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第3話 何でもしてやるから。

 大きく目を見開くと同時に、口の中に舌を差し入れられ優しくまさぐられる。

 口腔内を愛撫されるたびに全身に快感が走り、意識が飛びそうな心地がする。

 ミカは唇を放すと、トビィの顔を見て微笑んだ。金褐色の瞳は蠱惑的に濡れており、見ているだけで吸い込まれそうな気持ちになっていく。

 

「お前、こうやって見ると、けっこう可愛いよな」


 ミカは呟くと、のしかかるようにトビィの体を寝椅子の上に押し倒した。


「ご奉仕してやるよ。銃剣士さま」

「ちょっ、ちょっ!……ミカ」


 唇を首筋に滑らせながら、慣れた手つきで服の中に手を入れようとするミカの体の下でトビィは慌てて身をよじる。


「ミ、ミカ……い、いいよ。そういうのは」

「なんでだよ、いいじゃねえか。お前は何もしなくていいよ、気持ちよくしてやるから」


 徐々に赤くなり熱っぽく震えるトビィの肌に、ミカは味わうように唇を滑らせる。

 はだけた単衣からのぞくミカの白い肌から、トビィは慌てて視線をそらしながら言う。


「で、でも、ミカ、さっきの男の人にはこういうことはしたくないって……!」

「お前、馬鹿か?」


 言葉とは裏腹にミカの声は甘い響きを帯びている。

 赤くなったトビィの耳たぶを唇に挟むようにして、笑みを含んだ声で囁いた。


「んなもん、相手によるに決まってんだろ」


 言わせんなよ。

 吐息のような声と共に、柔らかく温かいものが耳の中にもぐりこんできた。

 体が溶けそうな心地よさの波の中で、笑みを含んだミカの声が体の内部に広がる。

 

 俺が出来ることは、何でもしてやるよ。

 俺の銃剣士さま。


 その声は、普段の横柄でぞんざいな態度からはにわかに想像がつかないほど甘い響きを帯びていた。

 その声に呑まれ意識が飛びそうになる直前、トビィは転げ出るようにしてミカの体の下から逃れた。

 寝椅子の一番端に寄り、耳に手を当て顔を真っ赤にする。


「何だよ、つまんねえな」


 ミカは気が抜けたように肩をすくめると、寝椅子の上にごろりと仰向けに寝転がった。金褐色の瞳から、人の心を絡めとるような妖しい光が徐々に消えていく。


「俺が相手してやるって言やあ、お偉い大尽や貴族だって泣いて喜ぶぜ?」

「い、いや、そのう……き、気持ちだけで十分、って言うか」


 トビィは顔を赤くして、もごもごと口を動かした。

 ミカは少し黙ってから、天井に向かって言った。


「別にお前がして欲しくねえって言うならいいけどよ。どうせ俺、女とは最後まで出来ねえし」


 ミカは仰向けのまま、下から見上げるようにトビィの顔を見つめる。


「俺、お前のことを喜ばす自信があるけどな」


 からかわないでよ。

 顔を赤くしたまま言いかけて、トビィはふと口をつぐんだ。

 ミカはトビィから目をそらし、一人言のように言う。


「俺がお前にしてやれること、他に……ねえし」


 トビィは背けられたミカの顔を見つめる。 

 ミカはトビィのほうを見ようとはせずに言った。


「元々、お前はここに来るような奴じゃないもんな」


 トビィに、というよりは、自身に言うように付け加える。


「本当だったら……一生ここには来なくて、会うことだってなかったんだよな。こうやって二人でいることも……」


 二人の間に沈黙が下り、遠くから聞こえる他の部屋の賑やかな宴の音や声だけが室内に流れる。

 しばらく黙ったあと、ミカはトビィに背中を向けたまま立ち上がった。


「もう寝るわ」

「う、う……ん」


 寝室に去っていくミカの背中は、いつもより頼りなく寂しげに見えた。

 追いかけたい。

 そう思ったが、言うべき言葉を見つけることができず、トビィはその場でただ座り込んでいた。



3.


 次の日の朝。

 トビィはいつも通り、六の刻ちょうどに目を覚ました。

 身支度を整えて居室に入る。

 ミカは普段、昼近くまで寝所から出てこないため、この時間はいつも一人だ。

 そうわかっていても、昨晩の出来事に気まずさを感じていたため、誰もいない広い部屋を見てホッとしてしまう。

 しばらくすると、下働きの女性が一人分の朝食を運びに来てくれる。

 ミカが起きてくるまでの時間はトビィの自由時間だ。

 いつもは外で体を動かしたり、銃や剣の手入れをして過ごすのだが、今日はすぐに部屋を出た。

 月晶宮を運営を一手に引き受けている男、シギの仕事部屋へと真っ直ぐ向かう。


 エリュアは穏やかな内海に囲まれた街だ。そのため、家が海の上に出るように建てられていることも珍しくない。

 特に富裕な身分の人間は、朝晩、海を眺めて過ごせるような邸宅を好む。

 月晶宮も館のうち半分は、海の上に建てられている。トビィが歩く渡り廊下の下にも陽光を反射する穏やかな青い海が広がっている。

 

 東方世界風にしつらえられた部屋に入ると、シギは煙管キセルを口にくわえくつろいだ姿勢で座っていた。

 トビィを見ると、口から煙管を外し灰箱の上で軽く叩いたあと、そこに置く。

 流れるように無駄のない動きだ。


 勧められた円座に座りながら、トビィは黒い髪がかかるシギの端整な顔を眺める。

 二十代半ばに見えるシギについて、ごく若いときに東方世界から流れてきたということ以外は、誰も何も知らないらしい。

 シギという呼び名が、本名かどうかすらわからない。

 落ち着いた物腰で人当たりも柔らかいが、その奥底に年齢に似合わぬ世にんだような厭世的な雰囲気が微かに漂っている。

 穏やかに見えながら、決して心の内を人に見せない。

 そんな冷たさがある。


 シギは誰にも興味がないのよ。

 だから自分を見て欲しくて、みんな尽くしちゃうの。

 心がない男には惚れちゃいけない。わかっているんだけどね。


 以前、おんなたちが笑いながら、そう言っているのを聞いたことがある。

 実際、月晶宮にいる妓の幾人かは、シギのそばにいるために身を売っていると、もっぱらの噂だ。


「手間をかけさせたみたいですね」


 トビィが座ると、シギは落ち着いた所作で頭を下げる。

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