が構内から鳴り響いていた。

平屋に向かうと、先ほどのポニーテールの女工が立っていて、そのそばには幾分か小さい

少女が三角巾をつけたまま、物憂げな表情で立っていた。

エレノアは白い包みをポニーテールの女工に渡すと彼女はありがとうと言って、

隣の少女を水道の方へ連れて行った。エレノアは、その姿を見送ると平屋の中へ入った。


一日の業務の終わりを告げるサイレンが鳴ってようやくエレノアは手を止めた。

ため息をついて流れ落ちる埃交じりの黒ずんだ汗を拭う。

天窓から差し込む三日月を見たエレノアは

今度の給金で母のお墓にきれいな花の生けた壺でも供えに行こうかと考えた。

重機械の臭いを嫌って女工たちは顔を覆ったマスクを外すと平屋を出た。

すると怒鳴り声が広場から聞こえた。女工たちは顔を見あわせた。

エレノアは声の方向を人の群れからかいわけてのぞくと、そこにはさきほどのポニーテー

ルの少女、そしてそのとなりには三角巾をはずして、油と汗のせいで固まっている髪を

持った少女がいた。

怒鳴り声の主は、この工場の主任で工場長の次に偉いと言われている男、ハルトマンであ

った。ハルトマンは作業員あがりの男で、その怒鳴り声は町で一番有名だった。そのハルトマンが叫んだ。


「じゃあ、貴様らにその薬を提供した奴は誰だ!」

少女二人は首を振ったが、ハルトマンは手にしている鞭を地面に叩き込むと二人縮こまっ

てしまった。そしてつづけて脅すように顔を近づけて言った。

「さあ言え!平屋には三機とまっているきかいがあった。そのうち二つはおま

えら姉妹の分で。そしてもうひとつはおまえらに薬を提供した者。そしてそれは一体誰

だと聞いているのだ」

その姉妹は沈黙した。

後で知った事だが、姉妹はハルトマンに一日業務休むように言ったが、認められなかった。そのことをエレノアにつたえようとしたがエレノアはどこにもいなかった。エレノアは寮にすんでいなかったため、どこにいるのかわからなかったという。そのエレノアは工場から出た後だったので、彼女をとめる事はできなかった。ハルトマンは沈黙する姉妹にとうとう業を煮やして、女工たちのほうへ向いて怒鳴った。


「やい貴様ら!誰か知らないか、再開したあともいなかったやつのことを!」

女工たちはしばらくざわざわとだれだだれだと話し合った。女工たちは知っている。

もしもここでその者の名前を言ってしまったらそのものはろくなめにあわないと。しかし

この工場は実力主義で給金がきまっていた。だからなるべくライバルは少ないほうがいい

と考えた。だが、女工たちにも仲間を思いやる心は少しくらいはあった。薄いスープくら

いには。ハルトマンがもう一度鞭をぺチンと叩き鳴らすと女工たちはあっさりと押し黙っ

てしまった。ハルトマンがまた高音混じりの声で怒鳴った。

「やい!だれかおらんのか!言わなかったらこうだぞ!」

そしてハルトマンはポニーテールの少女をひっぱたいた。彼女はその場に倒れた。

エレノアはなんてひどいことをするのだろうと怒りを覚えた。そしてその様子をだまって

みているここの女工たちにも腹が立った。

とうとうエレノアは女工たちを掻き分けて前に出た。ほかの者たちと同じ群れにいるのがいやだったからだ。ハルトマンはエレノアの姿を見て眉をひそめながら聞いた。


「おまえがそうか?」

エレノアは頷いた。本当は何か言おうとしたが、前に出てハルトマンの声を聞いたそのと

き、それまで持っていた反骨精神のようなものがくずれてしまった。冷や汗が煤と共に流

れ落ちてきた。ハルトマンはエレノアのうでをひっぱった。


「ついてこい!」

それからハルトマンは地面につっぷしたままの少女とその妹にもそう促した。

エレノアは「ああ・・・」と呟くと促されるまま、事務所のほうへと連れて行かれた。


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