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第25話 その人から離れろ

「止めろ! ふざけんな、放せ!」

「暴れんなよ。商売道具の綺麗な顔に傷がついちまうぞ」


 男が余裕を持って抱き上げようとしたその腕に、ミカはあらん限りの力で噛みついた。

 腕に歯が食い込み、男は叫び声を上げる。


「この……っ! クソガキが!」


 ミカを腕から引き離すと、男は怒りに任せて容赦のない力で横面を張り飛ばした。

 女性とも見まがうほど華奢なミカの体は軽々と跳ね飛ばされ、石壁に叩きつけられた。骨が軋むような痛みが全身に走り、唇からうめき声が漏れる。


「おい! 顔には傷をつけるな」

「顔じゃなけりゃいいだろ」


 仲間の制止に、噛みつかれた男は怒りのこもった声で答える。


「ジジィどもに抱かれる稚児ちごあがりが! 舐めたことしやがって!」


 まだ起き上がれずうずくまっているミカの体を、男は硬いブーツで蹴り飛ばした。


「てめえの分際を思い知らせてやる!」


 二度三度と蹴られ、ミカは地べたに這いつくばった。

 その姿を見て溜飲が下がったのか、男は余裕のある表情を取り戻す。


「そうだ、逆らわなきゃ悪いようにはしねえよ。お前だって痛い思いよりは、いい思いがしてえだろ?」


 半ば嘲笑うような半ば懐柔してくるような男の言葉を聞いて、ミカは唇を噛み締める。

 どれほど誇りを持って顔を上げて生きようとしても、謂れのない暴力に屈しまいとしても、自分は無力だ。結局は頭を垂れてなす術もなく嵐が過ぎ去るのを待つしかない。

 暴力や権威を持っている人間を、体ひとつで魅力によって支配して生きる。

 そう思っていても、相手が機嫌を損ね鎌首をもたげれば、あっという間に屈服させられ地べたを這わされる。 

 こんな下衆な人間たちにさえ逆らえず、いいようにされる。

 ミカは地べたに投げ出した手を、きつく握りしめる。

 男は余裕を取り戻し、ミカに近づきその顔を覗き込んだ。


「へへっ、可愛がってやる」


 下卑た笑いを浮かべた男がミカの体に手をかけようとして、かがんだその瞬間。

 不意にその口から絶叫が放たれた。


「なっ……!」

「え? おっ、おい……」


 二人の仲間が男のほうへ視線を向ける。

 男は苦痛の呻き声を上げて、自らの左の太ももを押さえている。押さえた手の隙間から、赤黒い血が溢れ流れ出した。


「その人から離れろ」


 低く鋭い声を鞭を振るうように叩きつけられて、三人の男は顔を上げる。

 石壁にもたれかかるように倒れていたミカも、釣られてそちらに顔を向けた。

 ミカと男たちの視線の先には、銃口を向けた人影が立っている。


「トビィ……」


 ミカは我知らず、その影の名前を呟く。

 ひるんでいた男たちは、声の主が年若い娘だと気付くと、すぐに威勢を取り戻した。


「何だ、てめえは!」


 男の一人がドスの効いた声を上げる。

 その瞬間、トビィの手の中にある短く切り詰められた蒼い銃身から、再び魔法によって成形された青白い光が放たれた。


「ぐええっ!」


 男は動物が踏みつぶされた時のような奇怪な叫びをあげ、焼けつくような痛みが広がる肩を押さえた。

 他の二人の男は、反射的に仲間のほうへ視線を走らせる。

 トビィはその一瞬を逃さなかった。間合いを一気に詰め、いまだ無傷の三人目の男に駆け寄る。

 まだ状況が把握できず身構えることのできない男の懐に飛び込むと、抜いた剣で男の首の皮一枚を切り裂いた。

 赤い鮮血が飛び散り、男は悲鳴をあげる。


「て、てめえっ」


 足を撃ち抜かれた男は、太ももの銃痕を押さえたまま凄む。

 トビィはそちらを一瞥いちべつすると、血が溢れる男の足を容赦のない力で蹴り飛ばした。傷口を痛打され、男は激痛を訴える叫び声をあげ、地面に膝をつく。

 うずくまって痛みに呻く男の頭に、深みを帯びた蒼色の銃口をピタリと当てられた。

 反射的に顔を上げた男の顔を、トビィは無感動な眼差しで貫いた。

 

「今から十数える。数えるうちに仲間が消えなければ、お前の頭を撃つ」

「なっ……」


 男たちが息を飲む中、トビィは無表情のまま唇を動かし始めた。


「一」

「て、てめっ、こんなことをして、ただで済むと……」

「二」

「お! 俺たちには仲間がいる! そいつらが……だ、黙っちゃいねえぞ……」

「三」


 銃口を向けられた男の言葉は、トビィの淡々とした声にかき消された。

 銃を当てられた男の体が、小刻みに震え出す。仲間の男たちも口を開閉させるだけで、そこから意味のある言葉を吐き出すことは出来なかった。


「……六」


 男は狼狽したように瞳を見開き、吠えるように叫んだ。


「わ、わかった……。わかった! わかったよ! 消える、消える!……今すぐ消える、から!」

「七」

「お、お前ら、早く行け、早く!……早くしろ!」


 男が悲鳴のような金切り声を上げると、仲間である二人の男は気圧されたように慌てて路地の奥に向かって走り出した。

 男はトビィに血走った眼差しを向けて、訴える。


「ほ、ほら、もういなくなった、いなくなっただろ! なあ……なあ! おい! いなくっ……いなくなったから!」

「……十」

「や、やめっ……やっ、やめ……やめろおおっ!」


 男は恐怖に泡を吹きながら、くびり殺される寸前の手負いの獣のような絶叫を放った。

 その瞬間、男に向けられた銃身から蒼い光が放たれる。

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