第6話
翌日の事。
弘前、三春、ルカに加え、本日からマリアを加えた四人で登校していた時だ。
「おはようございます、皆さん」
「エリー? 珍しいな、こんな場所で会うなんて」
校門の前、塀に寄りかかっていた人物――生徒会長こと、エリー=スペリオルに声をかけられ、一同は足を止める。
「…で、その生徒会長さんが、こんな場所で一体何をしてらっしゃるのかしらぁ?」
「何か、引っかかる言い方ですわね?」
「べっつにぃ〜」
昨日の再現よろしく、二人はにらみ合い、互いの得物を取り出し対峙する。
そんな様子を前に、マリアはおろおろし、ルカはルカで囃し立て始める。
「お前らはまぁ毎度毎度飽きもせず…。いい加減にしとかないと、今度は本気で当て…」
「「ご、ごめんなさい。だから(ですから)、その物騒な盾をしまってください…」」
背部に提げた盾から手を離し、弘前は深くため息を吐き、全くと愚痴を溢す。
「そ、それで、会長さんは…」
「エリーでいいわ。役職で呼ばれるのは、会議の時だけで十分ですわ」
「んじゃ、エリー」
「貴女には言ってません」
「なんですってぇ!?」
またも懲りずに睨み合う二人を前に、弘前は深くため息を吐き…。
「「あいたっ!!」」
二人の背後に回り、その両拳を双方の頭頂部へと、真っ直ぐに叩き込んだ。
「次やったら、本気でフォール先生に突き出すから、そのつもりでな?」
「「…はい」」
がっくりと項垂れる二人を前に、マリアだけならず、ルカもまた苦笑いで眺めている。
「それで、一体こんな所で何を?」
「その…。副会長が“まだ”帰って来ないのです…」
「副会長さんが?」
「えぇ…」
その言葉に、弘前と三春は揃って固まる。
「確か最後に会ったのが…」
「三週間前、じゃなかった?」
その問いかけに、エリーは静かに首を縦に振り、肯定である事を告げる。
「でも、今回は単独じゃなくて、集団での遠征だろ?」
「えぇ…。でも、他の皆さんは、既に5日前には全員戻って来てましたし…」
「…」
「そこで、彼女の幼馴染みである二人なら、何か知らないかと。こうして待っていたのですが…」
「え? そうなの?」
意外な事実を知り、マリアは弘前達にそう問いかける。
「あぁ」
「その子と私、それと弘前とは、小さい頃からずっと一緒だったから」
「ふぅん…。あ、お兄ちゃん達、そろそろ…」
そんな思い出話に水を差すが如く、ルカが指摘しようとしたと同時、無常にも予鈴が鳴り響く…。
「ルカ、先にクラスに行きなさい」
「私達は、ちょっとあの子を探して来るから」
「ちょ、ちょっと三人共!?」
「悪いマリア、フォール先生に会ったら、代弁よろしくっ!」
「ふえぇっ!? ちょ、ちょっと弘前君!? んもぅ…」
後の事をマリアに任せ、弘前、三春、エリーの三人は、揃って学園を後にし、町の方へと駆け出して行った。
残されたマリア、ルカの二人は。
揃って顔を見合わせ、軽くため息を吐きつつも、校舎の中へと急ぎ駆けて行くのであった。
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「で、勇んで飛び出したはいいが…。二人とも」
「ん?」
「何ですの?」
「心当たりはあるんだろうな?」
「「あ…」」
「…おい」
そんな弘前のツッコミに、互いに明後日の方を向き、視線すら合わせようとしない。
「ま、大方そんな事だろうとは思ってたが…」
しばしの後、思案に暮れた弘前が出した答えは。
「とりあえず町の外壁の辺りまで行ってみよう」
「ですわね」
「なら、こっちへ行きましょ」
「確かに、そっちに行った方が直線的に近いな」
三春へと先頭を譲り、弘前達は一路、町の外壁の方へと進路を取る。
「きゃあ!!」
「ん? 今の声は…」
「間違いない…」
「ですわね」
だがそのとき、三人の耳にふと聞き慣れた声――そう、今まさに探している当人の声が聞こえる。
一同は頷き合うと、声のする方へと全力で走り始めた。
「これ、すっっっっっっごく美味しい♪」
「おう、そいつぁありがとうな、嬢ちゃん」
「それじゃあ、これとこれ、それとぉ〜…。あ、これもください♪」
「へい、まいど!!」
「「「だあぁぁ!?」」」
だが次の瞬間。
目の前に飛び込んできた光景に、三人はダッシュの勢いを殺しきれず、見事なヘッドスライディングをかます羽目になってしまった。
「ん? あ、三春ちゃんにエリーちゃん、久し振り〜♪」
「…。そうだったわ、この子はこういう子だったわね…」
「しばらく会わない間に、すっかり忘れてましたわ…」
こちらを見つめ、呑気に屋台のお菓子を頬張りながら手を振る探し人を前に、彼女らは呆れながらにそれを見つめている。
「で、二人。そろそろ退いては貰えないだろうか…」
「「あ、ごめん(なさい)…」」
こけた際、見事二人の下敷きにされていた弘前の訴えに。
三春とエリーは即座に立ち上がり、彼を引っ張り起こす。
「あ、弘君。久し振り~♪」
「あ、弘君。久し振り~♪ …じゃねぇだろ」
「? あぁ、そうだった!」
「お、無事に思い…」
「皆の分を買うの、すっかり忘れてたよ♪」
「出せてないようですわね…」
「だぁもう、そうじゃなくって!」
「?」
「学園にも戻らず、呑気にんな所で菓子食ってる場合じゃねぇだろっつってるのっ!」
「あ〜ぅ〜、い〜ひゃ〜い〜ひょ〜…」
お仕置きとばかりに、背後から両頬をぐいぐいと引っ張る弘前を前に、二人はやれやれといった具合に顔を合わせる。
「ったく…。少しは反省するように、二年兜組所属、桃山指月さん?」
「うぅ〜…。わかったよぉ〜…」
開放され、先程まで引っ張られていた両頬を擦りながらそう呟く彼女――現アーベントイア生徒会副会長の桃山指月は、三人の下へと合流を果たす。
「さて、無事見つけたはいいけど…」
腕組みしながらチラリと学園のある方角を見て呟く三春を前に、弘前もまた、同じように腕組みをして考え込む仕草をしつつ、頭を掻く。
「確か午前中って、実習だよな?」
「えぇ、その筈ですわ」
「もう皆さんパーティを組んでて、相手なんて残っていませんわよ?」
「だよなぁ…」
「んっと…。あのね三人共」
どうしようかと思案している最中、指月は挙手し、こう語った。
「この四人でじゃ…ダメかな?」
その言葉に、弘前は言葉を失う。
それはそうだろう。
普段から何かと衝突しがちな、三春とエリーの二人が同じパーティ内にいるのだ。 入ってから出るまでずっと言い争いが続き、おちおち攻略なんぞ出来るワケがない、と。
「まぁ、指月がそれでいいなら、私は構わないわよ?」
「ですわね。たまには、そういうのもいいかもしれませんわね」
だがそんな不安とは裏腹に、二人は賛成と意気投合。
弘前は、ホントに大丈夫なのだろうかと、心の底からそう思いつつ、皆を連れ立って学園へと歩き始めるのであった。
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学園へと舞い戻り、実習担当のフォール先生に事情説明を済ませた四人は、急ぎ身支度を済ませ、ダンジョンの中へと潜る。
入って早々だというのにも関わらず、あちこちに戦闘が行われた形跡があり、今回のダンジョンの難易度が伺い知れた。
「今回は、皆派手にやってるみたいだな…」
「みたいですわね…」
周囲を見渡し進む弘前の感想に、エリーは得物を持つ手に力を込めつつも、そう同意する。
ちなみにこの急造パーティの配列、先頭を弘前、左翼中盤に指月、右翼をエリー、後方を三春と、十字の陣形となっている。
最初はいつも通り、三春を先頭に自身が後方を担当するつもりでいたのだが、エリーから弘前を先頭にと提案があったのだ。
どうも、昨日の三春との一戦がエリーの耳にも届いていたらしく、自身のライバルたる三春を破った弘前の実力を見定めたいというそんな意味を込め、推薦したようだ。
三春もまた、弘前から初めて黒星を付けられた事もあり。
また同時に、普段とは違った配置での攻略が出来る事もあって、エリーの提案を承諾。
指月もまた、特に反対意見があるワケでもなかったので、そんな二人に賛同し、この配列に至ったのだ。
「でも、出遅れちゃった分、明らかにモンスターの数が少ないから、そんなに時間はかからなさそうだね♪」
「遅れる要因となった指月がそれを言うのは…」
「如何なものですわね…」
「ちょ、ひどいよ二人ともぉ〜…」
共通の友人二人からの的確なツッコミに、途端に涙目となる指月に、弘前は苦笑しつつ、壁に設置されていた仕掛けを解除していく。
「って、よくそんなのに気が付いたわね…」
「ホントに。流石は状況判断能力が高い人族…と言った所でしょうか」
「能力や技量じゃ、どうしても他種族と開きがあるからな。こういった所で頑張らないと」
「あ…。ごめんなさい、そういうつもりじゃ…」
「いや、気にするなって。実際問題、それは事実だからな」
一瞬影が射してしまったエリーに対し、弘前がフォローを入れ、彼女を優しく諭す。
実際、彼女の口調からは棘々(とげとげ)しさと言った物はまったくと言って良いほど感じない。
むしろ、素直に褒めてくれているんだとよくわかる。
それは、弘前を見ていた幼馴染み達も同様、その真意はしっかりと伝わっていた為、特に突っかかったりと言った言及等も無かった。
「ですが…」
「二人とも静かに…」
「指月…?」
尚も食い下がるエリーだったが、その会話を指月の声が遮る。
「…。この先で、誰か戦闘してる」
「え?」
「…ホントだ。微かにだけど、振動が伝わって来てるのがわかる」
いつぞやのブルッグ鳥の時同様、弘前もまた床に掌を着き、それを確かめる。
彼女の言う通り、時に短く、時に長い感覚を経て、断続的に振動が伝わってくる。
「この感じだと…。少し…遠いか?」
「うん。でも、一箇所じゃない。もっと多岐に亘って行われてる…」
「相変わらず、指月は物音には敏感ですわね…」
「昔からよ。だけど、そこまでしっかり判別出来てる辺り、昔とは少し違うわね」
調査を続ける二人の周囲を警戒しながら、三春はエリーにそう答え。
エリーもまた、同じ様に二人の周囲の警戒にあたっている。
「一番近いのは、多分…」
「この先を曲がって以降だな。複数箇所じゃ、さすがにこれ以上の正確な距離間まではちょいわかんないな…」
ようやく立ち上がった二人を見て、一同は頷き合う。
「きゃあっ!!」
だがその刹那。
ダンジョン内部にこだまする悲鳴に、一同は緊張の糸を一気に張り巡らせる事となる。
「い、今の声!!」
「マリアさんのじゃありませんの!?」
その回答を耳にした途端。
弘前は己が武器を手に、駆け出した。
「あ、ちょっと弘前!?」
そんな弘前を見て、三春達もまたそれに追従し、薄暗い中を走り始める。
「ねぇ、今の悲鳴の子って、もしかしてお友達?」
「えぇ」
「なら尚の事急がないと!」
「「当然っ」」
そして、悲鳴の聞こえたエリアへ向けて、弘前率いるこの急造パーティはダンジョン内部を走り抜ける。
途中で遭遇した、スライムなどを始めとする雑魚モンスターを、文字通り一閃していきながら…。