第2話
「いたたたた…。まだ首の辺りがズキズキするぞ…」
先ほどの苺パンツ発言による、フォール先生からの無言の制裁を受けたアルは、首の後ろを擦りながら、俺たちの方へとやって来る。
「そりゃ仕方ない」
「自業自得だ」
「弁護の余地は無いわね」
「お前ら、何気に酷くない?」
『いや、全然』
「言い切るなよ!!」
だが、そんなアルの発言を、俺たちはバッサリと斬り捨てる。
「さて、そんな事はさておいて」
「おくなよ!!」
「ひろと三春ちゃんは、今日も二人で組むのか?」
「あぁ。だけど、今日は三人で挑むつもりだ」
「三人? 一体…」
「もちろん、ルカとですよ♪」
「うおっ、ビックリしたぁ…」
ランドの問いかけを遮る様にして現れたのは、今話題に挙がっていた三人目こと、ルカ=スオシオスだった。
「えっと…この子は?」
「ルカ=スオシオスって言って、私達の後輩よ」
「る…ルカ=スオシオスだって!?」
「ど、どうしたのよ。いきなりそんな大声だして…」
「そんなに驚く事か?」
「まさか…二人があの“迫撃の神竜”と知り合いだったとは…」
「迫撃の神竜?」
ランドの口から飛び出た聞き慣れない言葉に、俺と三春は疑問符を浮かべる。
「神族の魔力と竜人族の身体能力とを併せ持つ、神族と竜人族のハーフである彼女の通称だよ」
「ルカ、そんな風に呼ばれてるんですか」
「身内同然の私達ですら、知らなかったわ…」
「あぁ…」
知り合いにそんな二つ名が付いていたなどとは、夢にも思わなかった。
「でもでも、三春お姉ちゃんの二つ名よりは知名度は低いと思いますよ?」
「はは、かもしれないな。三春の二つ名、鮮血の戦鉤の名は、今やアーベントイアで知らない奴はいないってくらいに有名だしな」
「お願いだから、その呼び方で呼ばないで…」
俺とルカの発言に、心底嫌そうにため息を吐く三春。
「とまぁそんなワケで、俺達はルカと組むけど…二人はどうする?」
「ん〜…どうするか」
「というか、既にお前ら目当ての生徒たちが期待の眼差しで二人の事見てるぞ?」
俺は教室の隅でこちらをチラチラと見つめる一団を指差す。
その中には、クラスの子の他に一回生や三回生の姿もちらほらと見かけた。
この二人、こと前衛としての戦闘能力は高く、そうそう簡単には倒れないから後衛志望の生徒たちからは結構頼りにされている。
その為、実習授業の度にこの調子で、俺もこの二人とは滅多に組めた事がなかったりする。
以前俺がその事を二人に聞いたのだが、アル曰く「素敵な女性たちとの語らいの場だ。ならば、断るわけにはいかない」、ランド曰く「そんなアルをほったらかしにしておくと、ロクな目に遭わないから」との事。
自分たちが組みたい相手と組めないでいるのにも関わらずも、それに律儀に付き合う辺りは、あの二人が優しい人物であるからに他ならない。
それを彼女たちがわかっているかはわからないが、少なくとも俺はそう思ってる。
「アル、毎度の事だからわかってるとは思うが、手ぇ出してパーティの女の子を怒らせるなよ?」
「大丈夫だ、ひろ。そうならない様に俺が全力で阻止するから」
「お前ら、やっぱ酷いわ」
「「そうか?」」
「もう、いいです…」
項垂れつつ、待ち人の方へと向かうアルを追うように、ランドもその後に続く。
「それじゃ、俺たちも行こうか」
「そうね」
そんな二人を見送りつつ、俺達も実習授業へと向かうでのある。
「えっと、次はこっちに」
「了解よ」
薄暗い空間の中、俺たちは近付き過ぎず、かつ離れ過ぎず、適度な距離感を保ちながら進んでいた。
実習授業。
この呼び方は通称であり、正しくはダンジョン攻略実習という。
内容としては、学園内に設立されたダンジョンへと潜り、その探索及び攻略に挑む物である。
ダンジョンは迷宮形式で、入る度にその構造が変化する。
そのパターンは1000を軽く越えるとまで言われているが、そこまで試した者はまずいない。
しかしながら、ゴールは全員同じ場所へとたどり着くようにできている、何とも不思議な作りになっている。
攻略の方法は基本的に自由で、パーティの編成も最大5人の枠内であれば、学年が別であろうと組む事が出来る、戦闘に慣れていない一回生などにも配慮された形となっている。
「そういや、今日はモンスターの数が思ったよりも少ないよな」
「だよね。この間なんて、これでもかって位現れまくってたから。ルカ、ちょっと拍子抜けしちゃいました」
「そうね。何せ弘前の腕で倒せるような奴ばっかりなんだもん、調子狂っちゃうわよ」
「おい三春、それはさすがに聞き捨てならないんだが」
「あら、それなら聞くけど、弘前が私に勝てた事って、今までにあったっけ?」
「…。無い、な」
三春へと切り返した言葉は、物の見事に打ち砕かれた。
まぁ、鮮血の戦鉤に勝負を挑んで勝てる様な奴、そうはいない。
そこはルカ同様、ハーフたる三春の成せる業といったところか。
現に今も、俺が剣を抜く前に事が片付いてる始末だし…。
「でもでも、三春お姉ちゃんだけなら絶対攻略なんて無理だとルカは思いますよ?」
「え? どうしてよ、ルカ」
「だってお姉ちゃん、噂によると方向音痴らしいじゃないですか♪」
「うぐっ…」
妹分からの思わぬ一撃に、三春の頬を汗が伝う。
「それ、噂じゃなくて事実だぞ。昔、日の出を見たいからって、まだ真っ暗な時間に叩き起こされて行った山登りでは散々な目に遭ったっけ」
「へぇ、そんな事が…。で、どうだったんですか?」
「ふむ…。聞きたい?」
「是非♪」
俺がイタズラっぽく笑うと、ルカはノリノリで口元を緩ませる。
「ちょ、ちょっと待ちなさ…」
三春が俺の言動を遮ろうとするも、時既に遅し。
「頂上を目指してるはずなのに、何故か海に出たり、何故か洞窟の中だったり、ワームの巣の前だったり…」
止めに入ろうとした時には、俺の口から全てが語られてしまっていた。
「そ…それはまた、壮絶な迷いっぷりですね…」
「わーん、言わないでよバカー!!」
「あ、おい…」
過去を晒された事が恥ずかしかったのか、三春はダンジョンの奥へと走り出す。
俺たちは、慌ててその後を追った。
…ダンジョンに一人きりで迷ったままなんて、正直シャレにならん。
「待て、止まれ三春っ」
「お姉ちゃん、ダメだよっ!! 一人で突出したら、道に迷っちゃうよ」
「バッ…ルカ、それは…」
「あ…」
「わーーん」
瞬間、三春の速度が上がった。
そして…
「ぎゃんっ」
「「…」」
盛大にコケた…。
「と、とりあえず、止まったみたいだな…」
「うん…。っ!! 三春お姉ちゃん!!」
「ふぇ…?」
三春の頭上を、突如として黒い影が覆う。
目の前には、狼の顔をした怪物――ライカンスロープの姿が。
しかも運が悪い事に、突然の事態に、彼女は全く動けないでいた。
「あ、ああ……」
当然そんな状況を見逃すはずもなく、ライカンスロープはその手に持った斧を振りかぶる。
俺は迷わず走り出し、その距離を一気に詰める。
鞘に収めていた剣を抜き、急ぎ三春とライカンスロープとの間に入ると、左手に持った盾でその凶刃を受け止める。
「くっ!!」
金属同士がぶつかり合う、甲高い音が辺りに響き渡る。
攻撃を受け止められた事に、ライカンスロープは動揺を隠せない様子。
その隙を逃さんと、俺は左手で斧を押しのけ、その体勢を崩す。
「せいっ!!」
そのまま、右手に持った愛剣を下から一気に振り上げ、斬りつける。
瞬間、ライカンスロープは断末魔と共に倒れると、俺は呼吸を整えて剣をしまう。
「大丈夫か、三春?」
「あ…うん。ごめん、取り乱しちゃって…」
「いや、無事でよかった。俺も、さっきは調子に乗り過ぎた。ごめん」
三春に対し、深々と頭を下げる。
さっきのは、どう考えたって俺に否があるのは明らかだ。
「お兄ちゃんたち、悪いんだけど、そろそろ手伝ってくれると嬉しいな…はっ!!」
俺たちは揃って視線を向けると、ルカはその拳で複数のライカンスロープと戦っていた。
どうやらさっきの騒ぎを嗅ぎつけて、仲間が駆けつけたようだ。
「行こうぜ、三春」
「当然っ」
差しのべた手を取って立ち上がると、俺たちはルカの加勢へと向かった。
「768、769、770…」
放課後。
町から少し離れた場所にある小高い丘で、俺は一人で剣を奮っている。
アーベントイアへの入学を決意した幼い頃から続けているこの素振りは、俺の日課。
愛用の片手半剣を両手で握り、一心不乱に剣を奮う。
一人の時は両手で、パーティの様に多人数の際は盾と共に用いての片手。
俺の基本スタイルであり、この剣の製造目的に沿った扱い方である。
「791、792…」
そんな日課が、まもなく800回に到達しようというその時だった。
突如、近くの森から閃光が走り、続き爆発が起こる。
気がつくと、俺は森の方へと走っていた。
「あれは…」
そこでは、一人の少女がゴブリンの群れを相手に、手に持った杖から白い光弾を放ち、応戦している光景が目に飛び込んで来る。
距離を取りつつも、少しずつ、少しずつではあるが、相手を確実に落としていく。
が、ゴブリン側も確実に、彼女との距離を詰め始めている。
そんな時、フレイルを手にしたゴブリンの攻撃を防いだ際、体勢を崩し、その場にへたり込んでしまう。
「って、暢気に見てる場合かよ、俺はっ」
俺は茂みから飛び出し、彼女に跳びかかろうとしたゴブリンを、剣で叩き斬る。
「え…?」
「次っ!!」
すかさず反転し、後続のゴブリン達へとその刃を水平に斬り込む。
突然の加勢によってか、慌てふためく残りのゴブリン達は、そのまま森の奥へと逃げ出してしまう。
「ふぅ…。何とかなったかな」
周囲の状況を確認し剣を収めると、そのまま彼女の方へと向かう。
「えっと…大丈夫?」
「ふぇ!? あ、は、はい。大丈夫、です…」
「そっか。ならよかった」
俺はその場にへたり込んでいた彼女に手を差し伸べる。
差し出された手を不思議そうに見つめ、やがてその意思を理解した彼女は、俺の手を掴み、ゆっくりと膝を立てる。
それを合図に、俺はそっと力を込め、彼女の身体を引き起こす。
「あ、あの…ありがとうございます。おかげで、助かりました」
「気にしないで。困った時は、お互い様って言うだろ?」
「そう、ですね」
俺の返答に、目の前の少女は表情を崩し、優しく微笑んだ。
そんな彼女の姿に、俺はドキッとした。
吸い込まれそうなくらいに透き通った、綺麗な青い瞳。
そよ風に揺れる、ハニーブロンドの髪。
10人に聞けば、間違いなく全員が美少女と答えるであろうその容姿に。
俺にとっても、それは例外ではなかったようだ。
今もまだ、心臓がバクバク言っているのがよくわかる。
「あ、あの…。もしよかったら、お名前を聞かせてもらってもいいですか?」
「へ? あ、あぁ。えっと、俺は――」
「お〜い、どこに行ったの〜?」
そんな時、どこからか誰かを探す声がする。
「あ、ごめんなさい。連れが探してるので、これで失礼しますね。お名前はまた今度ちゃんと聞きますんでっ」
「え? あ…」
それだけ言うと、彼女は声のする方へと走り去って行った。
「つか、今度って言ったが…。お互い名前も知らないのにホントに会えるのか?」
別れ際の言葉に疑問を抱きつつも、俺は暗くなる前に寮へ戻るべく、町のある方へと歩き出した。