第37話 ミカとルウェル
ミカの目に映ったのは、ごく簡素な衣服を身にまとった端整で上品な顔立ちの青年だった。
服の上からでも鍛えられていることがわかる、しなやかな体つきをしている。これみよがしな瀟洒さはなく控えめと言っていい雰囲気をまとっているが、だからこそ洗練された物腰と所作の優美さがいっそう際立つ。
屈辱を感じて頭を垂れるわけでも、怒りや反発を見せて傲然と顔を上げるでもなく、静かな表情でその場に立っていた。ルウェルをこの場に差し出した形になっている周囲の重鎮たちのほうが、居心地悪そうに身じろぎをしている。
「王」とはこういうものなのか。
そんな思いが、ミカの心をかすめる。
ミカがグランヴァルドに伴われて公宮に姿を現した当初、貴族たちはどよめいた。
どのような血のなせる業か、ルウェルとその父親セヴァン、ミカとその父親エルランよりも、ルウェルとミカのほうがずっと顔立ちが似ていた。
親子か兄弟のようだ。
そう言う者さえいた。
だが。
(似ているところなんて……一個もねえじゃねえか)
ミカ自身は自分の中に、目の前に立つ青年と似ているところなど何ひとつ見いだせなかった。
「公爵さま」と自分は違う。
ルウェルのことを見ていると、そんな反感が体の奥からわいてくる。
ミカの内部でその怒りは、身の内を焼き焦がさんばかりの業火になっていく。
ルウェルは廃位の宣言を聞き終わったあとも、僅かに目を伏せただけだった。
何ひとつ抗弁せず、ほとんど反応を示さなかった。
その後も、周囲の様子に注意を向ける素振りはない。
ミカはカッとなり立ち上がる。
制止しようとするグランヴァルドの手を振り払い、ルウェルの前に歩み寄った。
ルウェルは顔を上げ、青い瞳を軽く見開く。この部屋に入ってから初めて、そこに驚きと興味が浮かんだ。
トビィも自分と初めて会った時、この男と似ていると思ったのだろうか。
自分のことを見て、主君である公爵さまのことを思い出したのだろうか。
自分の中に、いつもルウェルの面影を見ていたのだろうか。
……この男の命令があれば、自分のことを殺すつもりだったのだろうか。
言葉を発することなく暗い憎悪をたたえた眼差しで自分を差し貫いているミカを前にして、不意にルウェルが口を開いた。
「ミライカどの」
静かな声で呼びかけられて、ミカの体は意思とは関係なくビクリと震えた。
そのことで体内に渦巻く憎悪が、いっそう暗く深まった。
「頼みがある」
「頼み?」
ミカは唇を歪めた。
「あんたが? 俺に?」
ミカの言葉から滴り落ちる毒々しい悪意に反応せず、ルウェルは淡々とした口調で言った。
「もし行方をくらました銃剣士団の者たちが戻って来てあなたに服したいと申し出たら、彼らの罪は問わないで欲しい。今は道を違えているかもしれぬが、あなたがルグヴィアの善き君主となられたら、彼らは必ずあなたに忠誠を誓う。ルグヴィアのために、力を尽くすはずだ」
ミカは呆気に取られて、ルウェルの顔を眺めた。
一瞬の沈黙のあと、ミカは笑った。
とてつもなく下らない冗談を聞かされたかのような、悪意と嘲りに満ちた笑いだった。
「お偉い銃剣士さまや騎士さまたちが、忠義を誓う? 俺に? 自分たちの主人を追い出した俺の下に来て、働くだろうって……? 本気で言ってんのかよ?」
暗い悪意のしたたる眼差しで、ミカはルウェルを見る。
「あんた、公爵さまにしておくのはもったいねえな。道化のほうがお似合いだ。淫売宿の座敷に呼んでやったら、さぞかし客に受けるだろうぜ」
ミカは腹を抱えて笑い転げていたが、次の瞬間、金色の瞳を再び怒りで燃え上がらせた。
「ふざけんなよ!」
ルウェルを突き倒そうとしたミカを、衛兵が慌てて取り囲んで押し留める。
ミカは衛兵の腕の中で身をよじり、顔だけルウェルのほうへ向けて叫んだ。
「何が『ルグヴィアの善き君主となったら』だ。何が『必ず忠誠を誓う』だ! 何もわからねえ下賎な人間だと思って、適当なことぬかしやがって。あんただってここに雁首並べていた貴族のクソ野郎どもだって、わかってるんだろ! 昨日まで体売っていた人間が公爵さまだ、なんて三文芝居だってな!」
荒く息を吐くミカのことを、ルウェルは黙って眺めていた。
それから静かな表情のまま、口を開いた。




