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第46話 何で言ってくれないの?

「俺を殺しに来たのか」


 それは問いではなかった。確認ですらなく、ただ目の前にある事実を嗤うためだけに紡がれた言葉だった。


「殿下」


 魅せられたようにミカを見つめていた銃剣士の男は、思わず声を放つ。

 男は自分がミカを、公爵家の人間だと内心で認めていることを表してしまったことに驚いたような表情をする。

 しばらく惑うような素振りを見せたあと、高貴な人間に相対したような丁重な礼をした。


「ご下問の通り、私どもはルグヴィア公家にお仕えする銃剣士団の人間にございます。『逆賊グランヴァルドに囚われた殿下をお迎えにあがった』 本来ならばそう申し上げなければならないところですが、今さらそのような偽りを口にして、不忠の上に不実を重ねることはいたしませぬ」


 一瞬思い悩むような顔をしたあと、男は口を開いた。


「私どもルグヴィア公家に仕える者は、殿下の事情をよく存じております。殿下が生まれた時より課せられたご不運に心を痛め、畏れ多いことながらご同情も申し上げております。我らとて、仕えるべき主家が割れ、どちらかに銃口を向けなければならない。どちらかへ忠義を尽くせば、どちらかへ不忠を働くことになる。そのような今の状況は辛く、身を切られるような思いでおります」


 男はそこで口を閉ざしたが、ミカは関心がなさそうに視線をそらしただけだった。

 男はしばらく黙ったあと、思いきったように言葉を続けた。


「しかし……我らは、まず何より祖国ルグヴィアに、忠誠を捧げております。何がこの国にとって最善か。最後に我らが従うべき道は、それだけにございます」

「ああ」


 遠い昔に聞いた何かを懐かしむように、ミカは微かに笑った。


「それは知っている」


 男は目を伏せ、頭を深く下げる。


「貴方さまがおられる限り、この国の争いは続くでしょう。運命とは、人の手には選びようもなく計りようもないものなのだ。そう思っていただき、ルグヴィア公家の一員として、祖国のために御身を捧げられることをご決断いただきたい」

「『ご決断』?」


 ミカは半ば小馬鹿にするようにその言葉を繰り返した。

 金色の瞳には、目の前の男に対してではない、別の者に対する激しい感情が揺らめていた。


「俺は生まれてこのかた、自分がどこでどうやって生きるか、何者として生きるかを決められたことは一度もない。俺が誰で、どこでどう生きるのか、俺をどうするか、どう扱うかは全部他の奴が決めてきた。淫売だと言われて体を買われ、今度は公爵だと言われてここに連れてこられた。そんなことは今さらどうこう言うもんでもない。そう思っていたが、まさか死に方まで指図されるとはな」


 ミカの瞳の中でたゆたうものが、一瞬、激しく燃え上がりそうな様相を見せた。だがふと動いた眼差しがトビィの姿を映した途端、その炎はすぐに諦念によって覆い隠された。

 ミカはトビィの姿から顔を背けながら言った。


「もううんざりだ、こんなクソみたいな茶番は。付き合いきれねえ。俺をどうするかはお前らが決めるっていうんなら、それでいい。お前らの大事なこの国と公爵さまのために死んでやる。やるなら、さっさとやれ」


 ミカは顔を上げた。

 その瞬間、最前から食い入るようにミカの姿を見つめているトビィと目が合った。

 二人はお互いの姿をジッと見つめ合った。

 それは実際はほんの一瞬の間だったが、トビィにはひどく長い時間に思えた。

 ミカがふと表情を緩め笑いをもらした。

 トビィが今までで見たことがないような、穏やかな顔だった。


「お前はこの国と公爵様のために生きる銃剣士なんだろ? やらなきゃいけないことをしろよ」


 ミカは独り言のように付け加えた。


「こうなるために俺はお前に出会った……。そんな気がする」


 いつになく優しげなミカの声に導かれるように、トビィは腰帯に差した銃に手をかけた。

 自分の体が自分ではないものに乗っ取られて操られているような、そんな感覚があった。

 

(何でミカ……)

(何で言ってくれないの?)

 

 理不尽だとわかっていても、それでも思うことを止めることが出来なかった。


(『おせえんだよ、トビィ』)

(『待ちくたびれたぜ』)

(『ほんとお前は鈍くせえな』)

(『とっとと助けに来いよ』)

(何で、ミカ……)

(何で、そう言ってくれないの?)


 三年前、ミカがザファルの城に行った時から、トビィはずっとミカを探し求めていた。

 傲慢で生意気でしたたかで誇り高く、自分を貶めようとする運命に決して屈せず、昂然と頭をもたげて生き抜いてきた少年を。


(言ってよ、ミカ)

(言って)

(『お前は』

(『俺の銃剣士だろ』って)


 そう思いながら銃を引き抜いたその時。

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