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【競作】人の闇は夜より暗く 最終夜

作者: 天宮 悠

とうとうやってきてしまいました、最後の競作でございます。

今回のお題は「過去に競作で使われたお題のどれか」ということなので、私は『鈴』を選ばせてもらいました。

最終回ということで少し長めになっておりますが、楽しんで頂ければ幸いでございます。

 ――何が起こったのだろうか。

 よく分からない。

 最後に覚えているのは、直接脳髄に響くほどの爆音と目を開けていられないほどの閃光が私を襲ったという事だけ。


 今自分がどんな状態なのかもわからない。

 それこそ、生きてるのか、あるいは死んでいるのかさえもだ。


 ――でも、


 私は、気を抜けば眠ってしまいそうなほどぼんやりとした意識の中、その声を聴いた。


『……きて』


 いったい誰の声だろう?

 何かを訴えかけるように、その声はまた響く。


『……で……おき…………す!』


 しかし、その声は部分的に掠れて全てを聞くことはできない。

 でも、私に何かを必死に訴えていることは、分かった。根拠なんてないが、そんな気がしたのだ。


 体の感覚なんてなかった。でも、私はそっと、その声の方へ手を伸ばし――


「起きるです! 起きてくださいってばぁ!」


 気が付けば、あの巫女服を着た幼い少女が目に涙を溜めながら私を見つめていた。


「あ……れ? あな……た」


 私の声を聴けたことがよほど嬉しかったのだろうか、涙を指でふき取りながら、少女はその表情を一変させ眩しいくらいの笑顔を作りながら私に覆いかぶさるように抱きついてきた。


「よかったです! よかったですぅ……ひっく、わた、私もうだめかと思ってぇ」


 私の胸の中で泣き続ける少女の頭を撫でながら、私はゆっくりと視線を周囲に凝らした。

 凄く熱い。部屋中が燃えているのだ。もうすぐ火は天井も覆ってしまうだろう。

 しかし、熱いと感じるということは、私はまだ生きている。体も、無茶をしたわりには京谷と対峙していたころと大して変わりはないようだ。

 もっとも、変わりないということは、腹部からの出血もそのままということになるが。

 まあいいか。どうせ、もう数十分と生きてられるような体でもないのだし。


 だが、


「あ! そ、そうです! こんなことをしている場合ではないのです。さあ、早くこの屋敷から出ないとなのです!」


 少女は私のように諦めた様子などなく、まだ希望があるかのようにそっと立ち上がって手を差し伸べてきた。

 しかし、自分の体だ。どれくらいまずい状態なのかなんて、嫌でもわかる。

 この状態で屋敷を出たところで、途中で力尽きてしまうのが目に見えてる。

 そんな無駄な努力をするよりは、ここでこのまま寝ている方が楽で――


「諦めないでくださいです! きっと、きっと大丈夫です。だから、私を信じてください……」


 泣きそうになって、一瞬目尻に溜まった涙を拭いながら、少女は更に力強く私へと手を伸ばした。

 そんな彼女の熱意に負けたのか、或いは私もまだ諦めたくないとどこかで思っていたのか――


 そっと私は少女の手を取り、震える足に無理やり力を込めて立ち上がる。

 それが嬉しかったのか、少女はもう一度笑みを浮かべると、拷問部屋の出口を指さした。


「行くですよ。もう、ここも持たないのです」


 私は少女の手を握ったまま頷くと、彼女に手を引かれながらやけに重く感じる足を動かす。


 部屋を出る途中、牧野が磔にされていた壁にもたれかかるようにしてしゃがんでいる京谷を見つけた。

 私と違い、花火の傍で立っていた京谷は、もろにその被害を受けてしまったらしい。服は焼け焦げ、肌には目を逸らしたくなるくらい痛々しい火傷が見える。

 僅かにも動く様子は見せないことから、恐らくはもう……駄目なのだろう。


 いくら殺されかけたとはいえ、それで彼との記憶が全て消えるわけではない。

 少なくとも学校での京谷は、迷惑なの半分、それでもどこか他の生徒とは違う反応を見せる彼に、私はどこかで普通とは別の感情を抱いていた。

 複雑な思いが頭をよぎったが、それでも今だけはそれを置いておいて、少女との脱出を優先させよう。





 部屋を出て数分。困ったように少女が眉をひそめた。

 先ほどと同じ順路を辿っても、出口に辿り着けないのだ。


 そうして時間がかかるにつれ、少女が横目でさりげなく私の傷を確認する回数も増えていった。

 そのたびに、彼女は焦りからか冷や汗を流す。

 気にするなと言ってやりたいが、口を開くだけでとんでもなく体力を消耗する今の私は、ただ少女の手を離さないように後についていくだけで精一杯だ。


「おかしいです……もしかしたら、ここが崩壊しかけていることで空間がさらにねじ曲がっているのかもしれないです」


 しかし、こうして悩んでいる間にも屋敷には火の手が回る。

 それは彼女も分かっているのだろう。

 少女は私の手を握る力を強め、


「でも大丈夫です。あなたはきっと……ううん、絶対助けてあげるですから」


 どうしてそんなに私のことを、そんな言葉を出しかけた時――


「なぁぎぃぃぃさぁぁぁぁ!」


 誰もが震えあがり、耳を塞ぎたくなるような怒声が響いた。

 声の主は、もうボロボロの体で動けるはずがない京谷。

 もう殆ど原形を留めていない右足を引きずりながら、焼け爛れた手に銃を握ってこちらへ向かってくる。


 これは京谷の執念が成せる技なのか、それともこの狂った世界が彼をこんな風にしてしまったのか。それは分からない。分からないが、このままでは間違いなく私は殺される。

 だが、そうさせまいと、


「逃げるですよ!」

 少女は私の手を強く引き、その場から駆け出す。

 走るということはそれだけ私の体力を奪い、結果的に命を縮めてしまうことに他ならないのだが、これはそれで正解だろう。

 京谷も追っては来ているようだが、あの姿ではまともに走ることはできなさそうだ。

 その予想通り、数分もしない内に私たちは彼を撒くことが出来た。


 その代償に私はもう、少しでも気を抜けばすぐにでも倒れてしまいそうなほど消耗してしまったが。

「もう……いいよ。あり……がと」


 私は何とか声を絞り出し、少女に向けてそう言った。

 もちろん、彼女は驚いた顔で私を見る。


 でも、もうこれでいいのかもしれない。十分この子も頑張ってくれたし。私の限界も近い。

 ここまでやれたのなら――

 そんな風に思っていたのに、少女は静かに私を見据えると、

「私は……言ったはずです。あなたは絶対に助けると……そう、言ったですよ」


 それはもう、説得というよりも懇願に近いものだった。

 助かってほしい、私に生きてほしいと、彼女はそう私に願っている。

 理由は分からないが、それでも少女がそう思っていることだけは、なんとなくだが理解できた。


「大丈夫なのです。ここを出るまでの辛抱なのですよ。……だからもう少し、もう少しだけ頑張ってくださいです」

「ここを……でる……まで?」

「そう、ここを出るだけでいいのです。それまで頑張ってくれるだけでいいのです。説明してる時間はないですが、でも私を信じてほしいのです!」


 彼女の言う通りなら、ここを出るだけで私は助かるらしい。

 もちろんその話が本当かどうかは分からない。もしかしたら私を安心させるために彼女が付いた嘘かもしれない。

 それでも――

 もうこの場所で信じられるのは、この小さな少女だけだから――

 私は最後の力を振り絞ろう。この少女を信じて。





「やったです! 出口が見えたですよ!」

 もう、身を案じて彼女がかけてくれる声も聞こえ辛くなってきていたが、それだけははっきりと私の耳に届いた。

 鉄のように重くなった自分の頭をなんとか起こし、少女が指さす先を見つめる。

 あと十メートルほど先に、ドアが見えた。そう、それはこの屋敷の出口。


 もう少し、このくらいなら頑張れる。

 この子の為にも、私は――


「なぎさぁぁぁぁ!」


 脱出への一歩を踏み出そうとした瞬間、怒声と共に京谷が家具を燃やしていた炎の中から飛び出し、私の足を引き千切るかのように力を込めて握った。

 誰も予測できなかった事態に反応できる者も当然おらず、少女は驚愕して目を見開き、私は地面に倒された。


「なぎさぁぁぁ……おまえおぉぉぉぉ」


 京谷は唸り声を上げながら、床を這うようにして私に近づく。

 もはや彼の体は全て焼け爛れ、かろうじて肌に張り付くようにして残る焼けた制服の一部だけが彼だということを証明する。

 銃は持っていないようだが、今の私程度素手でも殺せる。


 ああ、結局これで――


「させ……ないですっ!」


 諦めかけたその瞬間、私の横を白い閃光が通り過ぎた。

 その閃光の正体は少女が着た巫女服で、私が気付いたころには、京谷は彼女の持った木材で殴り飛ばされていた。


「うぅぅぅおぉぉぉぉ……」


 それでも京谷の動きは止まらず、すぐに起き上がると低く唸り声を上げながら私に手を伸ばし――


「きゃあ!?」


 少女の叫び声。それは天井が崩れ、降り注いだことによるものだ。

 落下した先は、ちょうど京谷がいた地点。

 伸ばした手だけを残し、彼は瓦礫の下へと埋もれてしまう。

 見る影もないほど損傷した京谷の手は、私へと向けられたまま、再び動き出すことはなかった。


「きょう……や……」

「もうすぐですから、今は急いでくださいです!」


 半ば無理矢理私の腕を掴みながら、少女は私を引き起こしその小さな体で私を背負うようにして運ぶ。


 あと三歩……二歩、そして一歩――


 もう出口のすぐそこまで来たところで、少女の足が止まった。

 彼女はゆっくりと私を下ろすと、優しい笑顔を向けてくれる。


「ほら、助かったですよ。さあ、あとは自分で行けるですね?」


 言われるままに私は腕に力を込め、体を引きずるようにして屋敷のドアをくぐった。

 すると、


「……え?」


 その瞬間、腹部から感じていた痛みと火照りが最初からなかったかのように消え去る。

 何事かと血塗れの服を捲り上げると、そこには傷など一つも付いていなかった。

 そういえば、意識もはっきりしてるし、話すのも苦ではない。

 まるで、ここに入るまでの私そのもの。


「だから、言ったですよ。ここを出るまで頑張れば大丈夫だって」

「い、いやいや、そうは言ってもこれは……」


 私が困惑した様子なのを見て少女が微かに笑い声を立てると、一つ咳払いをして、


「この屋敷はもうある種の異界なのです。あなたのいる世界とは切り離された異空間。だから、ここで何が起ころうとも、ここから出てしまえばそれは無かったことになるです」

「じゃあ京谷たちも屋敷から出ることが出来れば……」


 それはそれで問題なのだろうが、ふとそんな言葉が漏れてしまう。

 だが、少女は首を横に振り――


「この屋敷が異界化した元凶が彼らなのです。既に彼らは、この異空間の存在と化しているのですよ。だからこそ、自分の好きなように空間を作り変えることもできた。でもここに住む者である以上、あの人たちがあなたの世界へ帰ることは不可能なのです」

「そう……なんだ」


 それは、よかったのだろうか。この場所に帰ってきても彼らは殺人鬼。それならばいっそ――

 そこまで考えて、いまだに少女が出口のところから一歩も動いていない事に気づいた。


「あれ? あなたも早く。そんなところにいると危ないよ」


 私が呼び掛けると、少女は祈るように両手を胸の前で組み、しばしの逡巡の後――悲しそうに目を伏せ、どこか諦めたようなかのようにも見える顔を作る。

「私は、いいのです。ううん、じゃなくて……私はここからは出れないのですよ」

「……え?」

「私はこの世界の住人なのです。あなたの……助かりたいという思いがこの世界に届いて、作り出された存在。それが、私なのですよ」


 だから私を守り、助けてくれたというのか。

 そんなことがあり得るかどうかなんて、もう考えるのは無駄だろう。

 現に私はあり得ないような非現実を経験してしまった。


「いわば、あなたは私の生みの親、お母さんなのです」


 そうして今私の前でにっこりと笑う少女が言った言葉に、私は苦笑する。

「まだそんな歳じゃないよ私は。せめてお姉ちゃんにしてよ」

「じゃあ、お姉ちゃんです!」


 そうして笑うあの子は今何を思っているのだろうか。それは分からない。

 けど、これだけは言っておきたかった。


「ありがとう……ね」


 少女は、なんだか嬉しそうに頬を染め、私に見られているのに気付くと両手で顔を覆い隠してしまう。

「み、ミナミもそういってもらえると嬉しいのですよ」


 そういえば、この子はミナミというのだったか。最初に私も聞いていたはずだが、いろんなことがあって忘れていた。


「それじゃあミナミ。これでお別れ……なのかな」

「そうなる……ですね」


 やはり、言葉ではそういっても、ミナミの顔はどこか寂しげに見える。

 もちろん、それは私もだ。

 だから――


「ねぇ、本当にあなたはここを――」

「無理、ですよ。そう思ってもらえるだけで、ミナミは十分なのです」


 私が言い切る前に、ミナミに否定されてしまった。

 そのまま、言葉を交わさずに互いを見つめ合う。

 時間にして、ほんの一分ほどの事だった。


 その間にも炎は屋敷を包んでいく。もう長くは形を保っていられないだろう。

 屋敷の中で何かが崩れ落ちる音が聞こえた。

 それを皮切りに、ミナミはもう一度笑みを作ると手招きをしてくる。

 なんだろうかと私が近寄ると、不意にミナミは髪を結っていた鈴付きのリボンを外し、私に差し出す。

 受け取れ、という事だろうか、私が首を傾げていると、


「これを、受け取ってほしいのです。ここが崩壊すれば、私という存在は消えてしまうです。だから、せめて私の事を忘れない――ひゃあ!?」


 私は、ミナミに最後まで言わせることなく、彼女の小さな体を抱きしめていた。

 本当に、ちょっと力を込めただけで壊れてしまいそうなこんな体で、彼女は私を助けてくれた。

 そのことに感謝しつつ、ミナミの温もりを感じるようにそのまま抱きしめていると、


「ありがとう……なのです」


 震える声で、ミナミが言った。

 そして、そっと彼女の手が私の背に回される。

 互いに抱きしめ合い、再び沈黙。


 しばらく経ってから、静寂を破ったのはミナミだ。


「もう、そろそろ限界なのです。これ以上ここに居ればあなたも崩壊に巻き込まれるですよ。だから……」

「うん」


 名残惜しそうな顔をしながらも、ミナミは私の手にリボンを預けると、ゆっくりと体を離す。

 これでさよならなんだ。そう理解すると、私も一歩後退り、


「……さよなら」

「さようなら、なのです……よ」


 ミナミに背を向け、私はずっと、ずっと手の中にあるリボンを握りしめながらその場を後にした。

 そうして、屋敷が完全に見えなくなると同時に、何かが崩れる音が響き渡り周りの空気を震わせる。

 その時、気のせいかもしれないが――


『大好きなのです、渚お姉ちゃん』


 そんな声が、どこからか聞こえた気がした。





 ――秋。

 この季節は文化祭ということもあり、学校だけでなく町中が活気づく。

 だが、私としてはこんな行事など面倒だという以外に思えることはない。


 クラス委員長という立場上、どうしても文化祭の準備でクラスと生徒会部屋を行ったり来たりしなければならない。

 しかも、今回は男手が減って準備も大変だった。


 もちろん、減った男手とは京谷のことだ。

 私が家に戻った後、しばらく普通に生活して様子を見てた。その時に気づいたことは、京谷たちを覚えている人間は誰一人としていなかったということ。

 屋敷も、数日後に見に行っては見たものの、跡形もないどころかあの場所に樹木が生え揃っており、あたかも最初からそこに無かったかのようだった。

 つまり、これが存在が消えてしまうということなのだろうか。


 それでも、私の記憶にはちゃんと、あの時のことが刻まれている。

「私は……忘れてないよ。あなたのこと」


 そっと、あの日からお守りとして肌身離さず持っていた鈴付きのリボンを制服のポケットから取り出す。

 綺麗な鈴の音色が鳴り響き、その音に耳を傾けていると、


「あ! いたいた、いいんちょ!」


 クラスメイトの一人が私を手招きする。

 どうせまた厄介事だろう。

 文化祭当日だというのに困る、と内心で思いつつ私はため息をつきながらも作った笑顔を向ける。


「えーと、なにかな?」

「ちょっと出し物のお化け屋敷のチェックしてもらいたいな。ほら、いいんちょは出すお化けとかは私たちに任せてたから知らないでしょ? ここは一ついいんちょの肝試しですぜ」


 肝試し、正直その単語はあまり聞きたくない。

「驚かせるのは私じゃなくて、お客さん」

「いーじゃんいーじゃん、もしかして怖い? あはは、大丈夫だよ。もらしちゃったらカメラで撮ってツイッターで晒してあげるから」

「それ、洒落になってないから」


 だが、抵抗も虚しく私は背を押され無理矢理お化け屋敷の中に放り込まれた。

 一応、携帯電話を取り出し時刻を確認。まだ文化祭の開始には時間があるから、付き合ってやっても問題はないが――

 そんな考えを抱いたことを、私はその後直ぐに後悔した。


 ――それから起こった出来事は、正直語りたくもないようなものばかり。


 一通り回った後出口で待ち構えていた先ほどのクラスメイトは、にやにやと含みのある笑みを見せながら、どうだったと感想を聞きたそうな視線を浴びせてくる。


「あの……最初の辺りにいた白い眼の女の子とかは怖かったのだけれど、他は何? 凄くハイテンションな動く市松人形とか、最後の……幼い少女の写真が壁中に貼ってあって、真ん中に藁人形が置いてあるだけの部屋とか。意味が分からないのだけれど」

「ああ、あれはただの藁人形じゃなくて、なゆ――おっと、文化祭スタートだよいいんちょ」


 言ってる間に、文化祭スタートの合図である花火が打ち上げられてしまった。

 もはや修正している時間はない。

 私は頭を抱えながら、ただため息をつくしかなかった。





「物好きもいたものね」

 私は暗がりの中、屋上へと続く階段をのぼりながら、呆れたように呟く。

 意外性があったせいか、クラスのお化け屋敷は思いのほか盛況だった。

 それで調子に乗ったクラスメイト達は、現在文化祭後に行われる生徒だけの後夜祭ではしゃいでいる。


 私はといえば、全クラス委員長の役割である、その後夜祭で必ずと言っていいほど現れるバカップル共の監視。

 特に、今私が向っている屋上は立ち入り禁止だというのに、後夜祭のクライマックスで上がる花火を見るためだけに侵入する奴らがいるのだ。

 文化祭期間は資材を屋上にも搬入しているために、鍵は常時開けっ放しなのである。恐らく、それが毎年侵入される原因なのだろう。


「はぁ、不良とかだと面倒なのよね」

 うっかり考えを口に出しながら、私は屋上のドアを開け放つ。


 秋だというのに凍えるような冷たい突風が吹き、私は舞い上がりそうになるスカートを押さえながら屋上を隅々まで目を凝らした。

 が、


「あれ? 誰もいないのか……珍しい」


 どこを見ても人の姿はない。こんなこともあるのかと気を抜いた瞬間、


「きゃっ!?」


 頭上で炸裂音。

 あの屋敷で聞いた銃声に似ていたせいか、反射的にしゃがんで耳を塞いでしまった。


 だが、考えなくても分かることだ。これは後夜祭の終了を告げる花火の音だということに。

 もう一度周囲に目を這わせ、目撃者がいないことを確認。

 その間にも連続して上がる大小様々な花火が多種多様の色彩で夜空を彩り、その光景に思わず目を奪われる。


「特等席……ね」


 確かに、これほど綺麗なものを見られるのなら、禁を犯してでもここへ来る理由には足るのかもしれない。

 私はいつの間にか屋上の鉄柵から身を乗り出すようにして、花火を見つめていた。

 その時――


『綺麗……なのです』


 私が忘れるはずも無い、あの声が聞こえた。

 幻聴、もしかしたら勘違いかもしれない。

 あの子(・・・)の姿だってどこにもない。


 でも――


 私はポケットから彼女のリボンを取り出すと、それを手の平に乗せる。


「終わるまで、ここで一緒に見てようか」


 ちりん、と私の声に応えてくれたのか、リボンの鈴が音色を奏でた。

どうだったでしょうか?

はい、長いです。ひたすら長いだけの文章です。

これで競作は終了となります。最後までお付き合いいただいて、本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 京谷の執着心が強烈で印象に残ります。 屋敷と共に異界が消えてしまった後も、外の世界へ持ち出されたことでミナミのリボンが形を保ち、渚を支えているのがいいですね。 さりげなく過去のお題の「お守り…
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