一個目:無難にプロローグ
彼が歌っていた歌は、私の知らない国の歌でした。
流れるように緩急が入り交じり、曲調も定まらない。
それでいて、しっとりとした穏やかさ、暖かさ、それに不思議な柔らかさを感じさせてくれる。
不思議で、素敵な曲。彼の歌声が放課後の赤みがかった教室に溶け、入り交じる様は思わず欺されるほどだった。
彼に何処の歌か聞いてみると。
「エ・ス○◎◇■△※◇☆○§&¥@……の歌。ボク、好きなんだ。」
と表記どころか発音にさえ困る答えが返ってきた。
彼は私の途惑った空気を察したのか、微妙に少し考え。
「エ・スェントルート・中略・ルーナという国の歌だよ」
と、とりあえず理解できるように言い直してきた。
いや、言い直してくれてもどこだか分かんないし。無駄な努力ですよ、そこの彼。
一応付け加えておきますが、先ほどの彼の発言には一切手を加えておりません。
彼曰く、中略としたところは言い換え不可能な部分だそうだ。
日本語に訳すと、『聖なる道の……中略……1つを選んだものための休息地』となるらしい。
日本語訳は彼がしてくれたが、やはり一切手は加えていない。
本当はもっと異常なほど(地球の標準的な基準で)長いらしいのだが、全て言うには半日ほどかかるので略したとのこと。
ちなみにこの国で使われているのは『エ・ス○★※▲▼◎△※◇¥@(以下略)……』もとい『スェントルート第2語』だそうで、世界でも指折りの難関語だという。
聞き流したつもりでも案外聞いてるものである。
さて、ここまでお読みの方は既にお察しのことと思いますが、彼は世間一般で広く言われる普通の人ではない。
電波と紙一重、一歩違えば黄色い救急車な人ですが、『神』というより『世界のカケラ』である。(本人談)
そのうえ、ある程度までなら世界を自在に操れる反則っぷり。
イヤなんか眼鏡のショートの人とか、泡っぽい人とかいろいろかぶりそうです。ていうか被ってます。
そこんとこ考えてるんでしょうかこの男。
とまれ、そんないろいろと危ない彼に再会したしたのは一週間前のことでした。
その日は変化がなさすぎた。
カーテンあけたら入り込んできたいつもの虫とか、綺麗に晴れ上がった熱くなりそうな快晴。
残暑なんて無ければいいのにと寝苦しさで大変なことになってる布団を直しながらそう思う。
思わずつぶやいた一言まで同じ。緑の街路樹がなんか輝いてますよ?
お母さんの文句、福留さんのズ−ムインとか。
朝食のメニューとかも昨日と全く同じ。
当然のように遅刻寸前で家を出て、いつもの公園を突っ切ったところで常習犯と競争して両者セーフという穏当な引き分けに落ち着いたのも同じだった。
朝から突っ走って汗で制服が張り付いて気持ち悪い。
今日、私は絶対に何かあると確信した。同じようなことがここまで続くのはきっと何かすごい変化のために違いないのだ。
そして、私の予感は的中した。
教室にはいると、みんなが何か騒がしい。
近場の友人に聞いてみると、席が一つ増えているとのこと。
ということはつまり転校生ということ。高校での転校生とは珍しい。
みんなが騒がしい理由がわかったところで、私は華麗にスルーした。暑くてそんなのどうでも良くなっていた。
九月ってのは秋のはずなのにどうしてこんなに暑いんだろう? クーラーぐらいつけとけ。
窓は当然全開に開け放たれ、少しでも風を通そうという涙ぐましい努力も為されていた。
だけど肝心の風は生暖かく、しかもやる気なさそうに申し訳程度にしか吹かない。
「男子共ー。暑いからどっか行けー」
というように熱源を減らそうとする人まで出る始末。可哀想な男子に合掌。
そんな家にキンコンカンと鐘が鳴った。前の戸が担任の氷室さんとは思えない程静かに開き、入ってきた。
いつも彼女は大慌て駆けてくるのになぁ。ちなみにあだ名はヒムさんで、影で名前ぴったりなんて言われてる。この時期にはありがた迷惑な人だ。
そんな次第でいつも違う登場に、油断してたみんながなんか大慌てで、がたがたと席に着いた。
一人ずっこけたのを無視し、一通り落ち着いたところでヒムさんが口を開いた。
「転校生が転校せいと言われてうちの学校に転校して来ましたよ」
「転向力(コリオリの力)とは絡めないのね」
「いくら地学教師だからといってそんな簡単なひねりは入れん」
うっかり口に出してましたか? まぁ、いいやー。でもひねった方が良いですよ?
周りもざわめくざわめく。虫もうぞうぞわいてきてそうな感じでざわめいてます。
男がいい。女がいい。かっこいい、かわいい、お姉さまいじめてください、強いか弱いか。いろんな創造妄想が飛び交う飛び交う。
珍しいから当然だろうけど。そうか。これの前振りだったのかー。
「まぁ、興奮するのもわかるし、盛り上がんのも勝手だが、現物見て幻滅すんなよ」
実物見てジツブツ(ジタバタ)するなよ、氷室さん。こっちのほうが寒くていい感じですよ?
「相変わらずだなぁ」
!? し、思考を読みやがった!
私が声をした方向に目を向けると、そこにはひょろっとしたどこにでもいるまじめ君な感じのそこそこ美形っぽい男子生徒が立っていた。そして訪れるデジャ・ブ。
何で見たことある気がしますかな?
「やぁ、久しぶり。此処で会ったが三年目」
覚悟はできてるんだろうなこのやろう? ネタとしてマニアックすぎやしませんか。……って、また思考を読みますかね、君。
というか、誰ですか。なんか覚えありすぎますよ、この感じ。最後に感じたのは三年前。
思い切り勢いつけて外見てみれば、どうしたんでしょう。鳥さんが空中で止まってます。落葉だって止まってます。
これはもしや……。
「ゆっくり話したかったから。時間止めてみた。久しぶりで驚いた?」
驚ける自分が嬉しい……。そしてグッバイ平穏な日々。
「ロンリーな歌を歌っても?」
「いいんじゃない?」
ていうか転校してくるシーンはオチだろ、フツー。
「普通じゃないのを目指さなきゃ」
現実は普通が一番ですよ?
彼はあの後満足するまで私と話し、時間を元に戻して普通に自己紹介して普通に挨拶した。
うっかり口止め忘れたせいで私と彼が幼馴染だとばらしやがりましたが。
おかげで今質問攻めです。マニアックな人たちから。
「いやぁ、泣かせるよねぇ。恋人追いかけてくるなんざぁ男じゃねぇか!」
「違うっての」
「またそんなこと言ってー。ホントは照れてんでしょー」
しつこいぐらいにくっつけたいらしいですよ、この人達は。
「だって、今キープしとかないと絶対取られるよ?」
「そうそう。わりとかっこいいし」
「だよねー! だからあんま邪険にしてると私らで取っちゃうよ?」
「一応友人のよしみで遠慮してやってんだし」
実態知ったらみんな敬遠しまくるんだろうなー。紙一重電波だし。
彼の方をちらりと盗み見れば、やっぱり質問攻め。
元来、人が良いからイヤな顔せず突っ込んだ質問にも答える。
「えっ! マジかよそんな仲なの!?」
「うっわー。ホントそれ?」
「待てやそこの彼。何言いはりましたんや」
どんな話題でそんな言葉がが出てきますかな!?
しかも彼の話聞いてた人みんな私らをバカップル見るような目で見てるし!
「なになに、何の話ー?」
「私らにも教えてー」
しかもさっきまで話してた友人達も向こうに回ってるし!
こうなったらやりたくないけど彼を連れて逃げるしか!
……って、それじゃ余計ラブラブっぽいよ!
「だいじょうぶ。都合の悪い記憶は視聴後5分後に自己消滅するから」
すんのか、記憶が。そもそも大丈夫なんですかそれ。爆発?
「大丈夫、大丈夫。脳いじる訳じゃないから」
さらっと恐ろしい事言う人ですね。……時間止まってますか、もしかして。
「こうでもしないと周りうるさいでしょ?」
そうだけどー。というか思考で会話してるし。テレパス?
「ボクが読んでるだけだから筆談の方が近いねー」
豪勢な……
ともあれこうして彼と私の不思議な日々は始まったのです。
しょっぱなからボケだけ。
ヤリ逃げが基本です。
平成19年9月8日
誤字修正。