ハゲ将軍とメイド ~ 禿げてくれたらいいのに ~
× ハイファンタジー
⚪︎ ハゲファンタジー
ハゲてくたらいいのに……。
わたくしがアナタを想うとき
わたくしの心は禿げしく震える
わたくしの琴線にふれる輝きに、わたくしは身も心も奪われる
嗚呼―― この気持ちは禿げ?
***
先月二十二歳になったばかりのイヴ・ウィークスは、今日も変わらず紺色の簡素なドレスと白いエプロンを身にまとい、長い黒髪をきっちりと一つに纏めている。
彼女の朝は早い。日が昇ると同時に起床し、手早く身支度をととのえ、屋敷中の窓を開けてまわり、朝一番の澄んだ空気を取り込んでいく。
そして無駄に広い台所で自分を含め五人分の朝食作りに取りかかる。
食事が出来上がる頃には屋敷の執事であるカロードが、手にインキが付かないよう丁寧にアイロンを当てた新聞を持って台所にやってくる。
いつもとなんら変わらない日常。
「おはようございます。カロードさん」
「おはようございます。ウィークスさん」
七年の付き合いになる二人の挨拶は、忙しい時間帯ということもあり手短だ。
イヴはトマトを器にしたサラダのまわりに砕いた氷を飾り、溶けにくいようパラパラと塩をふった。
ワゴンに一人分の朝食と新聞を置き、イヴは「では、旦那様を起こしてきますね」とカロードににっこり笑って台所を後にした。
ちらりと見たカルードのロマンスグレーの髪に、イヴは切なげにため息を零した。
イヴが勤めるこの屋敷は、平屋だが無闇に広い。玄関だけで一家族暮らせそうな程だ。
主室は三間に分かれており、浴室も中にある。使われていない女主人の部屋に子供部屋が三室。客室は五室、書斎二室(うち一つは図書室といってもいい)パーティールームに応接間、食堂は家族用と来客用に分かれている。
地下にはワインセラーと多目的室。使用人部屋は二部屋。
毎日毎日掃除しても追いつかない。実際使用しているのは主室と応接間と台所程度。たまに客室が一室。
庭は屋敷のゆうに三倍はあり、門から玄関まで以外は野放し状態―― よく言えばワイルドガーデンになっていた。
王都にあるこの屋敷は、無駄に立派な佇まいをしている。主一人に使用人もメイドのイヴに執事のカロードと通いの小姓が二人という寂しいものなのにだ。
使用人が少なく派閥がない分働き易くはあるが、どうしても手が足りない場合は都度臨時で人を雇わなくてはならず、その点はたまに不便を感じる。
(ああでも、メイドがわたくし一人だからこそ旦那様のお世話ができるのですもの)
使用人は四人でいい。メイドを増やされでもしたら毎朝の命の糧を奪われるかもしれないのだから。
イヴは上機嫌にワゴンを押し、屋敷の中で一番日当たりの良い主の部屋まで歩を進める。
扉の前で深呼吸一つ。
気を失ってはだめよイヴ! と気合を入れてノックを一つ。
「おはようございます旦那様。イヴでございます。朝食をお持ちいたしました」
間を置かず「入れ」と太くて低い声。
「失礼いたします」
静々と扉を開け、イヴはすっかり身支度を整え窓際に立つ主の姿を目に焼き付ける。
その姿を見た瞬間、イヴは頬を桃色に染める。
(ありがとう朝日。ありがとう快晴)
うっとりとした乙女の視線の先には、この屋敷の主人であり、ルッゲツパ王国ハーカハミゲ国軍第一大隊将軍であるアランディス・ルヴォードが、五十路を迎えようとしているとは思えない肉体を濃紺の軍服に包み、気持ちの良い朝の光を浴びていた。
伯爵位を持つ将軍は今だ独身で、姉の次男を養子として迎えているが、今は遠方に仕官しており不在だ。
(グッジョブ太陽!)
イヴは心の中で拳を掲げた。
「おはようございます旦那様。本日も素晴らしい照りでございますね」
その美しい照りに眩暈をおこして気絶しそうですわと、イヴはますます頬を染める。
「……イヴ、お前の朝の挨拶はいつもおかしいな」
げんなりした主の言にイヴは。
「心からの賞賛ですわ旦那様。色、艶、形、血色、照り。これら全てが合わさって初めて一つの自然美が誕生するのです」
恋する乙女の眼差しでメイドは続ける。
イヴは腰を曲げ、深々と従僕の礼を取り言う。
「旦那様。今日も素晴らしい頭皮でございます」
「…………」
「わたくし本当にこのお屋敷で働けて幸せですわ」
「…………」
なぜなら。
「毎朝朝日に輝く旦那様の頭皮を目にする事ができるのですから。わたくしはこの国、いえ、世界一幸福なメイドですわ! 旦那様ほど素敵な色艶形血色照り反射後退具合をした殿方はこの国、いえ、世界をくまなく探してもきっとおりません! その輝きがわたくしの命の糧なのです!」
イヴは瞳を潤わせながら耳まで赤く色付かせ力説した。
主であるアランディスは、普段は部下を震え上がらせている強面に、疲れきった色を乗せ。
「……食事を」と呟いた。
「はい旦那様」
イヴはきらり☆と光るアランディスの頭皮―― 禿げ頭を気にしつつも素早く丁寧にテーブルに朝食を並べた。
毎朝の、いつも通りの将軍家の朝だった。
***
食事が済めば部下の迎えが来るまで、アランディスは自室でゆったりと新聞を読んで過ごす。
イヴはその間に主の寝室を整え、茶を注いだりとメイドの仕事に徹する。
新聞を読み終える頃、窓の下から馬のいななきが聞こえ、アランディスはイヴを伴い玄関へと向かう。
部屋を出る。イヴが扉を閉める。廊下を歩く。その後ろを付き従うイヴ。
「…………」
アランディスは背後からピリピリと視線を感じていた。一点集中で、そう、頭皮に――。
玄関先にカロードと部下のファサ准尉が談笑している姿が見え、イヴいわく乙女の視線から逃れる為に(どんな戦場においても逃げるなどしなかったというのに!)足早に部下のもとへと急ごうとした時。
「旦那様。お忘れです」と、声を掛けられ、立ち止まり後ろを振り返った。
百九十三センチあるアランディスは、自分より三十センチ以上背の低いメイドを見下ろした。
メイドの手には濃紺の軍帽と白い手袋。
無言で受け取り脇に帽子を挟み、手袋をつける。
「旦那様。今日は日差しが強いのでお帽子を」
言うイヴに内心(俺は子供かっ)と憮然としつつ、鬼将軍といわれる厳つい顔でぎゅっと軍帽を被る。
イヴはにっこりと笑い。
「日に焼けて色素沈着を起こしてしまったら、頭皮の美しさが損なわれてしまいます。ああですが、蒸れにはお気をつけ下さいませ。汗孔が汚れて毛孔にも良くありません。皮脂腺から分泌される油も汚れてしまいますから――」
イヴはキリリとした真剣な顔付きで、こめかみと口の端をピクピクさせているアランディスに言う。
「禿げの、頭皮の輝きが損なわれてしまいます」
「…………」
「きゃ」
アランディスは無言で軍帽をイヴの頭にむぎゅりと被せ、今度は立ち止まらずに執事と部下の横を通り、迎えの馬車に乗り込んだ。
イヴはお団子髪のせいできちんと被れない帽子を手で押さえ馬車へと駆ける。と言ってもメイドは走っていけないので精一杯の小走りでしかなく「旦那様帽子――」と言っている間に出発してしまった。
残されてしまったイヴは隣にいるカロードが「お気をつけていってらっしゃいませ」と礼をしたので慌ててそれに習い、門へ向かう馬車に頭を下げた。
蹄が遠のき、イヴたちは頭を上げる。
「旦那様、軍帽なくて大丈夫なのでしょうか?」
イヴの心配にカロードは。
「略式の軍帽の予備ならば、軍の執務室にあるでしょうから問題ないでしょう。さあさあ、私どもも朝食を頂きましょう」
と、くるりと背を向け台所に歩き出すカロードに、イヴははいと答えて付いていく。
台所までの短い道のり、ロマンスグレーのカロードの髪を見つめ、イヴは今朝と同じため息を付く。
(あんなに頭の形が良いというのに、なんて邪魔な髪の毛かしら)
イヴは忌々しい頭髪を思わず睨む。
(カロードさん損していますわ。殿方の魅力が九割減ですわ)
「…………………禿げてしまえばいいのに」
背後から聞こえた、男にとって呪いの様な呟きを、カロードは鉄の意志で聞き流した。
ルヴォード将軍家唯一の女手でありメイドのイヴは、たいへん働き者で―― 無類の禿げ好きだった。
***
質素な馬車の中、部下と向い合わせに腰掛けているアランディスは腕を組み、ムスッとした顔付きで目を閉じている。
初めてその姿を見る者であれば、怖くて声など掛けれそうにない。
同乗しているファサには見慣れた表情で、なので気にもせずに上司に何気ない会話をはじめた。
「イヴ嬢は相変わらず甲斐甲斐しいですね」
多少のからかいが含まれた言葉にアランディスは(俺の頭皮にな)と内心で答える。
「軍帽をプレゼントしていたようですけど、あ、大丈夫です。メイドとのスキャンダルなんてかっこうのネタ誰にも言いません」
弾んだ声で言われ、アランディスはギロっと目を開ける。
「執務室にある。いらんから置いてきただけだが?」
「そうなんですか? なんだてっきり……って、あ、将軍知らないんですか?」
微妙に会話が行き違っている事に気づき、ファサは。
「最近流行りなんですよ。意中の相手に軍帽渡して『今夜付き合ってください』って」
「官給品でやる事じゃないな」
「そうですけど、息抜きですよ」
笑う部下にアランディスは疲れた息を零した。
今夜付き合ってください。
言わずとも、どんなに遅く帰宅しても、イヴは必ず部屋へ来る。
そして風呂場に乗り込み、本当に甲斐甲斐しく一日の疲れを揉み解すのだ。
ゆったりと湯船に浸かっている自分の後ろから、彼女は細い指を肌へと首筋へと這わし・・・・・・程よい力でリンパマッサージを施していく。
頭から首、肩。それはそれは丁寧にマッサージをする。
イヴいわく。
『血行が悪いと頭皮の色艶が悪くなる』『シャンプーとは頭皮のマッサージ』『頭皮ケアは怠ってはならない』『美しく輝くために』
彼女は毎晩風呂場に乗り込み(鍵を掛けても針金で開けられた)毎晩頭皮ケアをしてメイドの仕事を終えるのだ。
思う存分禿げに触れるチャンス。それを彼女は逃さない。
(そういえば、あれが俺の頭皮以外を気にかけた事があっただろうか?)
風呂の世話に来ても、背中を流した事はない。頭皮の輝き以外、褒められた事もない。
「…………」
イヴは屋敷の主人の自分に仕えているのであろうか?
自分の禿げ頭に仕えているのだろうか?
「…………」
きっと後者だ。
馬車の窓から差し込んだ日の光を、頭皮がぴかりと反射させた。
五年?くらい前に書いたやつだった気がしないでもない。




