第13話 夢のような場所。
支配人は、精緻なレリーフが彫りこまれた白い両開きの扉の前に二人を案内した。
扉の両脇には店のお仕着せを着た使用人が一人ずつ控えており、支配人の姿を見ると扉の前に進み、同時に扉を開く。
支配人は立ち止まることはおろか、歩みの速さを調整することもなく、自分が来た瞬間に扉が自動で開いたかのように、そのまま部屋に入る。
続いてミカとトビィが部屋の中に入ると、扉はゆっくりと閉じた。
部屋に入ったトビィは、驚きの余り、口を開いた。
部屋の中は貴族の女性が茶会やサロンなど、私的な集まりを開く部屋を模して作られていた。
これ見よがしな高級さではなく、一見質素にさえ見える品のいい一点物の調度によって、室内全体の雰囲気が調和するように整えられている。
壁際には揃いの服を着た侍女たちが、貴人を迎える姿勢で並んでいた。
他国から、華やかな文化とは縁遠い田舎と見られているルグヴィアでは、公家の城館ですら見ることができない光景だ。
夢の中にいるようなふわふわとした足取りでいるトビィをミカはさりげない動きで誘導し、工芸品のように美しい造りの長椅子に腰かけさせた。
トビィが座るとその隣りに腰を下ろす。
侍女がやって来て、二人の前に跪いて飲み物と菓子を置き、一礼して下がった。
「す、すごい……」
トビィは我知らずゴクリと唾を呑み込む。
「王宮みたい」
大陸の中心に位置する王都には、トビィは未だに行ったことがない。
きっとルグヴィア公宮の何倍も立派な場所なのだろう。そう思っていた。
ミカはトビィの様子を横目でちらちらと見ながら、気取った仕草で肩をすくめる。
「そりゃここだって大したもんだが、エリュアで一番の金持ちのベレス侯の城館なんて、もっと凄いぜ」
「ミカさまも意地の悪い。ベレス侯爵さまと比べられるなど。あのお方は、国をひとつ買えるのではないかと言われるほど、財をなしているかたですからな。張り合うつもりなど毛頭ございません」
言葉とは裏腹に、支配人の言葉には喜びと誇らしさが滲んでいる。
ミカと支配人の会話がひと段落ついたその時、侍女の間から一人の女性が進み出てきた。
年齢は三十前後ほどだろうか。肩を辺りまでの長さの黒に近いこげ茶色の髪をふんわりとふくらませており、体の線が浮き出るような小袖の上に光の加減で光彩を放つ長衣をまとっている。
肩と鎖骨が出るような着こなしをしているが、だらしなさも不自然さもない。むしろ女性の体形や姿勢の美しさをより際立たせた。
女性は支配人が退いた位置に立つと、微笑みを浮かべ丁寧に辞儀をする。
「ミカさま、ご無沙汰しております」
「久しぶりだな、サルディナ」
「今朝、ミカさまがいらっしゃるというご連絡をいただいて、それは楽しみにしておりましたのよ」
「それなんだけどな」
ミカは隣りに坐るトビィを一瞥してから、またサルディナのほうへ視線を戻した。
「今日は、こいつに服を選んでやって欲しいんだよ。髪とか装飾品とか小物とか……全部な」
サルディナはわずかに意外そうな顔つきになった。だがそれも一瞬で、すぐに笑顔を浮かべる。
「かしこまりました。どのようにいたしましょう。ご希望はございますか?」
「え? いえ、別に」
にこやかに聞かれてトビィは慌てる。
ミカが立ち上がってサルディナの下へ行き、小声で何事か話しかけた。
話が進むにつれてサルディナは目を軽く見開き、何度かトビィのほうへ視線を向けた。話が終わるとその顔は、先ほどまでとはまた違う、心の底から気持ちが高揚しているような……もっと言うならひどくはりきっている顔つきになった。
「承りました」
サルディナは力強い自信に満ちた顔つきで、ミカに向かって礼をする。ミカは微かに目元を赤らめてそっぽを向いた。
サルディナは笑顔のまま、トビィのほうを向いた。




