第38話 一生、閉じ込めてやる。
「あなたは不遇な境遇の中にいても、高潔な心を失わずにいる。そう聞いた」
「は? 何だそれ」
「トビィがそう言っていた」
「トビィが……?」
ルウェルが言葉を続ける。
「『ミカは、公宮にいる貴族たちよりもずっと誇り高くて立派な人間だ』と」
「……嘘をつくなよ、クソ野郎」
心の中で、感情が狂暴な獣のように牙をむき荒れ狂うのを感じた。それは先ほどの怒りよりももっと激しく、ミカがこれまでの人生で一度も感じたことがないほど暗い感情だった。
衛兵たちは、ミカが放つドス黒い瘴気に気圧されたように体を引く。
「あんた……どうして、あいつを俺のところに寄越したんだよ?」
ルウェルは端整な顔に戸惑いを浮かべて、自分を見上げるミカの顔を眺めた。
ミカは火を吹くような眼差しでルウェルの顔を睨む。
「俺のことを……始末させるつもりだったのか? トビィに命令して」
ルウェルはひどく不思議そうにミカを見つめた。
思案するように唇を軽く閉じたあと、ふと独り言のように言った。
「意外だ。あなたがトビィのことをそんな風に考えるのは」
言われた瞬間に、ミカの内部で怒りが爆発した。
考えるよりも早く、ミカは目の前の公爵に飛びかかろうとした。
固められたミカの拳がルウェルの顔に届く寸前、不意に二人の間に大柄な影が割って入った。
「殿下、どうかお気持ちを鎮められますよう」
丁重な呼びかけとは裏腹に、グランヴァルドは暴れるミカを容赦のない力で押さえつけ抱きかかえる。
そうしながら、近くにいる衛兵に鋭い眼差しを向けた。
「奥宮に行き、寝所をご用意するように伝えろ。用意が整い次第、殿下をお連れして休ませよ。だいぶお疲れのようだ。ご気分を鎮めていただかねばならぬ。ルウェルを屋敷へ護送したら、私もすぐに行く」
「は!」
命令を受けた衛兵は、素早く謁見の間から出て行った。
他の衛兵は、表門につながる入口からルウェルを連れ出そうとする。
不穏な空気を察知したグランヴァルドが、いち早く貴族たちを部屋から退出させるよう指示したため、広間には既に人影はなく、ガランとした無人の空間が広がっているだけだった。
ルウェルは特に逆らう素振りは見せなかった。背を向ける直前、青い瞳をグランヴァルドの腕の中に囚われているミカのほうへ向ける。
ミカは怒りに燃える瞳で、ルウェルの顔を睨みつけた。
「あんたを……一生、閉じ込めてやる」
考えるよりも早く、そんな言葉が口からこぼれ落ちた。
「一生何もさせずに、独りで閉じ込めてやる。死んだら死体はどこかに野ざらしにして鳥と犬の餌にしてやる」
そう呟いているうちに、何故か体の奥底から笑いが込み上げてきた。
目の前の男のことも、今の自分の状況も、野心のままに生きるザファルやグランヴァルドのことも、ルグヴィアのことも、何もかもが滑稽で取るに足らぬもののように思えて笑いが止まらなかった。
「ははっ、俺みたいな下賎な人間にはめられていいようにされやがって。ざまあねえな。何がルグヴィアだ、何が公爵さまだ」
ミカが笑っても、目の前の公爵だった男の表情は動かなかった。
嗤う自分の姿を映す、青い瞳に揺れているものが何であるのか。
わからなかった。
※※※
そのあとミカは、衛兵たちに引きずられるようにして豪奢な自室に連れて戻された。
新しい公爵は、どこからともなく連れてこられ何もわからずに公爵位に据えられた傀儡にすぎない。
ルグヴィアの宮廷にいる人間は、台所で働く下働きの者に至るまで、そうわかっている。
彼らが恐れるのは、真の権力者であるグランヴァルドの怒りに触れることだけだ。「公爵」とは名ばかりのただの人形に過ぎないミカへの扱いは、エリュアの娼妓だったころと大して変わらなかった。
部屋に着くと衣装室に担ぎ込まれ、着替えの係である従者たちが手早く、典礼用の礼装から室内着に着替えさせる。
そうして蒸気が立ちこめた入浴室で肌をみがいたあと、体から水滴を拭い、柔らかな布地で出来た室内着を着せた。
世話をする従者たちは半ば恍惚とした賛美を込めて、半ば忌まわしさからの軽侮を込めて、ミカの透き通るように白く瑞々しい肌に視線を向ける。
従者たちが世話をする間、ミカは等身大に作られた精巧な人形であるかのようにされるがままになっていた。
入浴と着替えを終えたころ、グランヴァルドがやってきた。
従者たちは無言で頭を下げ、退室していく。
グランヴァルドは直立の姿勢で恭しく頭を垂れ、ルウェルを町外れの屋敷に護送した旨を報告した。
ルウェルの処遇については色々考えた末に、公宮の人間が内密に接触しにくく、なおかつ動きを監視しやすいようにという理由で、公都の外れにある高貴な人間が蟄居するために使った屋敷に幽閉することになった。
護送中のルウェルの様子を報告するグランヴァルドの言葉を、ミカが遮った。
「いなくなった奴らは、まだ見つからないのか」




