第8話 俺のそばにいろよ。
「ど、どうしたの? ミカ」
「報告なんて戸口で済ませりゃあいいだろ」
ミカはコホンと微かに咳払いをして、ぎこちない口調で付け加えた。
「お前は花街の人間じゃないんだから、男と長い時間、部屋に二人きりでいるなんて……おかしいんだろ?」
顔は僅かに赤く染め、ぶっきら棒な調子で言う。
「お前……一応、女、なんだからよ。い、一応な」
「え?」
トビィは思わず呟く。
ミカは慌てたように顔を背けたが、手首を握る力は何かを伝えるように強くなる。
トビィは、さきほどまでいたシギの部屋で話したことを思い出して言った。
「そんなに長くないよ」
「なげえよ」
ミカはカッとなったように振り向いた。
「俺が起きてから、全然帰ってこなかったじゃねえか」
「それは、昨日のお客さんのことだけじゃなくて他にも色々と話していたからだよ」
「だからっ、それがおかしいっつんてんだろ」
「だ、だって、シギさんだよ?」
一体、ミカは何をこんなに苛立っているのか。
わからないまま、トビィは言った。
「いつも凄く丁寧で親切だよ? 私が女だからって威張ったりしないし」
「お前は男を知らないだろ」
「え?」
知っているよ、と反射的に言いかけたが、ミカが強い眼差しを自分に向けているのを見て口をつぐんだ。
ミカは自分の中の感情を誤魔化すように目をそらす。
「シギは……ああ見えて手が早いからな」
「そうなの?」
トビィは脳裏にシギの落ち着いた姿を思い浮かべる。
とてもそうは見えない。
トビィが多少疑問を抱いたと思ったのか、ミカはここぞとばかり勢い込んで言った。
「そうだよ。俺の時だって……! い、いや……その……だな」
ミカは慌てて言い直した。
「いやその……なんだ、他の奴……うん、そうだ、他にそう言っている奴がたくさんいるんだ。俺は……よくわかんねえけど、な」
曖昧に口の中で呟いたあと、ミカは急に語気を強めた。
「お前なんて、あいつにかかったらいちころだぞ」
「そうかなあ」
トビィは不満そうに言う。
「私だって、けっこう強いよ? 団の模擬戦でも大会でも、けっこういいところまで行くし。素手の格闘戦でも負けないと思うけどな」
ミカはポカンとした表情でトビィの顔を見た。
トビィは生真面目な顔つきで言葉を続ける。
「でも意外だな。シギさんがそんなに喧嘩っ早いなんて。全然想像がつかないよ」
人は見かけによらないね。
トビィはそう呟いたが、ふとミカが呆気に取られた表情をしていることに気付いた。
トビィが見ている前で、ミカの不満にも不安にも見える表情は急速に消えていき、生き生きとした明るいものになっていく。
「そう……そうだ。そうなんだよ! シギの奴、滅茶苦茶血の気が多いんだ。見かけは優男だけどな、中身はやべえんだよ。この前だって熊みたいなデカい男を一撃で殴り倒していたからな。もしかしたら、本物の熊だったかもしれねえ」
「熊を? 素手で?」
目を丸くするトビィを見て、ミカはにわかに満足そうなもったいぶった様子になり頷いた。
「あれはすげえ一撃だった。熊の奴、目を回して倒れていたからな」
「ほんと?!」
その場面を想像して、トビィはゴクリと唾を飲み込む。
ミカは大袈裟な仕草で首を振った。
「シギも悪い奴じゃねえんだけどさ、何かの拍子に頭に血が上っちまうみたいなんだよ」
トビィの反応を横目で伺いながら、ミカは重々しい口調で言った。
「だからさ、あんまり二人きりになるなよ? お前だってそこらの奴相手に喧嘩して勝ったって、『銃剣士のめーよ』にはならないだろ?」
「もちろん」
トビィは背筋を伸ばして真剣な顔つきになる。
「力で物事を解決するのは、そうしなきゃならない時だけだもの。銃剣士にとって一番大事なのは、『力を用いるべき場』を見極めることなんだから」
「うんうん、そうだそうだ。『見極める』って奴が一番大事だ。暴れるだけなら熊だって大猿だって出来るからな」
ようやくトビィに自分が言いたいことが通じた。そんな喜びで頬を紅潮させ、ミカは調子良く合いの手を打つ。
「だからよ」と念を押すように言った。
「シギに限らず、男とは二人きりにならないようにしろよ? 特にカッコよくて金持っていて女にモテそうな奴ほど、血の気が多いからな。あんまり近付くんじゃねえぞ」
「うん、わかった」
トビィが素直に頷くと、ミカは喉を転がされた猫のような満足そうな顔つきになった。
威厳があるように見せようと、細く華奢な胸を精一杯そらす。
「どうしてもって時は、俺に言えよ。一緒に行ってやっからさ。俺は相手の男がどんな奴か、見ればすぐにわかるからな」
「ミカは、色んなことをよく知っているよね」
トビィは感心してミカの顔をマジマジと見る。
ミカは反射的に視線をそらすが、そんな自分に腹を立てたようにことさら強い口調で言った。
「俺はお前と違って、世間って奴を知っているからな」
「そっかあ」
「お前はお偉い銃剣士サマだからな。知らないことがあるのはしょうがねえよ」
「うん」
落ち込んだように目線を落としたトビィに、ミカは思いきったように言う。
「べ、別にいいんじゃね? 俺が面倒見てやるからさ。だから、トビィ」
ミカは一瞬躊躇ったあと、トビィの表情を伺うようにして言った。
「……この先も、俺のそばにいろよ?」
「うん」
トビィが素直に頷くと、ミカの顔に花が開くように明るい笑みがパッと広がった。
余りに幸福そうなその表情に、トビィはしばしのあいだ、言葉を失って見とれた。




