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週間連載にすることにしました。
石造りの町、ジェスニエにあるいくつかの道路から入った路地には町の住民がすんでいる。路地の人々の多くは労働者であり、町の紡績工場に通っていた。エレノアもそのひとりであった。
労働者たちは専用の寮を与えられて、住む事になっているのだが、埃と虫が沸く、とてもひどいところで衛生環境は最悪であった。
元々良い家のうまれであったらしい母はここに来てあっという間に疫病に罹ってしまった。
しかしエレノアは労働者たちの住んでいる寮からはなれたところにある森の近くにある狩猟小屋に住んでいた。
ここは本来は狩人たちが寝泊りするところだったが狩猟の季節が始まる冬になるまで使ってもいいことになっていた。
母にとって少しでもよい環境にしようとエレノアが交渉したのだ。
最初は小屋の壁の隙間から風がふいたり、雨漏りがするような古い小屋であったが、
何とか整備して使えるものにした。
エレノアはこの前の暴風で傾いている扉を開けて入った。
部屋には誰も居なかった。エレノアはため息をつくと壁に刺さっている釘にたった一つしかない彼女の一張羅を脱いでそこにかけた。
それから戸棚からコップを取り、水差しから水を注いで飲み干した。
机の上を見ると酒の空き瓶が置かれていた。父のアレクが飲んだ物だろう。
アレクは夜中に寝に帰ってくる。そしてエレノアが母のためにしつらえたベッドにいびきをかいて眠る。そして朝になるとのっそりとおきだしてどこかに行ってしまう。
エレノアはため息をついて机の上の空き瓶を片付けた。
(また煽られてあけたのだろうか?)
ある時、町に歩いているとアレクの笑い声が酒場から聞こえた。
こっそり窓から覗いてみるとアレクとその仲間らしき者たちが酒を飲んでいた。
アレクたちのテーブルの上には大量の空き瓶が並んでいた。
エレノアはその光景を眺めていると仲間の一人と眼が合った。エレノアは顔を伏せたがその仲間が指を指すと、アレクが恐ろしい形相をしながら立ち上がったので、エレノアはたまらずに逃げ出した。酒場からは喧騒が響き渡っていた。
・・・一体どこからそんなお金がでてくるのだろう。エレノアは疑問に感じていた。
しかし恐ろしくて直接聞き出す事はできなかった。聞いたら殴られると思ったからだ。
アレクが母に暴力を振るう様子を涙目でよく見ていた。
エレノアは父親について深く知らなかった。母に聞いてもいつもはぐらかされてばかりだった。エレノアも母親を疲れさせたくないという思いから深く問い詰めなかった。
そして結局、妻のメアリに何かしてやることもなかった。
ふと瓶の中にいけてある花を見た。エレノアが寝込んでいる母の気を紛らわせようとつんできた物だった。生ける花瓶の代わりに酒瓶に生けた。
母はにこりとわらってありがとうと言った。
エレノアは瓶の中の水を入れ替えた。すると目頭が熱くなってきた。エレノアは首を振ってまた溢れ出す涙をこらえようとした。
『これからどうするのですか?』
・・・司祭様の言った言葉がふと浮かんできた。
(そんなの知らない!)
―――工場から始業のサイレンが鳴り響いた。
エレノアは花瓶を机に置いて、袖で眼を拭いた。
それからエプロンを持って小屋を出た。