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9話 司教と大司教

「年甲斐もなく、弾けちゃいました!」


 ライブから戻ってくるなり、シスターはぺろりと舌を出す。

 報告を聞こうと待ち構えていた、パトリックやマーヤ、ほかのシスターたちは目を見合わせた。

 三人いるシスターの中で、変装して潜入する役目を担ったのは、最も背が高いエミリアだ。

 その長身をいかして、ステージに立つ歌聖女の様子を、しっかり観察するはずが――。


「楽しかったわ~! 私がもう少し若ければ、ライブに通い続けます!」


 すっかりライブの熱気に、あてられている。

 やれやれ、とパトリックが首を振った。


「人選を間違えたかな?」

「エミリアでこうなのですから、誰が行っても同じだったでしょう」


 バーバラが冷静に返答する。

 

「普段のエミリアは穏やかで、大きな声で話すのも苦手です。それが今は別人のように、イキイキしているではないですか」


 これこそ、歌聖女が信者へ付与すると言われている、元気パワーのせいではないのか。

 バーバラの指摘に、パトリックはハッとした。


「歌聖女の能力は、本物ってことですか?」


 マーヤの驚きの声に、当のエミリアが応じる。


「本物も本物よ! ヴィヴィちゃんが、元気に歌って踊っているだけで、こっちも元気になっちゃうの」

「ヴィヴィちゃん?」


 聞き返したのは、パトリックだ。


「歌聖女の名前です。信者はみんな親しみを込めて、そう呼んでました」

「そうか、ふつうの少女なのだから、名前があって当たり前か」

「ふつうの少女じゃなくて、美少女ですよ!」


 すっかり、ヴィヴィのファンになったエミリアが、強く訂正する。


「長い髪は水色、それをツインテールにしていて、踊るたびにピョンピョン跳ねるんです。私は遠い席だったから見えなかったけど、瞳はピンク色だと教えてもらいました」


 周囲の信者と意気投合し、エミリアは多くの情報を得ていた。


「今日のヴィヴィちゃんのライブは、新衣装のお披露目とあって、いつもよりも多くの信者が、ステージに集まったそうです」

「新衣装って、どんなの?」


 これまで黙っていた最後のシスター、ドリスが反応した。

 ドリスはこの教会で、針仕事を一手に担っている。

 服飾の話が出て、興味が出たのだろう。

 エミリアは思い出しながら、詳細を説明した。


「ヴィヴィちゃんは毎月、衣装を変えるんです。今日の服は妖精をモチーフにしていて、背中には小さな羽までついて……丈が短いウエディングドレスみたいでした!」


 パトリックがメガネを持ち上げ、話に加わる。


「一般的な聖女のイメージとは、かけ離れている服装だな。なんだか踊り子の、舞台衣装のようじゃないか?」

「スカートの丈が長いと、転ぶから危ないですもんね」


 真剣な顔をしたマーヤの発言を聞いたみんなが、マーヤならそうだろうなと心中で同意した。

 バーバラは別視点の意見を述べる。


「高貴な身分の女性であれば、足は隠すものと教えられます。それを惜しげもなく、露わにしているのならば、歌聖女の出自は……」


 おそらく平民。

 パトリックが肯定してうなずいた。

 

「世にまれな能力の持ち主が、平民である例は多い。ささやき様の相棒の、勇者様もそうだった」


 悪霊を封じ込めた功績を称えられ、勇者は爵位を授与された。

 だが、いつしかその血統は、歴史の中に消えていく。

 能力があろうと、それを開示する場がなければ、ただの人で終わってしまうからだ。

 

「その点、歌聖女は新教会のシンボルとして、大々的なパフォーマンスを続けている。すでにローランド殿下を通じて、その能力は王家に伝わっているだろう。あとは貢献する場さえ整えば、受勲の可能性は高い」


 平民から貴族へ。

 新教会の目的は、ノルドグレーン王国内での権威なのか。


「金儲けがうまいと思っていたが、そっちも狙っているかもしれないな」


 パトリックが腕組みをして唸る。

 そこへマーヤが、手を挙げて質問した。


「金儲けがうまいって、どういうことですか?」

「基本的に、宗教団体はお布施以外の金品を、信者から受け取ってはいけない」


 ここまでは、マーヤも知っているので、こくこくと頷いた。

 信者がささやき様に供えた浄財が、教会の運営資金となっているのだ。


「新教会はいろいろな名目をつけて、信者からお布施を巻き上げている。そのやり口が、巧妙なんだ」

「例えばね、ヴィヴィちゃんのステージを見るのは、基本的には無料なんだけど、ヴィヴィちゃんを近くで見たい人は、観覧料というお布施を払うのよ」

 

 パトリックの言葉を、エミリアが補完した。

 観覧料を払った信者のみが、舞台そばの席に案内されるという。


「それだけじゃないわ。服飾料というお布施を払ったら、新衣装をお披露目するステージ上で、ヴィヴィちゃんに名前を読み上げてもらえるの」


 太客ならぬ太信者だ。

 エミリアが見たステージでは、第三王子であるローランドの名前が出たらしい。

 噂通りだ、とパトリックが広い額に手をあてた。


「ローランド殿下は、発明オタクで知られている。多くの特許のおかげで、懐が温かいんだ」


 それを惜しげもなく、ヴィヴィに奉納しているのだろう。

 黄金の像が建つのも納得だった。

 結局、『新教会の人気の秘密を探ろう作戦』は、歌聖女が付与する元気パワーは本物らしい、と認識し合って終わった。


 ◇◆◇◆


「元気パワーか。あたしには、とても真似できないな」


 むしろマーヤが信者へ放っているのは、入眠パワーだ。

 差がすごい。

 

「さらには、歌がうまくて、踊りが上手で、美少女で――」

 

 多くの信者から、必要とされている。

 だからこそ、お布施も集まるのだ。

 

「ヴィヴィちゃんって、完璧だな」


 自分と比べて、マーヤは落ち込んでしまう。

 庭の掃き掃除をしなくてはいけないのに、さきほどから箒を握りしめたまま動けない。

 しゅん、と立ち尽くしていると、小さな声が聞こえてきた。


『君には君の、いいところが……』


 最後はかき消えてしまう。


「誰か、いるの?」

 

 マーヤはあたりを見渡す。

 すると――。

 

「すみませんが、こちらの司教に取り次いでもらえますか?」


 門前に背の高い男性が立っていた。

 年齢は40代のパトリックと、同じくらいだろうか。

 亜麻色の髪を後ろに撫でつけ、鳥のような鋭い赤い瞳と、えらの張った顔が特徴的だ。

 

「あの、どちらさまですか?」


 駆け寄ったマーヤは、男性に名前を尋ねる。

 男性は小さなマーヤを見下ろし、慇懃無礼に答えた。


「新教会の大司教をつとめる、ブロームと申します。先日、歌聖女のライブにスパイを送り込んできた件で、話をしたいと伝えてもらえますか?」

「っ……!?」


 少々お待ちください、と言うやいなや、マーヤは箒を放り出し、教会へ向かって全力で走った。

 本来は駆け足禁止だが、今日ばかりは許されるだろう。

 途中で、一度転んでしまったが、かつてない速さで、パトリックの部屋に着いた。


「た、た、大変です! 新教会の……大司教の……ブロームさんが……」


 息切れしているマーヤは、なかなかパトリックへ、要点を伝えられない。

 しかしパトリックも、だてにマーヤとの付き合いは長くない。

 短い単語から、おおよそを理解した。


「わかった、応接室で対応しよう」


 ◇◆◇◆


 パトリックとブロームが、向かい合って座る。

 古いソファが、ギシッと音を立てた。

 

「私の訪問は、よほど嫌がられている、ということですか?」


 バーバラが供したティーカップの中身が、無色透明の白湯だと知って、ブロームはふんと鼻を鳴らした。

 その態度の悪さに、パトリックが文句を言う。


「ちゃんと沸かしてあるんだ。じゅうぶんだろう」


 財政難が続く教会では、茶葉なんて長らく購入していない。

 ブロームは口をつけることなく、ティーカップをテーブルへ戻した。


「もてなしに、過度な期待はしないでおきましょう。なにしろ私たちは、敵同士ですからね」


 ブロームは長い足を組むと、鋭い目を光らせる。

 それに対してパトリックも、額を光らせ応答した。


「たしかに、味方ではないな」

「スパイを送り込んでおいて、とぼけるつもりですか?」


 背が高いから目立ってましたよ、とブロームが種明かしをする。

 エミリアの長身は、敵情視察に最適だったが、逆に相手からもよく見えていた。

 教会のシスターの顔を、覚えているはずがないと、高をくくっていたパトリックの当てが外れる。

 ブロームはこちらが考えている以上に、教会を意識していたようだ。

 だからと言って、パトリックが引き下がる理由にはならない。


「僕たちに見られて、まずいものでもあるのか?」

 

 強気なパトリックの態度に、ブロームは顔をしかめる。


「あるわけないでしょう」

「だったら、ライブを見るくらい、いいじゃないか」

「開き直るんですか?」


 ブロームが、やれやれと首を横に振る。


「ご苦労が多いのは、うかがえますけどね……」


 調度品の少ない寂しい応接室、縁の欠けたシンプルなティーカップ、そして最後に、ブロームはパトリックの、後退した額を見て冷笑した。

 

「助言してあげますよ、パトリック司教。また慈善事業でも、始められたらどうです? 国家から補助金をもらうのが、この教会にはちょうどいいでしょう」

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