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第21話 俺といると楽しいんだろ?

 思い切ったようにミカが口火を切ろうとした瞬間、広間の灯りが絞られ辺りが暗くなった。

 ゆったりした音楽がいったん止まり、静けさのあと注目を集めるように高く奏でられる。

 我知らず視線をそちらへ向けたトビィの前で、舞台の幕が上がった。

 音楽が終わりシンと静まり返った舞台の中に、騎士の出立ちをした男が現れる。男は剣を掲げ、悪い魔術師に囚われた王女を救いに行く決意を朗々とした声で歌い上げる。

 騎士は魔術師を打ち倒し無事に王女を救い出すが、身分違いの二人は一緒になることは出来ない。

 それは最初から、わかっている。

 それでも騎士は命がけで王女を救おうとする。

 俳優たちの歌声が素晴らしかったためか、トビィは目の前で繰り広げられる物語に、驚くほど入りこんでいた。

 舞台の騎士が唄う、国や役目を超えてその人自身を守りたいと思う気持ち、心が焼かれるように誰かを求め焦がれる思いを抱いたことはない。

 幼いころから主君であるルウェルに対して持っていた憧憬の気持が、それにあたるのだろうか。

 だから舞台の上で王女を求める騎士の気持ちがわかる、わかる以上にまるで騎士が自分であるかのように思うのだろうか。

 そんな思いを抱いてはいけない。

 二人の恋はかなってはいけない。

 そう思う気持ちと、国も忠義も捨てて、二人の恋がかなって欲しいと願う気持ち。

 その二つの気持ちの間で心を激しく揺さぶられ、トビィは魅せられたように舞台を見つめ続けた。


 その時、ふと。

 舞台とは別の場所から、強い威圧的な空気を感じ、トビィは顔を上げる。

 広間を挟んで反対側の桟敷に見える、黒い人影がこちらを見ているのを感じた。

 舞台にいる人間以外は判別がつかず、黒い塊のようにしか見えない中でも、その人影が誰なのか、すぐにわかった。

 あの男だ。

 入口にところでミカに声をかけ、衆人の注視の中でなぶり者にした男。

 ベレス侯ザファル・サイード。


 瞬間、体内に黒い炎のような怒りと憎悪がたぎるのを感じる。

 トビィはギリっと唇を噛み締める。


 渡さない。


 心の奥底で、黒い炎に身を焦がした誰かがそう呟く。

 暗い思いに燃えたその声が自分のものなのかどうかわからない。

 わからないまま、トビィはその声に身をゆだね続ける。


 あの人のことは……私が守る。



13.


「お前、やけに熱心に舞台を観ていたな」


 声をかけられて、トビィは顔を上げた。

 長椅子の隣りには、ミカが座っている。

 外出用の黒いコートを脱ぎ、気怠けに椅子にもたれかかる姿は、人を夜の雰囲気の中に誘い込む魔性のような退廃的な魅力があった。

 シャツの隙間からのぞく白い首筋から、トビィは慌てて眼をそらす。


 舞台が終わったあと、二人は再び馬車に乗り込んだ。

 ひとしきり街を巡って買い物や観光をしたあと、今は洒落た料理店の海辺に設けられた席に座っている。

 砂浜につながるテラスに設けられた席からは、月明かりに照らされた穏やかな海が見えた。

 使用人たちが卓を片付け、二人分の飲み物を置いて立ち去った時、不意にミカが口を開いた。


「トビィ、今日一日、出かけて……どうだった?」

「楽しかったよ」


 自分の心の中にある思いを素直にそう吐露する。

 ミカの秀麗な横顔がわずかに赤く染まった。


「そうか、楽しかったか。だよな、こんだけ色々やってやったんだから」

「うん、ありがとう」


 ミカは思い惑うように砂浜や卓の上、足もとに視線を走らせる。

 沈黙のあと、唐突に口を開いた。


「夜の海っていいよな」


 トビィが顔を上げると、ミカは顔を前に向ける。


「勘違いするなよ、お前と二人だからいいとか、そういうわけじゃないからな」

「そうだよね」


 トビィは何の気なしに素直に頷く。

 瞬間、ミカが勢いよく振り向いた。


「お前、さっき俺と二人で楽しかったって言ったじゃねーか」

「え?」

()()()俺と二人で出かけて楽しかったんだろ? そう言ったよな?」

「う、うん、そっか。そう……そうだよね、ごめん」


 ミカが膨れっ面をしているのを見て、トビィは慌てて謝る。

「ミカと二人で出かけられてとても嬉しかった。今まででこんなに楽しかったことはない」と言うと、ミカはようやく機嫌を直した。


「素直じゃないな、お前は」


 ともすれば表情が笑みで崩れそうになるのを何とかこらえながら、「仕方ない奴だ」と言いたげにミカは肩をすくめる。


「ちゃんと言わねえと伝わらねえぞ。お前が俺といて……すっげえ楽しくてしょうがねえってのがな」


 満面の笑みを浮かべながらミカが口を閉ざす。

 何事かを待つかのように明後日の方向を向きながら、時折チラチラとトビィの顔を見、小さく咳払いをする。

 トビィがただ目をしばたかせて一向に口を開かないと見ると、幸福そうに紅潮していたその顔がみるみるうちに陰っていく。

 トビィは慌てて言った。


「凄く楽しかったよ。劇場でお芝居を観たのは初めてだし、いま食べたご飯も美味しかった」

「……本当か?」

「うん、ありがとう」


 トビィがそう言うと、ミカはようやく安心し満足した顔になり、得意気に胸をそらした。


「こんなのどうってことねえよ。お前がまた出かけたいって言うなら、今度はもっと凄いところに連れていってやるよ」


 ミカはそこで言葉を区切り、チラリとトビィの顔を見て呟いた。


「お前、俺といると楽しいんだな?」


 トビィは頷く。

 ミカは一瞬黙ったあと、自分にとっては特に興味はないことだが気付いたからとりあえず口にする、と言いたげな素っ気ない口調で言った。


「じゃあ、これからも一瞬にいれば良くね? お前がいつも俺といたい、そうしたい、って言うなら……そうしてやってもいいぞ」


 ミカがそう言った瞬間、トビィの脳裏に劇場での出来事が思い浮かんだ。

 ミカを捕らえ、今にも連れ去ろうとするザファルの姿を思い出す。

 顔を赤くして何事かを待つようにジッとしているミカに向かって、トビィは言った。

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