第20話 私のために用意してくれた。
「お前な、少しは乗れよ」
ミカは不機嫌そうに言うと卓の上に置かれた菓子を鷲掴みし、行儀悪く口の中に押し込む。
「お前が素でいると……まるで……俺がお前に言っているみてえじゃねえか」
ミカはチラリとトビィの横顔に視線を向けたが、すぐにまた視線を他の方向へ向ける。
それから声を張り上げた。
「ったく、これだから田舎者はよ。遊び方っつうものをてんで知らねえんだからな」
起き上がったトビィは、ミカから少し距離を取った場所で俯いて小さく呟く。
「ごめん……」
トビィの反応が予想外だったのか、ミカは一瞬虚を突かれた顔をする。
それから狼狽して言った。
「……い、いや、その……べ、別に構わねえけどな。お前が野暮天だってことはわかっているし」
それでもトビィが顔を上げないので、あちこちに視線を彷徨わせたあげく、どこか別の場所にいる人間に言うような口調で付け加える。
「……クソ真面目なのは、どっちかっつうとお前のいいとこじゃねえ? 俺も段々慣れてきたし。お前といるのも悪くねえっていうか、これはこれで面白いっつうかさ。まっ、まっ、だから今日だって日頃の礼をしようって思ったんだしな」
トビィは顔を上げる。
ミカは頑なにトビィのほうを向こうとしないまま、早口でまくし立てる。
「タダ働きさせんのも気持ちわりいから、今日は駄賃代わりに奢ってやろうと思ってさ。お前、ここに来てからほとんど遊んでねえだろ? せっかくエリュアにいるのに」
トビィは自分がまとっている美しいドレスを見てから、豪奢な桟敷の内部、その下に見える劇場のホールを見渡す。
「これ、私のために用意してくれたの?」
トビィが尋ねた瞬間、ミカの秀麗な顔は薄暗い桟敷の中でもそれとわかるほど真っ赤になった。
「お前は何も知らないから、たまにはちょっといい目を見させてやろうって思っただけだ」
胸の奥底から温かいものがこみ上げてきて、トビィは思わず言葉を詰まらせる。
赤くなったことを誤魔化すように不機嫌そうな顔つきをしているミカに向かって、トビィは呟く。
「ミカ、ありがとう。凄く嬉しい」
「べ、別に、そんな大したことじゃねえよ」
ミカはそう言い、卓の上に置かれていた彩の美しい菓子を勢いよくトビィのほうへ押しやった。
「これ、果実を蜜で固めて凍らせているんだ。暑い夏の夜なんかでも、こいつを食うとすぐに体が冷めるんだぜ」
トビィは勧められるままに、菓子をひとつつまんで口に含む。
口の中に冷たさと甘さが同時に広がる。
「美味しい」
「だろ?」
トビィの呟きに、ミカは得意げに身を乗り出す。
心底嬉しそうなあけっぴろげの笑顔を向けられて、トビィの心臓は大きく高鳴る。
ミカはすっかり気を良くして、部屋の入口に控えていた世話係の男を呼び、飲み物や菓子、軽食をあれやこれやと注文する。
卓の上は瞬く間に、色とりどりの飲み物や菓子でいっぱいになっていく。
トビィが生まれ育ったルグヴィアでは、食事は「飲んで食べるだけのもの」だ。食事の豪勢さは、いかに多くの種類の食べ物を多量に用意できるかで測られる。
エリュアの食文化は、ルグヴィアとはまったく違う。
味と同じくらい組み合わせや見た目、飾り付けが重視される。「食事は舌だけではなく目で味わうもの」であり、「量が多ければ多いほどいい」などという考えは、無粋と敬遠される。
誇るだけあって、エリュアの食事は味も見た目も食べ方もルグヴィアはおろか、大陸のどの地域よりも種類が多く遥かに洗練されていた。
目を丸くしているトビィを見て、ミカは得意そうな顔になる。
「ほら、これ旨いぞ。カリカリに焼いたパンにチーズをのせて食うんだ。こっちはパイ生地に飴蜜を詰めてあるんだよ。色によって味が違うだろ? こっちは水あめの中に果物を詰め込んでる。割ってやるから食ってみろよ」
ミカは次から次へと菓子を取り、飲み物をつぎ、まめまめしくトビィの給仕を務める。
トビィが菓子を食べ、驚きや感嘆の声を上げる様子をひどく満足そうに見守る。
「お前、よく食うよな」
「そうかな?」
トビィが手を止めようとするのを見て、ミカは言った。
「いいんじゃね? 食いたきゃ食えば。俺、お前が食っているのを見るの、けっこう好きだぞ」
ミカは自分は飲み物を口にするだけで、後はトビィが食べる姿を一瞬も目を離すことなく見つめ続ける。
まるで普段はわざと素っ気なかったり天邪鬼に振る舞うことを強いられており、今この瞬間だけはトビィを心のままに見ることを許されているかのようだった。
本当に、ミカが献身的な愛情を密かに自分に捧げていると錯覚してしまいそうだ。
心にそんな考えが浮かび、トビィは慌てて頭を振る。
自分は主君から命じられた任務を果たすために、ここにいるのだ。
それを忘れて、浮かれてはならない。
それに……。
トビィは内心で顔を赤くする。
ミカは自分にただ感謝しているにすぎない。それなのに、それ以上の何かがあると思うなど……思い上がりもいいところだ。
ミカにとって自分は、ただ押し付けられたありがた迷惑な護衛に過ぎない。
トビィはそう自分に言い聞かせる。
トビィのことをジッと見つめながら、ミカは何度か口を開こうとする。
「トビィ、お前さ……」
「なに?」
トビィが手を止めて、顔を上げると、ミカは慌てたように顔を横に向けた。
「……もし」
「うん?」
「もしだぞ? ……俺が」




