きんたま
チンパンジー舎を見ていると、俺の視線に気づいた一頭がこちらへ歩いてきた。
「ホホホ? ホウ?」
話しかけてくれているようだが、チンパンジー語が分からないのでどう答えればいいか分からない。
「ギャチ。」
次の瞬間、金玉を掴まれた。
そのチンパンジーは、愛嬌などは微塵も感じさせない、光の無い黒い目で俺を見ていた。
檻の隙間から伸びる異常に長い毛むくじゃらの腕。油断をしていたわけではなかったが、この長さが誤算だった。
声にならない声が喉の奥で震える。
園内のスピーカーからは軽快な音楽が延々と流れており、すぐ後ろからはガキンチョ数人の笑い声が聞こえる。
一歩でも動けば破裂する。そんな恐怖に全身を支配されていた。係員を呼ぶことも出来ない。声を出してチンパンジーを刺激するわけにはいかないからだ。何か策を考えねば⋯⋯
もにゅり。
妙に人間じみたその指が、俺の焦りを見透かしたように、嘲笑うかのようにゆっくりと動いた。
背中、後頭部、尻の全てに一気に汗が滲む。
「た、助け⋯⋯」
かすれた声は風に流され、誰にも届くことなく消え失せる。
もぎゅり!
「痛い! やめ⋯⋯」
俺の悲鳴を聞いたチンパンジーはニヤリと口角を上げ、嬉しそうに再度もぎゅった。
「痛い! いたっ⋯⋯」
「イタイ、イタイ⋯⋯」
チンパンジーは俺の真似をしながら、何度も何度も金玉を握った。
次第に異変に気づいた客とスタッフが集まってきたがどうすることも出来ず、ただ大勢の前で金玉を揉まれて涙を流す成人男性が誕生してしまった。
「頼むよ、なんでもするから、離してくれよ⋯⋯」
小声でそう言うと、チンパンジーはひとつ頷き、俺の金玉を握り潰した。




