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旅立

―― 一日目



「よしっ、じゃあ行こう」


 朝焼けが見え始めた頃に家を出る。娘は紐でしっかり固定して両手の自由を確保する。腰にはショートソードと冒険者ギルドで借りた魔法のウェストバッグを帯びる。このスタイルも久々だ。


「おーっ! あっ、もしかしてこれは冒険? 冒険なのじゃないかな?」


 私の背中で娘が興奮気味に言う。

 あんまり興奮していると体力が心配だが、火の試練の事を考えるとこれくらいのモチベーションでちょうどいいのかもしれない。

 思えば妻が亡くなってから、町に行くか伐採場に行くかくらいしか娘を連れてやれなかった。その娘からすると今回は大冒険だ。まさに命がけの。


「そうだな、これが私達のはじめての冒険だな」

「うー、あたしワクワクしてきたっ」


 私達ははじめの一歩を踏み出した。



 ◇◆◇◆◇



 とりあえず向かうは私が伐採場にしているところまでの道。火の祠はこの伐採場のある森の先の山だ。

 このあたりは娘にとっても見慣れたはずだが、娘が嬉しそうに私の背中で笑っている。

 元気なのはいいが、さすがにこの後が心配だ。

 この辺りで一度宥める。


「こら、あんまりはしゃぎ過ぎると疲れてしまうぞ。それにこのあたりなんか見飽きただろう?」

「うん、でもお父さんの背中から見るとまた違うよ。なんだか新鮮なんだぁ。それにね――」

「それに?」

「お父さんに背負われるのってなんだか久し振りだから、うれしくって」

「そうだな、お前もそれなりに重くなってきてからおんぶしてなかったな。」

「お父さんひどいっ! あたしは重くなったんじゃないっ! 成長したのっ!」

「ははは。そうだな、どんどん母さんに似ていくもんな。うんうん、どんどん美人になってきたもんな」

「も、もうっ、そんなのじゃごまかされないもん」


 娘はぶーっとふくらませた頬を私にぶつける。だが、顔は見てないがおそらく顔は若干にやけているのがわかる。


「……お父さんの背中、……大きいね。なんでかな?」

「今日のこの時のためだよ」

「そっか、お父さんはすごいね……」


 娘はなんだか嬉しそうだがとりあえず少し大人しくなった。



 ◇◆◇◆◇



「夜中に外で食べたり寝たりなんて初めてっ。星がいっぱいだねっ」

「天気がよくて良かったな。でもその分日が落ちると朝になったら冷えるからね、しっかり毛布被っているんだぞ。さっ、天幕の中に入るよ」


 私は娘を抱えて、朝露がかからないだけの簡素な天幕に娘を抱えていく。


「ねぇお父さん……」

「なんだい?」

「寝るまで手を繋いでて」

「ああ、わかったよ」


 私は天幕の外で焚き火の調整をしながら娘と手を握る。


「ずいぶん甘えん坊になっちゃったな。お嫁にいけなくなってしまうぞ?」

「……その時はお父さんのお嫁さんにしてね?」

「ははは。まぁ、元気になれば大丈夫か、また父さんをひっぱたくくらいになるだろ」

「普段のお父さんはあたしが居ないとダメダメだもんね。……でも、今みたいな時はカッコいいね」

「カッコいい分は普段温存してあるんだ」


 私は少しだけ肩をすくめる。


「ふふ、なにそれぇ」

「さっ、もう寝なさい。旅は始まったばかりなんだから」

「はーい、おやすみなさい」

「おやすみ」


 なんだかんだで娘も疲れているのか、すぐに寝息を立てる。

 とりあえず一日目は順調だ。

 

 私は好調な出だしにひとまず安堵した。



―― 二日目



 日の出より前に目覚める。娘はまだ寝ているようだ。娘にとっては初めての野宿だからちゃんと眠れるか心配だったがぐっすり眠れているようで安心した。

 私は娘を寝かせたまま出発の準備を進める。


「……んっ」

「起きたかい?」

「……うん、おはよう」

「ああ、おはよう。気分はどう?」

「……いたた。少し背中が痛いかな」

「そうか。まぁ、もう少し寝てなさい」

「……うん」


 娘はまた目を閉じる。


 体が痛いのは野宿が慣れてないからだと思うが、少し元気がないか? 寝ぼけてるだけかもしれないが微妙なところだ。

 昨日で火の祠まで距離としては三分の一近く進んだ。ペースとしては上々だ。いや、少しだけハイペースだったか? 娘はおぶられているとはいえ、背中で揺らされているわけだから疲れはするだろう。

 しかし、まだ元気なうちになるべく多くは進みたい。

 私はまだ眠る娘を背負い出発した。



 ◇◆◇◆◇



 しばらく歩いて、娘がもう一度しっかりと目を冷ましたところで食事にする。

 娘の食欲はまた落ちたような気がする。粥すらあまり食が進まないようだ。

 なるべく沢山食べて体力の喪失を押さえたいところだが仕方がない。


 ……次はもう、砂糖水になるのかな。


 そう思いながら片付けをして娘を背負って行こうとする。

 するとガサガサっと音がすると、近くの草をなにかが揺らした。


「えっ? なにっ?」


 音に気がついた娘が声をあげる。

 私は娘に人差し指を口の前に立てて静かにのポーズを取ると、腰のショートソードの柄に手を添え抜く。


 気配は二つ。

 恐らくはずっと前から狙っていたが、火があるから近寄れなかったのだろう。そして火を消したところでゆっくり近づいてきたというところだ。

 衰弱した娘を背負う私程度、組み易しとでも思ったのだろうか。

 娘が声をあげた辺りから堂々と近づいてきた。


「目をつぶってしっかり捕まっているんだよ」


 娘が力なく私にしがみつくと、茂みからまず一匹目の気配の主が飛びだし私の喉元を目掛けて飛びかかる。


「ひっ」


 娘が小さく悲鳴をあげたところで私はそれの攻撃を半身で避ける。


 敵はソウジャッカル。歯がノコギリのようになっていて。噛みついた瞬間に引き切るジャッカルだ。


 気配は二匹だった。犬系の魔物なら必ず連携攻撃してくるだろう。

 そう思うと案の定、私が避けたところに続けざまにもう一匹飛びかかる。

 私はその攻撃に合わせてショートソードを逆袈裟に切り上げる。

 ソウジャッカルは真っ二つとはいかなかったが、深い傷を負いながら私の攻撃に吹き飛ぶとそのまま横たえる。

 死んではいないようだが、時間の問題だろう。 

 まだもう一匹残っている。

 もう一匹はやられた仲間を一瞥すると、仲間がやられたことに激昂しているのか、歯をジャリジャリ鳴らしながらむき出しにしてこちらに振り向き直し、唸る。


 しかし、その瞬間が隙だ。


 私は体を少し横に倒しながら真下からの切り上げの構えで、大きく一歩を踏み込む。ソウジャッカルはそれに警戒して真後ろに飛び退いた。

 そこにそのままアンダースロー気味にショートソードを着地点に目掛けて投擲する。

 ショートソードはソウジャッカルが着地した瞬間に隙だらけのその喉元に突き刺さる。

 ソウジャッカルはそのままへたりこみ息絶えた。


「ぷはー。お父さん、凄い」


 娘が大きく息を吐くと感嘆する。


「なんだ、目を閉じてなかったんだね」

「……うん、見てなきゃダメだなって思ったの」


 獣を捌いたりとかは何度も見ているから血を見るのは慣れているだろうが、実際に敵意を当てられるのは初めてのだろうに。

 我が娘ながら大したものだ。私はソウジャッカルから剣を引き抜きながら感心する。


「これが生きることなんだね」

「そうだね」


 このソウジャッカル達も巣ではお腹を空かした子供達がいるんだろう。

 しかし、餌になってやるわけにはいかない。私たちも生きなければならない。

 生きるために今は急ぐ。


「今ので疲れたかも知れないけど大丈夫?」

「う、うん。ちょっとだけだったし大丈夫だよ。――あっ、でもソウジャッカルから肉とか採取しないの?」

「うん。今は少しでも早くお前の具合を良くしたいからね。行くよ」


 さっきの娘のしがみつく力、ほとんど力がこもっていなかった。

 ……でも、あれが恐らく全力だったんだろう。

 できれば投擲なんて武器を手放す攻撃はしたくは無かったが。あのまま動き回って娘が耐えきれるとも思えなかった。

 ……時間がない。

 それに無駄な戦闘も省きたい。

 効果があるかは分からないが、松明を焚きながら先を急いだ。



 ◇◆◇◆◇



 松明を焚きながらの移動は効果があったようで、獣や魔物の気配があってもこちらに襲いかかってくることもなく、夕暮れの今までこれた。


「味はどうだ?」

「あまーいっ」


 娘は笑顔で舌鼓を打つ。

 粥ももうきつそうだったので、ここで砂糖を溶かした湯ざましに切り換えた。

 甘味のせいかこれなら思いのほか、口にすることができるようだ。

 私は一旦ほっとする。


「ふふ、これならいくらでも入りそう」


 娘がどんどんスプーンを口に運ぶ。

 よかった、これならある程度の体力の回復が見込めるかもしれない。

 娘の器からどんどん砂糖湯が減っていく。

 私はその様子に顔をほころばせた。


「あっ!」


 娘がスプーンを器の中に落とす。


「え、えへへ。手を滑らせちゃった」


 娘は照れ笑いしながらスプーンを拾おうとすると、またスプーンが手から逃げる。


「あれっ? またっ? あれっ? やだっ、あれれっ?」


 逃げる。

 逃げる。

 逃げる。


 いつまでたってもスプーンを拾いあげようとする娘の手から逃げる。


 ……娘はスプーンをしっかり掴むことができないようだ。


「なんで、なんで? どうなってるの? あたしの体どうなってるの?」


 娘はそれでもなおスプーンを拾い上げようとするが掴みきれない。


 もうそこまで体力がなくなっているのか……。

 私にも一瞬戦慄が走った。


「やだ、こわい。こわいよぉ」


 娘の感じる恐怖は私の比ではない。

 私はすぐに娘を抱きしめる。


「う、うぅ……」


 娘は私の腕の中で呻いて泣き出す。


「大丈夫、大丈夫だから」


 私もそれだけ言いながら娘の頭を撫でてやる。

 この言葉はきっと、娘と一緒に私自身をも言い聞かせている言葉だ。

 全然、大丈夫なわけない。まだ出発して二日目だというのに……


 この二日で火の祠までは半分を大きく超えるところまでは来ている。順調にいけば四日目の昼までには着くだろう。

 しかし、これで本当に持つのか?

 発病からの十日目までは、今日までで五日目。火の祠に着いたころには七日目……、その頃にはいったいどうなっているんだ。

 

 今はまだ食べる元気がある。……少しでも、……少しでも食べてもらわないと。


 少しして娘が落ち着くころを見計らって声をかける。


「なぁ、まだもうちょっと砂糖湯食べられそうか?」

「……いらない」


 娘は拒否の意思を見せる。しかし、食べられないとは言っていない。


「父さんがあーんしてあげるよ。そしたら食べられる?」


 娘が少し間をおくと、こくりと小さく頷いた。


「じゃあ、そうしよう」


 私は娘に食べさせてあげるために離れようとする。


「やだぁ、離れちゃいやぁ……」


 娘が泣いてぐずる。娘は不安すぎて少しでも離れたくないんだ。


「わかった、抱っこしながら食べさせてあげるから」

「……うん」


 私は娘を後ろから抱いてスプーンを口まで運ぶ。


「はい、あーん」

「……あーん」


 娘はゆっくり、ゆっくり、静かに食べた。


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