表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の忘れた恋を、僕は何度でも思い出す  作者: 雨香


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/8

ep4 他の誰かを選んだ君へ

朝の3に続き、もう1作品投稿しました

朝の光がまぶしいのに、どこか寒かった。

目を開けると、また同じ日付——6月21日。


「……戻ったのか」


真理を失ったあと、世界は何度もリセットされる。

それでも、もう何度目の“今日”なのか、遥には分からなかった。

ノートの余白には、震える字でこう書かれている。


> 「彼女を救うためなら、どんな方法でも構わない。」


そう書いたのは、いつの自分だったのか。

もう思い出せない。


――――――――


昼休み、学食の喧騒の中。

真理は、片瀬紘一と楽しそうに笑っていた。

いつもなら、遥の隣にいるはずの席。

そこに、彼女はいない。


「……紘一か」


彼は遥の親友で、気さくで明るい。

けれど今、笑うその姿がやけに遠く見えた。

真理が笑うたび、胸の奥が小さく軋む。


「おー、遥! 一緒に食うか?」

紘一が手を振る。真理も微笑んでいる。

その笑顔が、まるで何も知らない子供のように無垢で残酷だった。


「……悪い、用事あるから」


そう言って遥は立ち去った。

背中に残る笑い声が、やけに痛かった。


――――――――


夕方。

中庭のベンチ。

風が少し冷たくなってきて、真理の髪が揺れる。

隣にいるのは、紘一だった。


「なんかさ、最近、変な夢見るんだよね」

真理が呟く。

「夢?」と紘一が聞く。

「うん。誰かが、私の名前を呼ぶの。“真理、思い出して”って」

「……誰だろうな、それ」

「分かんない。でも、すごく悲しい声なの。聞くたびに、胸が痛くなる」


紘一は優しく微笑んだ。

「そういう夢って、疲れてる時によく見るんだよ」

「そうかなぁ」

「もし、嫌な夢見たら、俺に話して。……きっと楽になるから」


その言葉に、真理は少し照れたように笑った。

——その笑顔を、遥は遠くから見ていた。

声をかけることができなかった。


――――――――


夜。

大学の屋上。

風の音と、街の光。

遥はひとり、フェンスに手をかけていた。


「どうして……」


呟きが夜に溶ける。

何度も繰り返してきた。

救うはずの彼女が、少しずつ自分から離れていく。

まるで、“真理の心”が彼を避けるように。


ポケットの中で、スマホが震えた。

通知:〈藤原真理〉

——一瞬、心臓が跳ねる。

開くと、そこにあったのはたった一行のメッセージ。


> 「ごめん、今日は紘一くんと帰るね。」


指が止まる。

画面の光が、やけに白く冷たかった。

“彼女を救う”という言葉が、どこか遠くに霞んでいく。

自分は本当に、彼女を救いたかったのか。

それとも、自分の存在を確かめたかっただけなのか。


――――――――


数日後。

講義のあと、真理が遥の前に立った。


「ねえ、望月くん」

“くん”と呼ばれるたびに、胸が痛む。

「この前、ノート見たよ。あれ……誰の話?」

「……どのノート?」

「“君が忘れた恋を、僕は何度でも思い出す”ってやつ」

「……ただの物語だよ」

「そうなんだ」

真理は少し寂しそうに笑った。

「その“僕”が、少し可哀想だね。だって、忘れられても、また思い出そうとしちゃうんでしょ? そんなの、きっと苦しいよ」


「苦しくても……忘れられたくないんだよ」

遥は、言葉を絞り出す。

「たとえもう、好きじゃなくても」


真理は、何か言いかけてやめた。

風が吹いて、彼女の髪が頬をかすめる。

その距離が、永遠みたいに遠く感じた。


――――――――


夜。

遥は再びノートを開く。

ページの隅に、新しい文字が浮かんでいた。


> 『彼女は選んだ。

> 君ではなく、“安らぎ”を。』


「……安らぎ?」


ペンを持つ手が震える。

その瞬間、頭の中に誰かの声が響いた。


——“まだ分からないのか。君は彼女の記憶を歪めている。

君が望むたび、世界は書き換えられる。”


遥は顔を上げた。

鏡の中に、もうひとりの自分が立っていた。

微笑みながら、ゆっくりと口を開く。


「やっと会えたね。……“もう一人の俺”。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ