表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の忘れた恋を、僕は何度でも思い出す  作者: 雨香


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/8

ep5 もう一人の俺

夜のキャンパスは、静まり返っていた。

風の音すら止んでいる。

まるで時間そのものが、息を潜めているようだった。


遥はひとり、理学部棟の廊下を歩いていた。

窓の外には満月。

その光だけが、冷たく床を照らしている。


昨日、鏡の中で見た“自分”。

——笑っていた。

だが、それは確かに**自分ではない**何かだった。


「……あれは、夢じゃない。」


そう呟いたとき、研究室のドアが軋む音を立てて開いた。

中から、懐かしい声がした。


「よう。だいぶ時間、かかったな。」


部屋の奥、古いモニターの光に照らされて立つ男——

それは、遥自身だった。

顔も声も、すべて同じ。

けれどその瞳だけが、異様に冷たい。


「……誰だ、お前」

「誰だと思う?」

「……俺、か?」

「そう。“君が最初に真理を失ったときの俺”。」


遙は息を呑んだ。

相手は静かに笑う。

「驚くことない。俺たちは同じ“輪”の中にいる。違うのは、君がまだ希望を捨ててないってことだ。」


――――――――


二人の“遥”は向かい合った。

机の上には、古びたパソコンと一冊のノート。

ページには、無数のループの記録が書き込まれていた。


「……これ、全部俺が書いたのか?」

「“俺たち”が、だ。」

「じゃあ、なぜ俺は覚えてない?」

「覚えていられるように作られてない。君は、“救う側”としてリセットされるから。」


「救う側……?」

「そう。俺たちはこのループの管理者みたいなもんだ。

真理を救うたびに、世界は再構築される。だが、その代償として——彼女は君を忘れる。」


遥は目を見開いた。

心臓の奥に、冷たい鉄の棒を突き立てられたようだった。

「なんでだよ……そんな理不尽が、あるかよ!」

「理不尽じゃない。**選んだのは君だ。**」


もう一人の遥が、ゆっくりと近づく。

「最初のループで、真理が死んだとき、君は“彼女を何度でも救いたい”と願った。

だから、世界はその願いを叶えた。

——でも、彼女の魂は、一度死んでる。

“生き返る”ためには、誰かの記憶を代償にしなきゃならなかった。」


遥の足がすくむ。

「まさか……俺の、記憶が?」

「そうだ。

君が真理を救うたび、彼女の中から“君”が消える。

その空いた場所に、世界は別の記憶を流し込む。紘一との時間とか、違う恋とか。

それが、このループの“補正”だ。」


静寂が落ちた。

どちらの心臓の音か分からない鼓動が、重なって響く。

もう一人の遥が言った。


「君はこのループを壊そうとしてる。でも、壊せば真理は完全に消える。

続ければ、真理は生きるが、君を永遠に忘れる。」


「……どっちを選べって言うんだよ」

「選ぶしかないさ。

“愛されないまま、生かす”か、

“愛されたまま、殺す”か。」


その言葉が、心臓を締め付ける。


――――――――


夜明け前。

研究棟を出た遥は、ふらふらと歩いていた。

東の空が薄く明るくなり始めている。

ポケットの中のスマホが震えた。

画面に浮かぶ名前——〈藤原真理〉


『ねえ、遥。変なこと言うけど、

今日、会える? なんか、君にすごく伝えたいことがあるの。』


指先が震えた。

まだ、彼女は自分を覚えている。

ほんの少しだけ、繋がっている。


遥は空を見上げた。

朝焼けが、まるで“世界の再起動”みたいに美しかった。


「真理……俺は、どっちを選べばいいんだよ。」


その呟きに、誰も答えなかった。

ただ、風が通り過ぎる。

それがまるで、「まだ終わらない」と囁いているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ