レクチャー1 <ひとまず案を出してみる>
「・・・よろしくねって・・・言われても。」
(今日たった一日で、ミーの暗闇恐怖症をどうにかするだなんて無理がありすぎますよ!主様!!!)
主様より突きつけられた難題に、ぼくは頭を抱えながらどうするべきか考える。
今から戻って、「無理です!」と素直に申し出るか・・・
いや、申し出た途端にペナルティーとして、食事が一気に三品減らされる可能性がある。
「期間を伸ばしてください」と期限の先延ばしを願うか・・・
いや、恐怖症などを改善するためにかかる期限は予測不可だし、未知数だ。案が良ければ期限は短いだろが、今現在見通しや効果的な案など何一つ出ていない。
不確かなまま期限を伸ばしては返って首を絞める行為になってしまう。それどころか、主様直々にまた期限が指定されてしまう可能性だってある。
いっそのこと「ボイコット」・・・・
なんてした日にはぼくは主様に捕まって極刑みたいな扱いをされるかもしれない・・・。
様々な回避案を打診してみるが、どれもこれもまったくもっていい案とは言えず、どちらかといえばただ首を絞めて、絞めて、絞めまくっているボツ案でしかないように思えた。
(ぼく・・・おわったかもしれない・・・。)
脳内で、「チーン」という涼やかな音が静かに鳴り響いたような気がした。
フラフラと、足取り重く、ミーが眠っている部屋に戻ってくると、そこにはなんだかモコっとした茶色ものが中央付近をただひたすらグルグル、グルグルと動き回るという不思議な光景が広がっていた。
(・・・というか、あれは間違いなく、ミーに被せたぼくの布団だよね・・・。)
ぼくはグルグルと中央付近を動き回っているその物体に向けて声をかけた
「なにしてるの?ミー。」
ぼくが声をかけると茶色物体はピタッと動きを止め、「ミ」と短い鳴き声が聞こえた後、顔と体を覆っていた茶色の布団から這い出て、ぼくの側にトットットットと近づいてきた。
さすがに急に近づいてくるミーに若干身構えったが、ミーの歩幅ではあと2歩ほど、ぼくからの距離を見れば10歩ほど離れた場所で止まった。
「チーザ、帰ってきた。
そば、いなくて、でも、チーザの匂いあって、でもチーザいなくて・・・
あれ、包まって、待ってた。」
たどたどしい・・・だけど、少し前に比べれば間違いなく言葉数は増えているミーより「あれ、」と言って首を後ろに向くと、そこにはさっきまで被りながらグルグルと回っていたぼくの布団が小さな小山となって置いてあった。
つまり、ミーはぼくが側からいなくなったから、グルグルと歩いていたのだろうか・・・。
(捕食対象が急に消えたから捜索しようとしたのかっ、この子は!!)
なんて恐ろしい子なのだろうか・・・と、冷や汗を垂らしながら目の前の白い子猫を見る。
なんだか姿勢は低めだが、妙に尻尾を左右に小さく振ってる。その様子にハッとなる
(こ、これは狩りの予備動作?!
ぼく、狩られる!??)
ミーの狩りの本能が今、目覚めようとしているのか思い、恐怖心が否応なく揺さぶられつつあるが、今はその恐怖心に慄くためにここにいるのではないことを改めて思い出した。
(そ、そうだよ。ぼくが今ここに戻ってきたのは、ミーの暗闇恐怖症(?)を治すためじゃないか!
ここで引いては、ネズミとして、夜行性代表として名が廃るというもの!!)
もとより、夜行性代表なんてわけのわからない代表なんてあるわけ無いと断じて言えるのだが、妙なテンションで乗り切らなければ、今現在の危機的状態を打破することは不可能に思えた。
ぼくは自分から作り出した妙なテンションのまま、目の前の白い悪魔ことミーと向き直る。
「ミー!」
「ミ?なーに?」
「ぼくと一緒に、暗いところに慣れていこう!!」
「ミ・・・くらいの・・・ヤダ・・・」
力んで言い切ったとたん、ミーは耳と尻尾をパタンと落としてさらに縮こまってしまった。
***
「そんなこと言わないで・・・。どうして暗いのが嫌なの?」
「どうして、みんなは暗いところが好きなの?」
「それは、落ち着くからじゃないかな」
「なんで落ち着くの?暗いの、こわいよ・・・。」
「怖いから、嫌なの?」
「うん・・・。」
(・・・本当に、この子は猫・・・なのだろうか・・・。)
再度ミーと話し合ってみて、猫らしからぬこの子に疑問が浮かんでしまう。
しかし、いくら疑問に思っても、ミーが抱えてしまっている恐怖心は、嘘偽りないこと。どうにかして取り除いて上げなければ。
うーんと、唸りながらぼくは考える。恐怖心をどのようにして払拭すべきかということを。
(んーむ。まず、ミーがリラックスできるものをまず探してみるか。)
***
案1 音楽
「聴覚は、ぼく達生き物にとっては生きていく上で、最も大切なもの。相手の居場所を把握するため、草木の擦れる音などに注意して聞くことは、狩りをする上や、自分の身を守ることにも重要なことだからね。
それゆえに、一番感覚的にも優れている部分だから、耳がリラックスできていれば、自ずと全身もリラックスすることができると思うんだ。
なので、今回用意してみたのは、シンプルにして一番リラックスできるであろう オルゴールを用意してみました。」
そう言って、引きずり出してきたのが、木製のオルゴール。
主様にお願いして、物置小屋に置いてあった手製のオルゴールをお借りしてきたのだ。
これは主様が幼少の頃に、幼い妹様のために作ったと言われるもので、職人から見れば不格好と言われてもしょうがないものだが、音色はしっかりしている。
ミーも初めて見るオルゴールに興味津々で、近寄ってグルグルと周りを見つめていた。
「こるこー?」
「オルゴールって言うんだよ。ここにある、取っ手を、こう・・・うご、かし・・・てっと。」
ぼくのすぐそばにあった回すための取っ手を、ぼくの体全体を使って何度か回すと、オルゴール本体から綺麗な音色が鳴り出した。
鳴り出した音に若干ミーもビクッとなったけど、しばらく聞いていると眼をつぶって尻尾を左右に緩やかに振り出していた。
「・・・きれい・・・」
「うん。綺麗な音色だよね。」
しばらく2匹でオルゴールの音色に聞き入っていっていると、数分後には音色が止んでしまった。
ちょっとした充足感を感じながら、ミーに気に入ったか聞いてみる
「どう?気に入った?」
「きれい・・・すき。」
ゆらゆらと尻尾を左右に振りながら、同意の言葉を得るとぼくは小さくガッツポーズをした。
(よしっ!掴みはオーケーだ!後はこれを使って、暗闇の中で眠れるかってことだよね。)
ちなみに、そのために またまた主様にお願いして、擬似の暗闇部屋を作ってもらっていた。ようは、雨戸を閉めて、カーテンをしただけの部屋だけど。
ミーがオルゴールの音色を気に入ったのなら、これで眠れるかどうかを検証しなければいけない。
しかし、結果は・・・
「ミ~っ、ミ~っ、こわい、こわいよ~ チーザ~~」
「・・・。ダメか・・・。」
物の数秒で、ミーは泣き出していた。
ドアを閉めてわずか2分。オルゴールはまだかろうじて鳴っているが、スピードははじめよりゆっくりだ。
ぼくはドアの前で頭を垂れていた。
***
案2 寝具を変える
「やっぱり、リラックスするにはそれ相応の空間と寝床が大切だと思うんだ。
自分だけの、特別な空間。それって、どんな生き物にも大切な場所だと思うんだよ。
そこで、ぼくは空間だけでなく、寝具も大切なポイントだと考えつきました!ので」
ついで、用意したのがふっかふかのクッション(猫用)である。これはぼく一人では持って来れなかったので、またまたまた、主様に頼み込んで用意してもらった。ちなみにお手製である。
(なんで主様って手製にこだわるんだろう・・・。金欠?金欠だから??)
主様に対する疑問を抱きながらも、「まぁいいか」と流してミーに向き直る。
ミーはまたまた興味津々でクッションの周りをグルグルグルグルと回りだした。
ちなみに色合いは汚れてもいい色と判断された黒とミーと同じ毛の色の白を合わせた配色だ。ツートンカラーと言われるものらしい。
「ミーと、チーザとおんなじ。」
「うん。上が黒で、下が白、下は確かにぼくとミーと同じ色だね。」
「くろ・・・しろ・・・。」
クンクンと鼻を鳴らしながらクッションに顔を擦りつけている。
(よしよし。これも掴みは良さそうだ。今度は大丈夫かも!)
そう思って、いざ検証をしてみるのだが・・・。
3分後――
「ミ~~。怖いよ~~~~。チーザ~~~~~」
ドア付近でカリカリと爪をかく音が聞こえ、なおかつ泣きかけの声まで聞こえてくる・・・。
今度も、失敗だった。
「・・・物じゃ、ダメなのかもな・・・。」
ため息をつきながら、次の案を考えるぼくだった。
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