6番目:吹き出し
いろいろと追い込みかかった今日この頃。
皆様はいかがお過ごしでしょうか。
いえまぁ、あの異世界行きのあと、特に事件もなく私は過ごせたんですが、解決されざる重要な問題が残っています。
おかげでうかつに考えることも出来なくなりました。
たまに先生に体罰食らうこともしばしばです。
友人連中なんかきれいさっぱり面白がってめちゃくちゃやってくれてます。
授業中にラジカルな惰眠をむさぼるなんて今のままでは夢のまた夢。
それ以前に人間関係とか自分の命も危うい今日この頃。
いま、私の頭には吹き出しが付いています…………
異世界から帰還した後、私と彼はお約束の質問攻めに会いました。
下ネタ方面多いです。彼の方は。
私の方は色恋です。
そりゃ5日もいなけりゃ当然なんでしょう。
でも、そんなのどうでも良くするようなモノに気づかれてから、私の生活は一変しました。
そうです。吹き出しです。くっつきっぱなしだったんですよあれ。
久方ぶりの学校。いつも通り遅刻ギリギリに登校した私は、教室で友人に囲まれました。
家の外に出るに出られず、引きこもって5日間のこと情報収集してたら何と彼の家のこと一面トップ扱いニュースでした。
そりゃ家が消えていきなりあれ。どうやら、何かの具合でフツーに確認できるようになってたらしいのです。
ちっこい木が生え、いきなり消えたと思ったら、羽の生えたこびと登場。科学者の人たち全員頭を抱え、訳分からん現象呼ばわり。一緒にいた私まで巻き込まれる始末で、マスコミとか、黒い服とかに追いかけ回されてました。今朝だって彼に迎えに来させてステルス使わせてようやっと登校したんですって。
疲れてるってのにおかまいなしか、やろうども。
「それをいうならオナベっしょー」
うう、お京の突っ込みが頭に響くー。しかも意味わかんないし。
「そんなことより5日もなにやってたのさー!」
「なに二人で旅行? 学校サボってなんて情熱的すぎ」
「はっはっは。貧乏学生二人だよ? 一人暮らしの彼の家に籠もりきりに決まってんじゃない」
お京と淳はともかく、変な妄想しすぎですよ、さっちん。
そんなお気楽ヒッキーライフならどれだけ気楽だったことか。
「え、なに違うの?」
「じゃ、本気でどうしてたのさ」
「それじゃ、どこかのホテル?」
ええい、しつこい。
「もちろん、心配させまくったんだから大人……し……く?」
あれ、お京どうしたの?
「おや」
淳まで。
さっちんなんて眼鏡越しに目をこすってます。意味ないし、汚れるから止めなさいって。
「あ、うん。そうだね」
そういってさっちんは眼鏡を拭きだす。
「……おや」
そう言えば私声出してましたか?
「太ってはいないよ」
「そりゃ肥えだしてでっしゃろ」
お京に裏手ツッコミするさっちん。眼鏡はもう着装済み。
「あああ、あんたなんてモノくっつけてんの!?」
淳の絶叫でようやく気がつきました。
未だに吹き出しがくっつきっぱなしだということに。
そのあと私は思わず彼に「責任とれ!」とつめより、ナイスなタイミングで登場したヒムさんに聞かれ、おもいっきり誤解されゴムを渡されそうになりました。
理解有りすぎる教師ってネタに困らなさすぎます。てか下ネタ禁止。
うっかり担任だということも忘れて鋭いのを一発お見舞いしかけました。
で、彼答えて曰く。
「昔からいうでしょう」
思わずハモります。
「「無い袖は振れない」」
自力救済って事ですこの野郎。
「で、実際原因はなんなのさ」
「それが分かったら苦労しない!」
あの後、いろいろと面倒なことになるので、ヒムさんに頼んで早引きさせてもらったあと、他人事みたいにしてた彼を無理矢理引きずってきました。
そんでやっぱりまだ居た黒服白服赤福マスコミまいて彼の知り合いがやってるという喫茶店で話すことにしたんです。
喫茶店自体はいいんです。ええ、いいんですよ? お茶おいしいし。お菓子もいい感じだし。
古びた英国風の木造内装とか、アンティークな感じのティーカップとかホントに素敵なんです。
「で、何で店主がフランケン?」
補足しておくと、似ているのではなくご本人そのものである。頭ボルト付き。
「フランケンシュタインに人権はないと?」
「あるの?」
「どーだろ」
いや、そんなこと聞かれても。というかむこう10年後くらいに社会問題になるもんでしょうに。
閑話休題。
私の吹き出しのことですって。どうすりゃいいのか答えやがれよそこの彼。
「しまえば?」
実にあっさり答えやがりました。
「出来ませんて。そんな便利アイテムじゃないんだし」
「試した?」
「そりゃ試してないけど」
「んじゃ、試そうか」
そう言って彼は吹き出しに手を伸ばしてきました。とりあえずはっ倒して吹き出し防御。
「何をするブルータス」
「お前もか。じゃなくて頭ん中に手突っ込まれるみたいでイヤなんだって」
彼は納得顔。無くなったお茶をポットから注ぎつつ。
「んじゃ、君がしまってみなよ」
うむ、重畳。早速やりマース。
私は吹き出しに手をかけた。
ざく
「痛ひ……」
切れましたよ! 硬いです鋭いですよ、予想外の結果ですよ?
「普通すぎるなー」
「何が」
ざっくり裂けたんですよ! フランケンさんがナイスな手つきで手当てしてくれてるんですよ!?
それで普通すぎるとは何事ですか。
「綿、雲、すか、紙。他にネタは大量にあるのに被ってるなんてねぇ」
「蝶つがい折り畳み式希望です先生」
「材質は核廃棄物?」
「殺す気ですか」
そんな歩くエンガチョにはなりたくありません。
「先に埋められるよ」
変わらず冷静に突っ込むこの野郎。
とりあえず私は大きくため息をつき、フランケンさんに礼を言った。
こうなっては仕方ないのでほかに良い手を考えなきゃならない。
「僕がやろうか?」
だから人にこれいじくられんのイヤなんですってー
「じゃ、しかたない。原因に会いに行こうか」
「待てーい」
ドス効いた声出ました。長ものではないです。
彼は首を軽く振って呆れたような声を出しました。
「言ってなかったっけ。あの北欧世界の特異点がそれが出来た元凶だって」
そーいえば言ってたよーな。結局伏線だけ張ってて終わってましたね、確かに。
ぶっちゃけ誰も覚えてませんてあんな微妙すぎる複線。
「口調変わった?」
気のせいということにしといてください。
それはさておき。
「特異点てたしかわっちゃんだよね」
「彼女にはウルドって名前があるんだけど」
「わっちゃん」
彼は呆れたように苦笑いを浮かべた。
「というわけで彼の家に来ました」
「何でか説明しないの?」
何でか説明するとわっちゃんは彼と暮らしているのです。
そんなわけで彼の家に来たわけですが。
「なんかまた大変なことになってない?」
そこに広がっていたのは金色の弱点でした。
何言ってるかわからないと思いますが、正直私にも分かりません。
とりあえず黄金に輝く逆鱗が彼の家の庭いっぱいに広がっているわけです。
「ああ、ゴールデンウィーク」
「ひねりがないと思いますよ?」
とりあえず呆然とするわけにも行かないので、私と彼はその弱いところを踏みつけて家に入ったのです。
がららららららと引き戸を開けました。
ばたん
とまあ。
「半自動ドア?」
「妖精さんの仕業だね」
ぶっちゃけ言うと勝手に引き戸が閉まってしまうわけですが。
なぜか引き戸がばたんと閉まる異常事態。彼の家はびっくり箱のようです。
「音響さんの責任だから」
いるのか音響。
気にした様子もなく、彼は慣れた様子で廊下を真っ直ぐ歩く。
すぐ右がリビングで、その奥が台所。まあ、標準的な二階建ての建て売り住宅風味。
「トイレは奥ね」
いや、いきなりそんなこと言われても。別にまだようありません。
「そこは怒るとこじゃない?」
「それもそっか。このやろー」
なげやりにそんなことを言いつつ、2階にある彼の部屋にレッツゴー。
……なんでか未開地帯に行くような気がしてなりません。どうしてなんでしょう。
「ひゃっほー。行くぜベイベー」
「元ネタわからないから」
なんだか彼のノリが悪くなってきてます。どうしたんでしょ。
「そんな子に育てた覚えありませんよ?」
「育てられた覚えないんだけど」
とりあえず彼の戯れ言はさておき、階段を一段一段トラップ探知しながら上ります。
あんのじょうなぜか鳴子が仕掛けられてたり、油がまかれたりしてました。
それらを慎重に避け、あるいは解除して2階に到達。
というか何でホントに罠があるんでしょうかこの家は。やっぱり彼の仕業?
「たぶん彼の趣味だと思う」
多分てなんだ。身内のことぐらい把握しときなさい。
というか、やっぱりこの子にしてこの親ありといったところですか。
この分だと彼女は世界制服計画ぐらいたててそうです。
「萌え?」
「時事ネタは自粛してます」
「思いっきり入れてなかった?」
気のせい気のせい。
まきびしを片付け、監視カメラは死角を通り、押したくなるボタンは根性で耐え、ようやく彼の部屋の前に今立ちました。というか何で一番奥なんですか。
とりあえず罠発見鍵開けろーる。
ぷす
「ファンブった?」
「ファンブりました」
鍵穴から針が飛び出してきて額に刺さりました。血が出てます痛いです。毒がないのが幸いです。
「そう言えばノックした?」
してません。そうか。それでファンブったのか。
と、いうわけで改めてノックー。
「はーい。誰ですかー」
わっちゃんの声がします。何となく私は彼を変態を見る目で見てみます。
「なんで?」
「ペド?」
「人聞きの悪い」
いいかげん戯れ言はここまでにしておいて。
「本当にどなたですか?」
「彼と私(仮)」
「………………。どうぞ。鍵は開いています」
さっき閉まりましたがね!
彼の力でドアの鍵を開け、押し開いたわけですが。
「〜〜〜〜〜」
ガツンと何かが上から振ってきて頭にクリティカルヒット。
思わず頭を抑えてうずくまります。
「何でトラップが?」
その声にわっちゃんの青ざめた顔が見えるようです。
彼が優しく肩を叩いてくれました。うう、人の情けが身にしみます。
で、落ちてきた物を確認すると、レベル5の札がついた金ダライでした。剣の世界ネタのようです。
「タライのメーカーはスネ?」
猫の手ですよ?
「ネタを言いに来ただけですか」
わっちゃんのひどく冷めた声。右手には鎗。なんて言うか身の危険を感じます。ですので大人しく事情説明。
結果。
「……それこそ、そこの彼に治してもらった方が早いのでは」
「あー、前にダメって言われてるー」
「うん、ダメなんだ」
「理論的にはどうなんです?」
「まず特異点の顕現した位相が僕の干渉できる位相の外に位置していて」
「その影響を受けたと思しき、あの吹き出しには何ら手を打てない、と」
「簡単にまとめるとそうなるね」
わっちゃんは軽く頭を振りました。本当に面倒臭そうです。出来れば人の一大事で責任もあるんだからもうちょっとやる気出してー。
「つまり、私がやるしかない」
「干渉の仕方分かる?」
「残念ながら。ご教授いただけると有り難いのですが」
「基礎ぐらいしかできないけど。干渉する言語自体が違うから」
「それでは短く見積もっても数年はかかりますね」
「そっか。少しは研究してるのかい」
「全く進みませんけどね」
わっちゃんは少し肩を落としていた。どうやら研究が進まないのが悔しいようです。
彼はどうすればいいか考え込んでしまいました。頼みのわっちゃんにも無理なようですから。
沈黙が続きますよ。皆さん真面目でちゃかせませんよ?
何のお手伝いも出来そうにない私はとりあえず大人しく正座して待つことにしました。
「そこの人」
わっちゃんが冷たい目で私を見下ろしてます。
「自分の問題なんですからアイディアくらい出したらどうなんです?」
「そんな無理言われても」
「何か糸口くらいないんですか?」
無茶言うなぁ。素人の浅知恵って言葉を知らんでか。
「玄人はだしという言葉もあります」
それ意味違う。
「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」
数がなければ当たらない、と。実際そんなアイディア無いですって。
「せめて隠せればいいんだけど」
何気なくそんなことを言ってみたら、彼とわっちゃんがはっと顔を見合わせました。
そしてなにやらアイコンタクトを取ったかと思うと、いきなり私を拘束しにかかりました。
て、なにするのー。
「緊張感無いですね」
「それが彼女の良いところだよ」
こんな私にした張本人が言いやがります。後でなんか奢れー。
と、そんな私の駄弁(駄思考?)はきれいさっぱり無視され、私はあっという間に蓑虫に仕立て上げられていきます。ロープはどっから出したのか分かりませんが。まあ、彼だし。
「材料はたくさんあったからね。それで構築しただけだよ」
その素材を聞いても…………。やっぱいいです。靴下とかだったらイヤだし。
「大丈夫。そんなモノは使ってないから」
朗らかに言われてお姉さん少し安心ですよ?
「で、それはともかく何するのさー?」
「あなたの吹き出しの簡易解析と、新機能の付加です」
わっちゃんが楽しそうに答えてくれました。
「解析はともかく新機能って何さ」
「吹き出しの隠蔽、あるいは収納機能です」
私は一瞬分からなくて変な顔をしてしまいました。
そしてすぐに理解して、うろんな目で彼を見ました。
「光学迷彩と暗示だけなら特異点に干渉する必要はないから」
なぜでしょう。今無性に彼をぶん殴りたくて仕方ないんですが。
「ていうか、そんなこと出来るなら初めからやらんかい!」
「ごめん。気づかなかった」
いや、本気で謝られてもちょっと困ります。
「冗談で言ったけど瓢箪から駒だ。本当に出来るとは思ってなかったし」
「はっ?」
「ここに来る前に言ったじゃない」
うん、言ってたね。でも、私も半分冗談の気もしてましたよ?
「ま、収納の方は解析結果次第だけど、隠蔽は確実に出来る」
力強いお言葉。
「頼みますよ?」
「頼まれた。少し吹き出しに触るけど、いいかな?」
「さっさとやる」
私は力を抜いて目を閉じました。
「頼んだから」
「ん」
その彼の声を最後に私の意識は沈んでいきました。
夢を見ました。
私も彼もまだ小さな頃の夢。
その時の彼はまだ『世界のカケラ』なんかじゃありませんでした。
どこにでも居るただの子供。何の力もない可能性の塊でした。
そして私の一番の友達でした。
夢に出てくるのはその時に彼と巡った小さな、けれど大きな世界。
それは何の変哲もない公園だったり、アパートの屋上だったり、あるいはどぶ川の土手だったり。
今なら何でもない景色。でもその時は不思議だらけで。
私は彼と手を繋いで。二人並んで。
私ん家の屋根の上から夕日を見ていて、彼が口を開いて。
彼の声がなんだか聞こえてきました。
「起きて。終わったよ」
せめて思い出に浸らせて……。
目を覚ますと、心配そうに彼が私をのぞき込んでました。
束縛は解かれてたのでとりあえず彼を押しのけ、上半身を起こしました。
「えーと、終わったの?」
「うん。収納式になったよ」
「ありがと」
目覚めは最悪です。途中まで良い気分だったのに、彼のせいで台無しです。
そのことで思わず文句言ってみました。
「だって、泣いてたし」
「え」
私は慌てて目をぬぐう。たしかに、目には涙がたまってた。
「眠ってたね。どんな夢見てたの」
「誰が言うか」
そっぽ向いてやりました。彼が苦笑いしてるのが何となく気配で分かりました。
そっぽ向いた先にわっちゃんがいて、ごちそうさまとでも言うかのようにうんざりした顔されました。
私は困った顔をしてお礼を言いました。
ま、この時は二人に感謝しました。
原理はともかく、吹き出しに関しては一応解決したわけですので。
ただし。
この収納、不完全で。
感情が高ぶったり、気が抜けて居眠りなんかするとわりとあっさり飛び出てきてしまうんです。
だからといって彼とわっちゃんに相談しても頑張ると言うばかり。
……どうやら受難はまだ続くようです。