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 バーネット大尉という男は、見た目は確かに幹部らしくない自堕落な男なのだが、その肩書きに納得できるだけの逸話があるのも確かだ。


 十年前のナンドラ戦争で、バーネットはエリシオ陸軍の歩兵師団の一員として現地ナンドラに派兵されたのだが、戦局が混迷を極めた戦争終盤、彼の所属する部隊がジャングルの中で壊滅状態に追い込まれるという事件が起こった。

 誰もが生存を絶望視する中、バーネットは一人、基地に帰還した──その背に無二の親友だった同僚の亡骸を負って。

 その卓越したサバイバル能力もさることながら、友を、そして部下を大切にする彼らしいエピソードだ。

 終戦後、帰国した彼は上官の推薦を受け、特殊部隊マジシャンの試験を受けた。入隊後は数々の作戦に従事、活躍し、三年前からはM中隊を預かっている。


 そういったバーネットの経歴はカレンも入隊前に聞いていたが、実際に会ってみて、そのだらけきった風貌と緊張感の欠片もない振舞いを見たときには『歴戦の勇者』というイメージを勝手に抱いていた自分に怒りさえ感じてしまった。

 隊長がこんな人間なのに、何故トップガンと呼ばれるのか──入隊してすぐのカレンは頭を悩ませたのだが、その理由はすぐに明白となった。


 M中隊がトップガンと謳われる理由──それはバーネットの優れた状況判断能力にあったのだ。

 事前に綿密な作戦を立てても、テロリストがこちらの思うように動いてくれるとは限らない。特に狭い屋内の中で人質を抱えながら戦うことの多い都市型テロにおいては、通常の野外戦闘以上に柔軟かつ迅速な対応を求められることが多い。

 バーネットはその現場の空気を読む力に、非常に長けているのだ。動物的カンと言ってもいい。

 作戦行動に無理や無駄がないことは言うに及ばず、たとえテロリストがこちらのシナリオから外れた行動をとっても、バーネットにとってはそれも想定の内。敵は彼の築いた舞台の上から出ることはできず、一網打尽にされてしまうのだ。M中隊の作戦完了率が高いのにはそういう秘密があったのだと、カレンは今更ながら感服してしまう。

 そして何よりも、カレンが一番驚いたのはM中隊の損害率の低さだった。

 トップエリートであるが故に、他の部隊よりも繊細で危険な作戦に従事することの多いM中隊だが、不思議なことに死亡者が殆どいないのだ。重傷者を出すことはままあっても、死亡にいたるケースは皆無に近い。

 損害率の低さも、バーネットの優れた状況判断力の賜物であることは間違いないのだが──それ以上に、彼がナンドラ戦争で背負った十字架の重みが、隊員の命を守っているのではないかとカレンは思う。


 ただ一人、生き残ってしまったバーネット──彼はそのとき、一生消えない十字架を背負ったのだ。

 部隊最後の生き残りとして、凶弾に倒れていった仲間たちの救われることのない魂を、バーネットは今も抱え続けているに違いない。


 彼は常々口にしている。『最後まで生き残れ』と。

 それは個々の持つサバイバル意識を煽る目的だけではない。バーネット自身、部下を生きて連れて帰ることを最たる目的としているからだ。

 作戦の成功と、部下の命。

 この二つの難しい命題を、バーネットは上手く両立させている。


 隊長である彼のそういった考えは、部下である隊員たちにも広く浸透しているようだ。実際、あんな放埓な隊長でも部下の人望は厚い。

 隊員たちは、陰ではバーネットのことを好き勝手言い散らして笑うものの、実戦で命令に逆らうようなことはしない。彼と、彼の判断を信頼しているからだ。

 カレンとてバーネットの隊長としての手腕は認めている。

 だが、あの軽いノリはどうしても理解できない。暗く陰鬱で、堅苦しい気質である自分とでは永遠に相容れないのかもしれない。


 とはいえ──カレンは思う。

 この部隊の中で、自分を一番理解してくれているのはバーネットだろう、と。

 自分が誰よりも信頼してるのはバーネットである、と。


 確かに苦手だ。あの人を食った態度はどうもいけすかない。

 だらしなくて、口が悪くて、軍人として人間として常識に欠けているかのような態度には上司であることを忘れて憤りを感じることもある。

 それなのに──現場に出たときの、あの圧倒的な存在感。どこか超然として悠然と構えている様は、そこにいるだけで奇妙な安心感をもたらしてくれる。

 隊長が後ろにいてくれる、見ていてくれると思うだけで、どんな強力な武器を持つよりも安心できる。現場での場違いとも思える陽気な振舞いさえ、彼の存在を確かにしてくれるものに思えてくるから不思議だ。


 何故だろう……

 そう思うたびカレンは言い様のない苛立ちを覚える。頭の中がグチャグチャになって、髪の毛を掻き毟りたくなる。胸の中で何かが暴れ回るような痛みを感じ、どうにも落ち着かなくなる。

 息苦しさを感じて、カレンは大きく深呼吸をした。

 誰もいないロッカールームに一人──腰掛けたベンチの上で目を閉じる。ゆったりとした息遣いが部屋の空気を振動させた。

 気持ちを静めて、カレンは胸ポケットから映画チケットを取り出した。バーネットに押し付けられたあのチケットだ。


【ラストダンスは私と一緒に】


 正直、今でもまだ気が進まない。

 だが命令されてしまった以上、観に行かなければならないだろう。そういうところはきっちりしてしまうのがカレンの性分なのだ。

 二枚──もう一枚を渡す相手を決めるのが、映画館に行く以上に頭の痛い問題だ。

 いっそのこと、一人で行ってしまおうか……


『オレが一緒に行こうか?』


 ──まさか……隊長と一緒になんて……

 いや、でも……隊長なら……いやいや、やっぱりダメだ。何を考えてるんだ──

 カレンはあらぬ妄想を振り切ろうと頭を振った。あの男と、そんなことはありえない。

 立ち上がり、着替えようとロッカーに手をかけたその時、外からドアをノックする音が聞こえた。


「カレン! まだいるか!」

 ロイの声だ。彼もまだ帰ってなかったらしい。だが声が急いている。ただならぬ気配にカレンはロッカールームのドアを開けて顔を出した。

 覗いたロイの顔には緊張が走っていた。

「よかった、まだいたか」

「何かありましたか」

「待機命令が出た。郊外で立てこもり事件だそうだ」


 カレンの表情が一瞬にして硬くなる。

 軽く頷くと、ロッカールームを出てロイと共に先を急いだ。


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