2個目:いきなり異世界
憂鬱です。眠いです。それというのも彼のせいです。そう、幼なじみの彼のせいです。
世界のカケラなんてやってる彼のせいです。こんちくしょう。
「おはよう。よく眠れた?」
そう言う彼はすっきりした晴れやかな笑顔。寝不足なんて縁のなさそうな晴れやかな顔でございます。
誤解の無いように言っておきますが、別に一緒に寝てたわけでも、起こしてもらったわけでも、同居してるわけでもありません。
今、私と彼が居るのはものすごく大きな木の根本にいるのです。
この木は大きさ以外はトネリコの木とよく似ており、幹を支える3本の根のうち、2本の根元には泉がわき出している。泉の一つはこの木を支え、もう一つの泉は知恵の泉と呼ばれ、ある神がその片眼を対価として守人に渡し、飲ませてもらったことで有名だ。
前者の泉をウルドの泉、後者をミーミルの泉と呼ぶ。
北欧神話を知る人ならすぐに思い浮かぶでしょう。
そう、私たちは今、世界樹ユグドラシルの根元にいます……………………。
事の起こりは彼の一言が始まりでした。
彼も転校してきてはや一ヶ月。すっかりクラスに馴染み、全く穏やかそのもの。
「来る」
そんな彼が、いきなりそんなことをつぶやいたかと思うと、唐突に席を立ったんです。
授業中に。
当然、彼の顔面めがけてチョークが飛び、綺麗にストライク。何やってんでしょうか、この彼は。
「大丈夫? チョーク」
「大丈夫。ありがとう」
大人しく席に座った彼は笑顔だ。安心させるように。
いや、心配して言ったんじゃないんだけど。誤解してるならそれでいっか。
で、何が来たんですか。答えやがれ。
「長くなるから後でね。先生睨んでるし」
おう。気付かなかった。
私は真面目を装うとしたが間に合わず、狙い澄ましたチョークが私の頭にすこーん、と直撃した。
良い音だぜ…………。おやっさん………………
昼休みになるやいなや、私は彼を屋上に呼び出し、詰問した。
屋上はさわやかな秋風が心地良い。綺麗な秋晴れの空を鳥が飛んでいくのが見える。
屋上は建前こそ立ち入り禁止になっている。しかし、抜け道が有るのは公然の秘密となっていた。それでも人はあまり来ず、内密の話をするには絶好の場所だった。
私にとって詰問は当然の権利だ。彼のせいでチョークを投げつけられ、あまつさえ宿題大漁。その原因を説明するのはもはや彼の義務としか言いようがないだろう。
でも、何で彼と居るとみんな邪魔しちゃ悪そうにしますかね? 違うと再三言ってるに。
それもこれもお京と準の二人が悪いんだー。
まぁ、今回ばかりは有り難いことなんだけど。
「とりあえずさっさと説明。昼休みは短いんだい」
彼は大きくため息。もうわかってるから黙って。そんな感じ。
「まず何が来るのかから説明するよ……」
以下長いので要約、めんどいので箇条書き。
(ここから)
・来るもの→多種多様。今回はヴァルキュリア。オーディンの命を受けて。
・ 理由→彼の力=世界のわりと大部分を好き勝手に利用できる強すぎ便利能力
・やること→迎撃=しゃれになるお仕置き
・ 理由→彼は日常を生きたい。
・私の立場→格好の標的=人質=身の危険=彼の守護対象。
(ここまで)
「つ・ま・り、みんな君のせいだと」
「この力のせいだね」
私はとりあえず屋上から蹴落とした。良し、解決。
秋空をバックに落ちる影。何とも言えない風流さ。
私の顔には素敵な笑みが浮かんだ。
「酷いなぁ。いきなりこれは無いんじゃない?」
その横で彼ののんきな声がする。えええー。殺人者になる覚悟だってあったのにー。
またMIBとかダゴンなんかに追われるのはイヤですよー。
「クトゥルフ神話って創作だよ」
突っ込むところ違う。ていうか、やっぱり消えませんかその力。
「しょうがないんだ。誰でも持ってる力だから」
「そんな無茶な力持ってるのは君だけです」
私の言葉に彼はアメリカンに肩をすくめただけだった。
次の日、私はいつも通りに起き、学校へ行き、いつも通り授業を受け、帰った。
その日、彼は学校を休んだ。おおかた厄介ごとに巻き込まれたと理解。
学校の友人たちの目=『お見舞いに行くんでしょ?』
うわさを知った担任の選択。『プリント持ってげ』=無言のエール
だから違うというのに。
担任の言葉に抗うのもどうかと思い、おとなしくプリントを抱えて彼の家に持っていった。
帰り道にあるわけだし、たいした手間でもないし。だというのに友人はからかうからかう。
むう、陰謀か。幼馴染は幼馴染と付き合えと。昨今のメディアの悪影響がこんなとこまで。
つらつら考え事をしながら歩いていたためか、彼の家にすぐに着いた。
そこで、私はかばんを取り落とした。
「お逃げください!」
「ばか者! 上官が先に逃げられると思うか!」
「衛生兵! 衛生兵はどこだ!」
「……俺、帰ったら農場継いで結婚するんだ」
最後の兄さん死にフラグですそれ。しかも唐突すぎ。脈絡なさ過ぎ。
あまりにも衝撃的な光景でした。
それまでの彼の家はなくなっていて、変わりに中世ぐらいの木造の堅牢そうな砦がそこにはありました。その前ではなんかちまっちゃい人たちが攻防戦を繰り広げております。熱いです。
一本お話が書けそうなほど濃密な時間が繰り広げられているのでした。
「へ、どじったぜ」
「ここは俺に任せろ!」
「帰ったらパインサラダ、食わせてくれよ!」
死にフラガー達の熱い物語には思わず目が引かれそうになります。
寄せては様々な攻城兵器を持ち出し突撃を敢行。守り手も勇敢に迎え撃っておりますが、その顔にはどこか悲壮感が漂っております。
「くそ、ここは絶対に破らせるなよ!」
「補給まだか!? 一体あの表六共は何やってんだ!」
「うわー、もうだめだー」
「あきらめるんじゃねぇ! きっとあいつが何とかしてくれる!」
勝ちフラグでしたっけそれ? 全滅フラグと紙一重だったよーな気が。
て、呆然と見物してる場合じゃないや。さっさとプリント置いて帰ろう。
えーと、ポストは何処かな、っと。
あ、あった。ちまっちゃい兵隊さんが持ってるやー。
て、それじゃダメなんだってー。どうしよー。
思案。
結論=帰る。
実行。
帰ってから、あの兵隊達に全く気にされなかったことに気付いた。
さて、一日経って彼の家に立ち寄ってみると、昨日まであった砦はなく、兵隊さん達もみんな居なくなっておりました。
代わりに箱庭が出来ておりました。
いえ、箱庭というのは適切ではありません。そこにあるのは紛れもなく一つの世界だったのですから。巨大な一本の樹木を中心とした世界。
どういう事ですか。説明してくれる人がいないと全く理解できません。
それに昨日の彼らはどうしたんでしょう?
「昨日の戦いは終わったから。ズームアウトしたんだと思う」
声は私の後ろから。
いきなりの事で驚くべきか否か、どうしましょうか、そこの彼。
「驚くんだったらもう少しそれらしくしようね」
「思考を読むな」
「無理。読みやすいんだ、君のは」
いつか訴えてやるー。
それはさておき、説明ぷりーず。
「いや、面倒なことになったね」
「それですむこと?」
「ボク、今一人暮らしだから」
「親はどうしたの?」
「ボクを売らせて逃がした」
……………………
………………
…………
……
はっ! 衝撃の告白に思考停止しましたよ!?
何でそんな冷静でいられるかな、そこの彼! あれですよ人身売買ですよ大問題ですよ!
うっかり聞いてごめんなさい言わなきゃならないですよ。虐待防止で福祉施設に相談ですか警察ですかCIAか助けて光の巨人さーん。
「混乱してるのわかったから、落ち着いて」
「落ち着けるかっ!」
そう怒鳴りつけると彼は困ったように右頬を人差し指で掻いた。思わず描写も細かくなりますよ?
「そうしないと危なかったんだ。ボクの周りは何かときな臭いから」
「ご両親は安全なところに?」
「無関係なところにいる。安全だよ。誰も手が出せない」
なら良し。良くないけど。
「君も身辺整理を考えた方が良いね」
「ちょっと待てい」
今ドスがきいた声が出ました。
「すこし、関わりが深くなりすぎてる」
「恋人みたいって噂のせい?」
「それは無関係。人質の価値無いってのは向こうもわかってるし」
それはそれでむかつきます。
「向こうで1回やられてるからね。対抗策は練った」
「人質ごと皆殺し?」
「生かしておかなければいけないのに、生かしておいたら邪魔な障害物。メリットゼロだから」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ」
余計にわかりません。ていうか、考えたくもない。
「て、そうじゃなくて説明!」
こうなった理由とか、昨日の兵隊さんとか関わりすぎてるとか、そこら辺全部を説明しやがれ。
「思考だけで良いのに」
「会話してる実感が重要なの!」
彼は目を閉じて軽く首を振る。些細な問題だというように。
「じゃ、説明しようか。まず、昨日の兵隊達だけど、そこにいる」
そう言って彼は昨日までの彼の家があった箱庭世界を指さした。
だけど、指の先を見たところで昨日の砦は見つからない。
「多分小さすぎて認識できないんだと思う」
と、いうことは、昨日のはこの世界の一部なのか。でもなんでこんな風に?
「たぶん、昨日の時点では接触して入れ替わった直後だろうね。だから接点だけが見えてた」
「昨日の砦が接点?」
「そう」
「どういう事?」
「この世界と、僕らの世界は本当は交わらない世界のはずなんだ。それが偶然にも交わった。あり得ない偶然だから、多分誰か画策した存在がある」
「昨日の砦の説明になってないけど?」
「球体の接触を思い浮かべて欲しい。大きい方に小さいのが入り込むとき、まず、点で接するでしょ。その接触した点が昨日の砦」
わかりませんて。
「何で小さくなったの?」
「存在と実現の許容された範囲に合わせた結果そうなったんだ」
余計にわかりません。交わらないはずの世界が交わるってどういう事。
彼には私の疑問は読めているはずだ。だけど、それを無視した。
「オーディンには出来ないから、誰か別の存在だと思う。ボクはそれを探しに行く」
「世界が滅びるから?」
「家が無くなったから」
彼はさらりとそう言ってのけた。実際、それさえなければ心底どうでも良い様子だ。
「他の人が巻き込まれることは?」
「ないね。影響を受けるのは君とボクだけだ」
つまり、この現象が見えるのも、認識し出来るのも私と彼だけ。
「うぇぇぇぇぇ。そんな展開ー?」
そう言えばこんな異常事態にもかかわらずニュースにもなってない。
あながち彼の言うことも嘘じゃなさそうだ。
「でも何で私まで巻き込まれてんの?」
「転校したとき一緒の時空に巻き込んだでしょ?」
「うん」
「あれのせいで君の存在時空がずれたみたい」
「待て」
私の顔が険悪になるのがわかった。ついでに道路の左右確認。閑静な住宅街で時間帯も通勤通学時間外と言うこともあり、自動車は一台も通っていない。ちっ。通りで静かなはずだ。通行人も居ない。
彼は申し訳ないと顔の前で手をあわせ、深々と頭を下げた。
「ごめん」
「ごめんで済むか」
私は彼を力一杯殴り倒した。
「こうなった以上はさっさと解決する! 私の平穏のためにも!」
「実はアテはもうあるんだ」
「どこに?」
彼は再び箱庭世界を指さした。
アテはこの箱庭世界の中にあるらしい。
「じゃあ、さっさと行って解決してくる!」
私は彼を怒鳴りつけた。
「出来れば君も来て欲しい」
「なんで」
今、ものすっごい冷たい声が出た。自分でもびっくりだ。
「これをした相手が君に何をするかわからないんだ」
「それはあれですか。君を守りたいとかそんなくさいこと言うためですか」
彼は真っ直ぐに私を見つめて、言った。
「そうだよ」
そう言った彼の真剣な顔。思わずどきっとする。彼なのに。
「どうしても?」
「責任があるからね」
責任感から出た言葉か。ちょっと残念。
「どうする?」
私は腕組みしてしばし考える。
「昨日の兵隊達は私に気付かなかった」
「君やボクとは違うから当然。でも相対してるのは君やボクと似たような存在だよ」
「私を君と一緒にしないで」
私は話は終わりとばかりにくるりと振り向く。
「それじゃあね。私は学校に行くから」
聞こえる彼のため息。私は無視して一歩踏み出した。
そしたらいきなり地面がなかった。当然私は足を踏み外し、深い闇の中へ落ちていった。
「言い忘れたけど落とし穴があったんだよ」
そう言うことを先に言えー!
それを最後に、私の意識は途切れた。
と、まぁ、こうして私は接触してきた箱庭世界に入り込むことになり、冒頭に繋がるわけです。