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小さな白と幼き白の物語  作者: 森護人
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小さな白と幼き白との邂逅

初投稿のため、文章が拙く、見づらい部分もあるかもしれませんが、最後まで楽しんで読んでいただければ幸いです。

 主様に、突然「頼みたいこと」があると言われ、呼び出されたところ

 着いた先でぼくは、目の前にいる「それ」に、目を見開いて、固まっていた。


 本能は全身全霊でぼく自身に「逃げろ!」「戦略的退避!!」と呼びかけているのだが、如何せん、今は主様に呼び出された現状であるため、その命令を無視することはできない。いや、したいのは山々だが、したあとの主様の「命令違反時の鉄槌」への恐怖が並ならないためできないのだ。


 そんな風に自分の中で本能に対しての言い訳を考えながら、目の前の「それ」の動きに注視しながら色々と自分自身に訴えかけていると 呼び出した張本人が現れて、ついで出た言葉にそのまま思考が停止した。


「あ、チーザ。来てたんだな。今日からこの子、あんたの側付きにすることになったから。

 この子の修行に付き合って上げてね。」


 数秒間、いや、数分間・・・だろうか。主様の言っている内容を理解するのに(いや、理解したくなかったけど)かかったあと、ぼくは「は?」と間抜けな声をつぶやいていた。

 そして、目の前に「それ」に指を差しながらぼくは主様に再度問いかけていた。


「え、あ、主様? 

 今日から、ぼくが。この子の面倒を見るんですか?」


「そう言ったわね。」


「側付きって、主を補佐するという意味のはずですが・・・」


「まぁ、今日からあんたのもとで、その子が使えるように指導してあげてって意味だけど。それが?」


「それだったら、リーさんの方が、一番の適任者のはずじゃないですか??あの人とこの子は同種のはずなんですから。」


「それがね。その子があんまりにも李を怖がるもんで。指導もへったくれもなくってね。そんで、最終的に 李は放り投げちゃったのよね。この子の面倒。」


「はぁぁ?!そ、それで、なんでぼくにくるんです?!」


「いやー、一応この子の本能の面を考えると、同種より、異種族の方が、もしかしたらこの子の闘争本能を呼び起こせるかなーって思ったからあんたに白旗が上がったのよ。」


「ちょ、それって、つまりぼくに贄になれってことですか?! 死ねってことですか!??」


「いや、そうなる前にはあたしは一応この子を回収するつもりではあるから、大丈夫よ。

 まぁ、助けに入るまでは少なくともあんた自身の命の危険があるってことには代わりはないけど。」


「ちょっと!それはあからさまにぼく自身が死ぬであろう過程があるってことじゃないですか!!大体、異種族だったら僕じゃなくってもいいじゃないですか!!」


「いや、この役はチーザにしかできないんだよ。だって、あんたは。



 天敵のネズミなんだから」



「天敵なのはこっちのほうですよ!!!この子、ネコじゃないですか!!!!!」


 そう、僕がさっきから指を差し、動きを注視しながら見ている先には、こうべを垂れ、こちらを不安そうに見ている真っ赤な瞳を持ち、全身は雪のように真っ白な毛を生やした存在・・・子猫である。


「いや、そうなんだけど。

この子、他の猫たちに比べて随分と気弱でね。狩りは行きたがらないし、音にビビるし、昆虫にも逃げの一手だし、同種の猫たちと絡ませると途端に尻尾を巻いてうずくまって身動き取れないし。李が話を聞こうにも、あいつを認識した途端にこの子逃げ出しちゃうわで、あいつも怒っちゃって。」


「・・・この子、本当に猫なんですか?」


(同種に怯えるって・・・)


「あたしが抱こうにも、ほら このとおり。」


 そう言って主様が縮こまっていた子猫を抱き上げると、そのまま腕の中にはいるが、表情は一目で見る限り強張っていることは見て取れるし、尻尾はお腹にぴったりと張り付いており、体は硬直してるように見える。


「・・・怖がっていますね。間違いなく。」


「そ。引き取ったはいいけど、2週間以上経ってもこのままでね。流石にこのまんまだと、猫内での連携は危ぶまれるし、つまはじきにされて、挙句いじめにまで発展されてはこの子の心に癒えない傷ができると思ったから。なら、今まだ目覚めていない猫としての本能だけでも揺さぶり起こしてあげないとこの子の今後が大変だって思ってね。」


「・・・他のメンバーには」


「言ったわよ。でもね、顔合わせをした途端にこの子どっか消えちゃったり、目線を合わせなかったりで全部敗退。で、残ったのがチーザしかいなかったってわけ。」


 そう言いながら、主様はゆっくりとその子猫を地面に下ろしてあげると子猫は腕からすぐに逃げて壁際まで一目散に逃げ、顔をこちらに向けたまま体を縮こませていた。不安そうな目でぼくの方をじっと見つめているような気がする。


「・・・今でもこの子、ぼくにも怖がっている様子ですけど」


「いや、そうでもないわよ。あんたと顔合わせしても、逃げなかったし、目線も外してないしね。あんたがずっと見てても逃げなかったでしょう。」


「それは、ぼくが目を外した途端にこの子が襲いかかってくる可能性があったからで」


「まぁ、あんたと出会った途端に襲いかかってくれればそれで良かったんだけどね。」


「良くないですよ!!ぼく自身の命の危機ですよ!!」


「でも、それがなかったから非常に残念なのよね~」


「あの、ぼくの訴えを無視しないでください、主様っ!」


「まぁ、他と比べると断然いい結果を残しているのがチーザだから、もうあんた以外に頼れるやつがいないのよ。

 と、いうわけでよろしく。」


「何がよろしくなんですか!?第一、ぼく「やる」なんて言っていませんよ?!」


「あんたは他の仲間への連携の取り方とか、伝令役として大いに役立っているし、教育にも力を入れているからいい適任者って思ってるから。だから、この子のことに関しても、頼んだわよ。じゃ。」


「ちょ!主様?!」


 そういうと、主様はぼくと子猫を残して颯爽と立ち去ってしまった。

 ぽかーんとしばらく呆けたあと、ぼくは腹の底から叫んでいた


「ぼくの場合は、者じゃなくて、獣ですーーーー!!!」


 そっちかーいというツッコミは、この場でできるモノは誰もいなかった。


 ***


「はぁ。ともかく、あの子の「あの状態」をなんとか解かないといけないよね。」


 ちらっと件の子猫を見ると、未だに体を縮こませてこちらを不安そうな目で見つめていた。

 ぼく一匹だけになったにも関わらず、あの子はあの場から一歩たりとも動こうとしない。

 それどころか、主様が立ち去ったことでさらにあの場一帯だけ、緊張の度合いが高まっているような気さえしてくる。


(明らかに体積面ではあちらの方が勝っているのに、怯える要素がどこにあるって言うんだろう?むしろ、怯えるのはこっちのほうが理にかなっていると思うのだけど。)


 昔から、獣は体の大きいものに恐怖を、体の小さいものには優越感を本能で感じる生き物だ。強いものから距離を置きつつ、自身の能力を育て、弱者やその場の環境から自分が優勢になれるように試行錯誤して日々を生き抜いている。いざ、強いものと戦う事になっても、ただ殺られる事だけでなく、相手にも致命傷を与えられるだけの自身の「牙」を常に磨いておかなければいけない。


 そう、ぼく達の生きる場所とはつまり「弱肉強食」なのだ。それが自然の摂理、決して覆すことのできない、自然界の真理だ。


 それなのに、この子は。


(なぜ過度に怯えているんだろう?)


 猫にとって、ネズミは自身が最も優位に「狩れる」存在である。

 最も、ぼくは簡単に猫という種族に「狩られる」側でいたくないため、日々神経は研ぎ澄ませているし、「牙」も持っているが。でも、やっぱり大きさが違うことや、本来の猫の嗅覚や素早さ、的確な動きは十二分にぼく達 ネズミには最大の脅威に他ならない。何よりスタミナも違うし、聴覚だって桁違いなのだ。どんなに磨き上げたって、狩られる時は間違いなく一瞬だろう。

 それをぼくは本能で分かりきっているから、この存在が自身にとって危険であると警鐘が鳴っていたのだが。


(それなのに、なぜこの子の本能はぼくに怯えているんだ?能力は否応なく、こんなちっぽけなぼくなんかよりかは自分の方が秀でているとわかっているはずなのに。)


 ぼくはしばらく答えの出ない問いかけを自分にしていたが、いくら考えていても本人でないため答えは出ない。なら、このままの状態でいるのはひどく時間の無駄であるため、ずっと縮こまっている子猫に声を掛けることを決意した。


(・・・本当は、ものっっっすごく、声を掛けるのが怖くてしょうがないのだけど。

 声をかけた瞬間に開幕直行で狩りに来るかもしれないし、はたまた、気弱そうな振りをして、ぼくが油断した途端に首を押さえつけて嬲り殺しをされるかもしれない・・・)


 様々な最悪なケースを頭の中に瞬時にシュミレーションしておきながら、恐る恐る問題の「それ」に意を決して話しかけた。


「え、えっと。や、やぁ。こんにちは?」


「……。」


 精一杯の勇気を振り絞って出た声は、自分でもビックリするぐらいの震え声だ。いや、流石に李さんの前ではこんな気弱な声で声をかけてしまった場合は即効で「狩られる」側に突き落とされかねないため、去勢ぐらいは張って見せるのだが。

 如何せんこの子は素性がしれないことと、この子自身の緊張がぼくにも多少なりとも影響しているため、声帯にもそれが反映してしまったのかもしれない。

 しかし、ぼくの精一杯の勇気の篭った一声は、この子にはスルーされてしまったようだ。


(ど、どうしよう。何を話せばいいの?ていうか、声かけても返答ないってどうしたらいいの??!会話の広げ方がわかんないよ!?)


 ぼくは嫌な汗を全身で流しているような錯覚を感じながら、次の一手を考える


(そ、そうだっ!名前!まずは自己紹介が常套句のはず!!)


「ええーと、初めまして、だもんね。ぼくの名前はチーザ。

 みんなからはそのままで呼ばれたりとか、ネズ公って呼ばれたりもしてるよ。どっちか好きな方でぼくの名前を呼んでね」

(ぶっちゃけるなら、タカさん以外の天敵みんなからは「ネズ公」って呼ばれているんだけどね・・・。)


「………。」


 しーんと辺りで響きそうな程、相手からの返答がない。


(か、会話が続かないっ!!っていうか相手から一切の反応が返ってこない!!!)


 ぼくは他になにか話せることがないか、頭の中で再度考えを巡らせようとすると、「ミー」と小さな声が聞こえてきた。

 見ると、その子は、体をさらに縮こませながら、ボソボソと何かを呟いている。

 かろうじて聞こえてきた内容では「名前」と呟いていたようだったので、ぼくからも声を出して聞いてみた


「名前って言ったの?」


「……。…ない。」


 今度はしっかりと聞こえた。

 その子は、前足をギュッと握りこむと不安そうに揺れる目をぼくに向けながらさっきよりかはハッキリした(けどやっぱり普通に比べると小さい)声で言った


「名前…ない。」


「名前がないの?」


 問いかけなおすとこくんと頭を小さく頷かせて、肯定の意を示した。


「主様とか、李さんとかから名前は貰わなかったの?あの人たちならすぐに名前をつけると思ったけど」


(そういえば、主様もこの子を名前で呼んでなかったな)


「…しら、ない。」


 僕の問い掛けに、その子はかろうじて返答を返してくれる。それでも、やっぱり声は限りなくボソボソ声に等しいし、ぼくの聴力(神経を研ぎ澄ませている)でギリギリ聞こえてくる音量だ。初対面からこの調子で、なおかつ2週間、この状態であったなら短気の李さんは苛立ちが半端ないだろう。ましてや、この子は李さんが現れた途端 即効で逃げていたと聞く。


(苛立ちどころか、殺気さえ放ってたんじゃないかな。李さん。

 この子の状態を見ると、殺気とかそうゆう雰囲気を敏感に感じすぎてしまいそうだし。この子には恐怖心とかは他の子等より一際だろう。

 そりゃーお互いに悪循環が生じてもしょうがないとしか言わざるをえないよね…。)


 李さんの殺気が放たれた形相を想像したとたん、ブルブルと体が震えた。

 ただでさえも天敵の彼を想像するのは心臓に悪いのだ。短いぼくの寿命がさらに縮めかねない。

 ぼくは彼に対する思考を停止すると、目の前、といっても距離は3メートルほど離れているその子を目に留める。

 未だに不安そうに揺れている真っ赤な目はぼくをその目に映している。その目の中にはぼくの知りうる限りの、天敵が瞳に宿していた「狩る」側の殺気は感じ取れなかった。

 あるのはただ一つ、幼い、弱々しい光だけだった。

 だから、不思議で、疑問だったのだろう。ぼくはポツリと、今まで思っていた疑問を、その子に訊ねていた。


「ねぇ。どうして、君はそんなに怯えているの?」


 ポツリと呟かれたぼくの疑問を、目の前の白い、ぼくの天敵であるはずの幼い猫に問いかける。

 幼いその子は瞳を逸らさないまでも、その瞳は大きく揺れた気がした。

「ミー」と、ポツリと鳴いたあと、その子は自分の中の不安定な気持ちを拙い言葉で呟いていた。


「…だって、こわい…。

 

 わかんない…だから、こわい…。

 

 おんなじなんかじゃない。…ちがうこと、こわい。…こわいよ…」


 そう呟きながら、小さなその子は大きな眼を潤ませていた。

 そんな様子をじっと見つめながら ぼくは、この子が一生懸命吐き出してくれた言葉を何度も吟味する。

 吟味して、一言だけ、その子に伝えた


「なら、ぼくと一緒に見ていこう。」


 ぼくはそう言いながら、自分の中で警鐘がずっと鳴り続いているのを感じていた。

 身の危険は確実だ。なんせ、この子は子猫であっても、将来は間違いなくぼく自身の宿敵である「猫」になる。それどころか、成体になる前に、この子の本能が目覚めてぼくを一瞬で「狩る」可能性だって高い。

 いや、もしかしたら、今現在 この子のこれが演技で、ぼくを狩るためだけに吐いた「ウソ」かもしれない。


 だけど…


(だけど、ぼくには。この子が吐き出してくれた気持ちは嘘じゃないと思う。

 主様にもあんなにも怯え、李さんたち「猫」の集団の中にいても恐怖心が薄れなかったこの子は、間違いなく「イレギュラー」 異端だ。

 そんなこの子が、なぜだかわからないけど、ぼくに返答を返してくれている。

 それは、この子の本能がぼくという存在を「獲物」と判断しているから、油断できると思っているのかどうかはわからないけど。

 …なら、今はそれを活用していくしかない。この子とのコミュニケーションを今現在取れるのはどうやらぼくだけのようなのだから。)


「今の君一人では、これからの世界はやっていけない。


 なら、君の「わからない」ことはぼくがわかるように説明してあげる。

「ちがうこと」が怖いことではないことをぼくが身を持って教えてあげる。


 君の「怖いこと」をぼくが一つずつ取り除いていけるように手を尽くすよ。」


 そう言いながら、一歩、また一歩と距離を縮めていく。


 怖くないわけじゃない。


 今でもぼくの中では警鐘がこれでもかってぐらい鳴り響いている。一歩近づくたびに、動悸が増し、体も震えそうになる。足も気をつけていないと動かなくなりそうだ。

 呼吸も荒くなりそうなのを必死に堪えて、なんとか普段通りの呼吸をする。

 表情も引き攣りそうになるのを必死に堪える。


 ここでぼくが恐怖心を表面に出してはいけない。

 この子はぼく以上に機微に鋭いのだから。


 子猫との距離が1メートルを切ったあと、じっとぼくを見つめていたその子は一言、呟いていた


「・・・こわく・・・ないの?」


 それは、この子がぼくの恐怖心を察したからなのか、それともぼくは無害であると聞きたいがための一言なのか。

 どっちかはわからないけど・・・。


「こわいよ。でもね、ぼくは君という存在を知りたいから。君のそばに行くんだよ。」


 これは主様と知り合ったばかりの頃に、主様からもらった言葉。

 言い方は随分と違うけど、でも。ぼくの心の中に今でもあの時あったときの光景は胸の奥深くに根付いている。


(まさか、ぼく自身の口から、主様からもらった言葉を言う日がくるとは、思っていなかったけどね・・・。)


「だからね、君もぼくのそばで、ぼくという存在を見て、知っていって。君にとってぼくがどんな存在であるかを。」


 ぼくとこの子との距離は、ぼくの歩幅から言わせれば5歩ほど開いた距離。

 子猫であるこの子からすれば、前足を出すだけでぼくを捕まえられる距離だ。

 他の「狩る」側であるモノ達が見れば、獲物が「どうぞ食べてください」と言っても過言ではない立ち位置。


 つまり、ぼくのデッドライン・・・。「死線」だ。


(さぁ、もう、後には引けない。いや、もう引くことはできない。この場所からこの子の腕を避けきる可能性もなければ、ぼく自身が起死回生の案をはじき出すこともできない。ぼくが生存する確率は・・・ない。)


 采は投げられたというべきか・・・。

 ぼくは来るべき衝撃と痛みに覚悟を決め、その目を閉じた。


 ・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。


 いつまで経っても、痛みどころか、衝撃も来ない。

 それどころか、なんだかほんわりと温かいような・・・。


 うっすらと目を開けると、そこは一面真っ白に覆われていた。

 それでいて、鼻につくのはミルクのような匂いで・・・



「って!えぇ?!き、きき、君、な、なにやってるの!?」



 目を開けた視界の中には真っ白なふわっふわの毛の塊と地面にぺたっとなっているぼくよりも確実に大きな尻尾。左を向けば、ぼくよりも大きな頭があって、閉じられた瞼と、黒く艶々としていながら、ヒクヒクと動く鼻。そして両頬に伸びる長く、毛と同じく白い3本の髭。


 気づけばぼくは、すでに敵の中に囲われていた。


 ぼくが大きな声で悲鳴のような声を上げた途端に、真っ白い毛が生えた頭が、ぼくに優しく擦り寄ってきた。


 それだけで、ぼくの体は恐怖で毛が逆立ち、体はカチンコチンと音がしそうなほど硬直する。心臓なんて、全力疾走している時と同じぐらい激しい動機を奏でていた。

 そばで「ミー」と、聞くモノによっては可愛らしく聞こえるであろう声だが、如何せん今のぼくには近すぎるため、この子の腹の虫の音のようにしか聞こえない。


 そんなプチ恐慌状態に陥っているぼくとは反して、そばにいるこの子は、さっきよりかは幾分か緊張が解れたかのような声で話しかけてきた。


「チーザ、こわいけど、知りたいからそばに来るって言ってた。

 …わ、わたしも。チーザ、知りたいから。そばにきた。

 チーザも、わたしとおんなじ…まっしろだから。知りたいって、思った。」


「そ、そう。た、確かに、ぼくも君と一緒で、体毛は真っ白だしね、親しみやすいかもね。」


 ぼくは耳元付近に吹きかける息に、緊張の度合いがさらにヒートアップするのを感じた。


 これはあれか、頭からガブリといただきますをされるパターンなのか。


「わ、わたし。まだ、こわい。でも。こわいの、わたしだけじゃない。

 チーザもおんなじ。こわいって言ってた。だから・・・・」


 それとも両手で押さえつけられて、ぼくの小さな骨をボキボキに折って、身動きできないようにしてから引きちぎるようにして食べられるパターンだろうか。


 ぼくがこれからされるかもしれない、いろんな惨殺シーンを考えながら固まっていると、不意に頭が離れ、ぼくの前に頭を床に置いた。

 ぼくの視界いっぱいに瞼を震わせ、ぎゅっと眼を瞑っている子猫がいる


「いま、わたしができるの。これ・・くらい・・・・。」


 はっきりしていた声は、今はまた最初のようにボソボソとした小さな、震える声に変わってしまった。

 よくよく見れば、子猫の全身は小刻みに震え、ぼくとギリギリの距離までは近づいているが、離れている。かろうじて触ってきた顔は今ではすでに床と自分の前足で隠して震えていた。

 その様子をみて、ぼくははっとなった。


(・・・もしかしたら、この子もこの子なりに、このままじゃいけないって思ったのかもしれない。

 ぼくもこの子に対してこわい気持ちがあるってことをわかってくれたから、小さな勇気を掻き集めて、ぼくの側に来てくれたのかな・・・。)


 傍らで、自分と比べれば間違いなく大きな体を持っているこの子。でも、精神年齢では人間で言う幼子と同じ年齢であろうこの子は、小さなぼくの目から見ても間違いなく、不安定で危うい。


 未だにぼくの中での本能は危険と判断している傍らで、胸の奥底から小さいけれど確固とした決意と覚悟を自覚した。


 幼い子を守るのは年長として当たり前のこと。


 自分の生命の寿命はこの子と比べれば間違いなく短いが、その分、一日一日に懸ける想いは、覚悟は、主様たちと大差ないとぼくは思っている。


 なら、残りのぼくの一生を、この子のこれからを生きるために費やすことも悪くないんじゃないだろうか。

 どうせ、後に待つのは「狩られる」だけの結末だ。それが、ぼくの一生を注ぎ込んだこの子であるならば、本望ではないか。痛いのはもちろん嫌だが、他の別の「狩る」モノよりも、断然見知った相手の方がいい。・・・多分、おそらく。


 だから、ぼくの中でだけ、誓おう。

 ぼくは この子にぼくの知りうる限りの知識と、戦い方と、処世術を、そして「愛情」を注ぐことを。


 いつか、それでぼく自身の死を早める結果になったとしても

 いま、この子が振り絞ってくれた勇気に見合うだけのものを返していこう


 だって・・・だってぼくは・・・。


「うん。これから、よろしくね。


 そうだ。君の名前も決めなくちゃね。いつまでも、「君」じゃなんだか寂しいし。

 なにか、名乗りたい名前とかある?」


「・・・ない。」


「じゃ、ぼくが決めてもいいのかな?」


「・・・うん。」


「じゃぁ、「ミー」。安直だけど、ぼくは、君にぴったりだと思うんだ。」


「・・・ミー・・・。それが、わたしの名前・・・?」


「そう。これから、よろしくね。ミー。」


「・・・うん、よろしく。チーザ。」


 そう言ってその子・・・ミーはホッと表情を和らげる(ような気がする)と、そのまま瞼を閉じた。しばらくすると穏やかな呼吸が側から聞こえてくる。

 体の震えも収まっているようだ。

 その様子を目に入れながら、ぺたりと床に座り込む。そして天井を見上げながら、ぼくは心の中で呟いた



 (だってぼくは、ミーの「先輩」なんだから。)



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