第2話 ミカの「お礼」
「お付きの人たちを呼んで、この人を引き取ってもらわないと」
「転がしておいていいんじゃねえの? 当分起きねえだろ」
面倒臭げなミカの言葉に、トビィは答える。
「駄目だよ、ちゃんとしないと何を言われるかわからないし」
「けっ、面倒なことしやがって」
ミカは大の字になっている男を見下ろして舌打ちする。
「じゃ、よろしく頼むわ。俺は部屋に戻って着替えねえと。ああっクソ、化粧落とすの面倒くせえ」
ミカは崩れた黒髪をかきあげた。装いが乱れているその姿は、人の目を否が応にも惹き付ける。
知らず知らずにその様に見とれていたトビィは、我に返ると視線を無理やり引き剥がし、部屋を後にした。
2.
「月晶宮」は建物の半分は南国風の水上邸宅になっており、もう半分は東方風の座敷になっている。
ミカの住居は東方風のしつらえになっており、入口で外履きを脱いで一段高い室内に入る。部屋では、柔らかな床材の上に敷物を何層も敷いて座ったり、寝椅子を置いて、そこに座ったり寝そべったりしてくつろぐ。
トビィが部屋に戻ると、ミカは食事が並んだ卓を前に置き、寝椅子に寝そべり、酒を飲んでいた。
羽織った単衣を帯で乱雑にまとめ、その下に下帯だけをつけた姿でいる。
気候が温暖なエリュアでは、室内で肌を露出した格好でいるのはごく普通のことだ。
トビィが生まれ育ったルグヴィアの士族階級とは文化も習慣も違う。その場所にはその場所の風土に合った考え方や生活のしかたがある。
そう頭ではわかっていても、目のやり場に困り、つい視線をそらしてしまう。
「ルグヴィアの銃剣士サマって、みんなお前みたいに初心なの?」
ミカは最初はそう呆れていたが、最近はトビィが決まり悪そうな顔をするのを面白がっているフシがある。
今もトビィの困惑など気にとめることなく、単衣がずり落ちた片方の肩をむき出しにしたまま、クッションに背中を預けている。
「あのお貴族さまには、無事にお引き取り願えたのか」
大して興味のない様子で、ミカは問う。
寝椅子の反対側の端に座り、トビィはうなずいた。
「お付きの人も『またか』っていう感じだったよ。このことは外には言わないで欲しいって頼まれちゃった」
「贔屓筋からの紹介だから受けたのに。一回で終わらせりゃあ良かったな」
ミカは手の中で酒杯をもてあそびながら、形のいい眉をしかめる。
「シギの奴は? 何か言っていたか?」
「シギさんは出かけているみたい」
トビィの言葉にミカは舌打ちする。
「どこ行ってんだよ。肝心な時に使えねえな」
「明日、また行ってみるよ」
トビィは慌てて言った。
シギは「月晶宮」の持ち主である商人から、館内の差配を任されている男だ。
建物や金銭の管理、娼妓たちの世話、客の調整、後援者との付き合い、使用人たちの指図、すべての世話役である。
元々は東方世界から流れてきた男だが、商売の腕を買われ、館の支配人にまでなった。
食事が終わり膳を片付けさせると、ミカは背もたれに頭を預けて、だらしなく寝そべった。
庶民が聞けば目の玉が飛び出るような高価な敷物に皺がよるが、気にする様子もない。
「今夜は暇になっちまったな」
そう呟いたミカの足の先には、トビィがちょこんと座っている。目のやり場に困っているように、あちこちに視線を彷徨わせる。
トビィの顔が赤く染まっていることに気付いて、ミカは呆れて言った。
「真っ裸でいるわけじゃねえんだから、いい加減慣れろよ」
トビィはぎこちなく目をそらしながら言う。
「そ、その、ここにはここの風習があるし……ミカは女の子みたいに可愛くて綺麗だけど、私は一応、女だし……ミカはお、男の子だし……その……」
「ああ?」
うつむいているトビィの姿を、ミカは胡乱そうに眺める。
めんどくせえな、と呟きかけて、ミカはふと口を閉ざした。白い肌の中で鮮やかさが際立つ紅い唇に薄い笑みを浮かべる。
体を起こすと、トビィのほうへ近寄り顔を覗き込んだ。
「お前、もしかして意識してんの? 俺のこと」
「そ、そりゃあ……」
「へえ?」
息もかかるほど顔を近づけられ、トビィはたまらず目をつぶる。
「ミ、ミ……ミカ、ちかっ……近い」
ミカは気にすることなく、伸び上がるようにして赤く染まったトビィの首筋に唇をつける。
「ひっ……ひゃっ! ふっ!」
敏感な部分を軽く吸われ、トビィは思わず目を開け声を上げた。
ミカはニッと唇を笑みで型どると、両手をついてトビィのほうへにじり寄る。
「そう言やあ、お前にさっきの礼をしていなかったな」
「れ、礼?」
トビィの顔を覗き込んだ瞬間、ミカの胸元がはだけ、滑らかな白い肌が露になった。
いつもは冷たく冴えた肌は、今は熱を帯びて淡く色づいたおり、呼吸のたびに震える様がひどく艶めかしい。
食事の前に香を焚きしめた蒸気風呂に入ったため、黒い髪はしっとりと水気を帯び、仄かな甘い薫りが鼻孔をくすぐった。
「ミ、ミカ……」
ミカの金褐色の瞳に呪縛されたように、トビィは体を硬直させる。
ミカは真っ赤になったトビィの頬に唇を寄せ、軽く触れさせる。
「礼すっからさ、これからも頼むぜ、トビィ」
「れ、礼って、そんな……」
いいよ、と言いかけたトビィの口は、次の瞬間、しっとりと濡れた柔らかいもので塞がれた。
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第三話以降も、順次投稿予定です。
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