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日常



「お父さんっ! おはようっ」


 私の爽やかな朝は娘の声と訪れる。

 命の息吹きを感じ始める季節になったが、まだまだ少し肌寒い。

 こういう命の始まりの季節ほど一日の始まりに気合いをいれないといけないのだ。


 私は気合いを十分にして毛布をがばっとかぶると、アルマジロのごとく丸まり二度寝の体勢に入った。


「もう、起きてってば! 町に行くんでしょっ!」


 無情にも娘が私の毛布を剥ぎにかかる。

 冷たい空気が一気に私を襲い、嫌でも目が覚める。

 仕方がないので町に向かう準備をはじめるとする。


「お前は今日も元気だなぁ」

「うん、あたしは朝の空気が好きっ! っていうか、お父さん。町にいく準備もいいけど先に顔を洗ってっ」


 寝ぼけ眼のままごそごそ準備を始めた私を諌める。

 娘はしっかりものだ。

 きっと、私に似たに違いない。

 ……じゃなくて先に逝ったあいつにかな。

 そう思いながら顔を洗いに行った。



 ◇◆◇◆◇



 私と娘は、売るための薪を背負って家の外に出た。


「さっ、行こうか。……でもその前に、いつもの問題をしよう」

「えー、やだー」


 娘は心底嫌そうな顔をする。

 私が言うのもなんだが良くできた娘は、実はある問題を抱えていた。


「ダメだ、これがでないといつまで立っても一人で町に行けないぞ?」

「はぁい……」


 娘はしぶしぶ了承する。


「じゃあまず、太陽の昇る方角は?」

「っ! やだなぁ、お父さん。バカにしすぎっ」


 娘は私をジトっと見る。

 私は娘を侮り過ぎていたようだ。さすがにこの程度は問題にならなかったらしい。


「ふんっ、そんなの見たら分かるじゃない。ひだりだよっ」


 鼻を高くして鳴らしながら娘は言った。


「はは、ごめんごめん。そうだね、ひだ……。いやいや、……違うよ? 左じゃなくて東だ」


 あまりにも得意満面なので危うく娘の言葉に私も釣られそうになる。


「なんでっ、左だよっ! ほらっ」


 娘は猛抗議しながら私の右の方を指差した。娘から見たら確かに左にはなるが。


「じゃあ、後ろを向いてごらん」

「うん?」


 娘は訝しげに私の言うままにくるりと翻る。


「じゃあ、もう一回問題だよ? ……太陽の昇る方角は?」

「えー、ひだりに決まって……」


 娘は一度左を指差すと太陽がない事に気が付いた。


「あれ? 右だっ!」

「そうだね、お前の言う通りだと今度は右になっちゃうんだ」

「ほんとだっ、今まで考えたこともなかったっ! 不思議っ!」


 私には娘の感覚の方が不思議だ。


 ここだけみると娘は非常に残念な子だが、町で薪を売ったり物を買ったりするときはキチンと計算できる子だ。掃除や洗濯だってできる。

 なぜ方角に関してだけアンポンタンなんだろう。


「お前はしょうがないな。さぁ、手を繋いでいくぞ」

「うんっ」


 娘はニコニコしながら私と手を繋いだ。

 父親と手を繋がるのを嫌がる年になるまでになんとかなればいいんだが。


 そう思いながら町に向かった。



 ◇◆◇◆◇



「よし、じゃあ代金はこれだけで間違いないな」


 壮年の親父さんが薪の代金を差し出す。

 この親父さんは町の宿屋兼酒場の主人で、いつも薪を買ってくれるお得意様だ。


「はい、確かに。毎度あり」

「毎度ありっ」


 私は代金をきちんと確認すると頭を下げる。娘も続いて頭を下げた。


「はぁー」


 親父さんがため息をつく。


「親父さん、疲れてるみたいですね」

「おうよぉ、最近騎士団のやつらが連日うちで大騒ぎでよ」


 話だけ聞くと繁盛していい気がするのだけど、親父さんの顔は浮かない。


「なにか不味いんです?」

「いやな、飲み方がよろしくなくてな。うちの給仕とか他の客に絡みやがるんだよ。

 たまにならまだいいんだが、あんまり毎日だと他の固定客が寄り付かなくなって売り上げもさがっちまうんだよ」

「大変なんですねぇ」

「はぁー、お前さんみたいなのが騎士団に入ってたらまた違ったんだろうけどな」

「しかたがないですよ、これじゃ」


 私は自分の左目に縦に入る傷痕をさす。


「でもお前さん。左目がほとんど見えないって言ってもそれでもCランクの冒険者だったんだろ? 大したもんだよ。

 そんな有望株を入団させなかったなんて帝国騎士団も見る目がないぜ」

「まぁ、入団要項に体に不自由なところが無いことが条件ですから」


 昔、私は騎士団員になることを目指していた。そのため勉強や鍛練をしていたが、鍛練のために格上の魔物を相手にしたときにつけられてしまった傷だ。幸い目は潰されはしなかったが、左目は非常に視力が弱い。そのため入団試験は受けることができなかった。

 だからかわりに鍛練の成果を生かして冒険者をやっていたのだ。


「まっ、おまえさんに愚痴ってもしょうがないか。

 それにしてもお嬢ちゃんはいつも父ちゃんの仕事を手伝ってえらいなぁ」

「当然だよっ、お母さん居ないんだから、お父さんと助け合わなきゃっ」


 妻を亡くしてから、娘は何をするにしても文句ひとつ言わずによく手伝ってくれている。

 私は内心鼻を高くする。


「くぅぅぅぅ。まっっっったくっ! うちの倅に聞かせてやりてぇっ! よしっ、お嬢ちゃん。蒸かし芋は好きか?」

「うんっ! 好きだよっ!」

「そうかそうか、小さくて商品にならねぇやつを俺が食おうと思って蒸かしてたんだが、お嬢ちゃんにやろう。熱いから気を付けな」

「わぁいっ、ありがとう。あつっあつぅ!」


 娘は親父さんから蒸かしイモを受け取ると、しばらく熱さでイモをお手玉する。

 娘は何とか悪戦苦闘しながらイモを二つに割る。


「はいっ、お父さんの分」


 少しだけ大きい方を私に差し出した。


「えっ? 父さんはいいよ。全部お前が食べなさい」


 私はそういうものの娘は手をひっこめる気がないようだ。


「ううん、お父さんと一緒に食べた方が美味しいから。はいっ」

「そうか、ありがとう。じゃあ父さんはこっちの小さい方を貰うよ」


 私は娘から少しだけ小さい方のイモを貰うことにした。

 娘は優しく育った。でも人から聞く話しによるとこれから、お父さん臭-いとかきたなーいとか言うような時期に入るらしい。もしこの娘にそういうことを言われたら私はショックで泣いてしまうかもしれないな。

 そんなことをふと考えながらイモをいただく。


「あー、いけねぇ。急に花粉症になっちまったかな、涙が止まらねぇ」

「えっ? 大丈夫?」

「いいっていいって、それより芋はうまいか?」

「うんっ、ホクホクでおいしいっ。ありがとうっ」

「そっかそっか。へっ、どうやら俺はワサビ花粉にやられたらしいや。鼻にツーンとくらぁ」


 それからしばらく芋を食べる間親父さんと話をしてから、町で買い物をして帰った。



◇◆◇◆◇



 次の日の朝、いつもなら娘がおこしに来る時間だが今日は来ない。

 私は変だなと起きあがると娘が来た。


「あ、お父さん。もう起きてたんだね」

「ああ……、今日はちょっと遅かったね。具合悪いのかい?」

「ううん、ちょっとだけ起にくかっただけ。もう大丈夫。なんでもないよ」

「風邪かな? そういうのは引きはじめが肝心だからね。今晩はシチューにして栄養をつけよう」

「シチューっ? やったぁっ!」


 娘はとび跳ねながら喜ぶ。

 シチューは娘の大好物だ。娘の調子の悪い時はこれにするとすぐに元気になる。

 シチューの材料は安くはないけど、娘が元気いっぱいになるなら安いものだ。


 私はシチューを前にして喜ぶ娘を想像しながら仕事に出た。



 ◇◆◇◆◇



「……ごちそうさま」

「え? もういいのかい? 美味しくなかったのかな?」


 娘が早々にスプーンを置く。

 いつもは皿に三杯も四杯も食べるんだが、今日は一皿だけだ。


「えっ! ううん、美味しかったよ! 美味しかったけど、なんか胸がいっぱいなの」

「そうか、なら今日はすぐに暖かくして寝なさい。暖かい季節でもないし、ちゃんと保存すれば一日くらいじゃ痛まないだろうから、残った分はまた明日食べればいいさ」

「うん、おやすみなさい」

「おやすみ」


 こんな時もあるんだな。

 これは本格的に体調を崩したのかもしれない。

 早めに治るといいんだが。


次の朝、今日も娘は私を起こしに来なかった。

 きっとまだ具合が悪いのだろう。

 私は娘の様子を見に行く。


「おはよう、具合はどうだ?」

「……ん、おはようお父さん。ンッ」


 娘は辛そうに上半身を起こす。


「まだ具合が悪そうだな? 起きなくていい、寝てなさい」

「でも、洗濯とかしなくちゃ」

「大丈夫だ、父さんがやっておくよ」

「でも……」

「気にしなくていいよ、お前は今までよくお父さんを手伝ってくれていたんだ。こんな時くらいゆっくり休みなさい」

「……うん、ごめんね」


 私は娘の頭をぽんぽんと撫でた。

 本当に申し訳なさそうにする娘。まだ遊びたい盛りのはずなのに。


 元気になるように、夕餉の時にはプレゼントを用意しよう。



 ◇◆◇◆◇



「わぁっ! 花の冠だっ! お父さんが作ったの?」

「ああ、そうだよ。早く元気になるようにってね」


 そう言って私は、昼の間にシロツメクサで作った冠を娘の頭に被せてやる。


「ありがとうっ!」


 娘がヒマワリのような笑顔を私に向ける。私は世界で一番この笑顔が好きだ。


「お姫様のようだね。よく似合っているよ」

「えへへ」

「さぁ、晩御飯を食べよう」


 私はチキンスープを取り分ける。

 娘はしばしスープの入った皿を見つめる。


「……ねぇ、お父さん」

「うん? どうした」

「あーんして食べさせて欲しいの」

「急にどうしたんだい?」

「お姫様だから、食べさせて?」


 いつもはあまりこう言うことを言わない娘が珍しく甘える。

 お姫様は自分で食べることができると思うが。

 しかしながら、かわいい娘のこういうわがままは父親としては嬉しいものだ。

 常に聞いてあげたら娘の今後が心配だが、今日くらいはいいだろう。


「わかりましたよ、お姫様。本日は私めがお姫様のあーん係を勤めさせていただきます」

「うむっ! よきにはからえっ!」


 私が想像する限りそれっぽく振る舞ってみると、娘も気をよくしたのかずっとニコニコしっぱなしになる。


「はい、あーん」

「あーん。うふふ」

「頬が緩みっぱなしだな」

「お父さんが優しいなって思って」

「いつもは優しくない?」

「ううん、優しいよ。優しいけど、今日はとびっきり優しい。うーん、ふふっ、病人も悪くないかも」

「おいおい、早く元気になってくれないと」

「そうだね、あんまりあたしが起こしに行かなかったら、お父さんってばお昼過ぎても起きなくて頭からキノコ生やしてそうだもんね」

「こいつぅ!」

「キャハハハ」


 私は減らず口を叩く娘のプニプニのほっぺを軽く引っ張ってやった。


「ねぇっ、お父さんっ」

「なんだい?」

「あたしねっ、大きくなったら冒険者になりたい」


 私は娘の突然の発言にパチパチっと瞬きを2回してから聞き返す。


「それはまた突然だね。どうしたんだい?」

「お父さんたまに冒険して回ったところの話をしてくれるじゃない。私は初めて町を見ただけですごく驚いたよ。でももっともっとおっきな街とかあるんだよね? 見てみたい。そういうところをいっぱいいっぱい見て回りたい」


 娘は少し見上げていろいろ想像しながら話す。

 確かに妻が生きていたころは、あれなんだろうこれなんだろうと好奇心旺盛な子だった。そう思えば冒険者になりたいって言うのも納得はできる。

 しかし娘には見過ごせない重大な弱点がある。


「そうか……。でもお前は方向音痴過ぎるからなぁ」

「うー。それはそうだけど」


 致命的すぎる事実に娘も頭を抱えて唸った。


「あっ、お父さんと一緒にいけばいいねっ!」


 娘は顔をパッと明るくさせると私の方に振り向きそう言った。

 娘と一緒に冒険か。それも悪くない。

 ついでに娘の旦那もさがして、娘が欲しいなら私を倒してみろって言ってみるのもありかもしれないな。私も腕に覚えがあるし、父親としてはこれは外せないイベントだ。


「そうだね、そうしよう。じゃあ元気になったら少しずつ剣を覚えたりとか冒険者になる準備をしようか」

「うんっ! 早く元気にならなきゃね」


 娘はぐっとこぶしを握って気合いを入れる。

 この様子ならすぐ元気になるかな。


 そう思いながら私も娘と冒険する日を思って心を躍らせた。




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