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最初の仕事

 彼の顔を覗き込むようにして、私はなお言った。


「一度見させてもらえませんか、あなたたちのお仕事。見ることもせず断るなんてしたくないんです。私は浄化以外何も出来ないから役に立たないだろうし、足手まといだと思いますが」


「足手まといだなんて思わないよ」


 黒崎さんが私の言葉にかぶせるようにして言った。その目には戸惑いが見える。私を巻き込まないようにと考える、彼の優しさなんだろうと思った。


 少しして、ずっと黙っていた片瀬さんが言う。


「柊一、ここまで井上さんが言ってくれてるんだ。次の仕事に同行してもらってはどうだろう? 俺たちが彼女のことは守ってあげればいい」


 今度は私に向かって言う。


「勇気のある提案、ありがとうございます。一度俺たちの仕事を見てもらえますか。今まで携わっていなかったあなたにとっては怖いでしょうが、危害が及ばないように全力で守ります」


「……はい、どうぞよろしくお願いします」


 私が頭を下げると、片瀬さんが優しく笑った。彼は彼で、笑うと一気に優しさが増して雰囲気が柔らかくなる。二人とも、笑顔の威力がすごい。


 黒崎さんは目の前のオレンジジュースを飲んで、少し困ったようにして言った。


「もう、変わってる子だなあ。自ら怖い思いをしに行くなんて。後悔しても知らないよ」


「今すでに不安はありますけど、母も昔やっていたそうだし、なんとかなるかなあって。基本楽観的なんです」


「はは、いいことだね」


 黒崎さんは少しだけ笑ったあと、テーブルに頬杖をつき、私に微笑みかけた。


「では、その強い意思に身を任せてみようと思います。ありがと」


「い、いえ、まだお試しですし」


「約束して。僕と暁人からは絶対に離れないって。君に危害が及ばないように、全身全霊頑張るよ」


 ゆっくりとした口調でそう言われたので、どきりとしてしまった。あふれ出る色気がすごい、私こんな人と行動を共にして心臓は大丈夫なのだろうか。幽霊よりそっちが心配になってきた。


 とりあえず赤くなった顔を隠すように頭を下げる。


「よろしくお願いします……」


 片瀬さんが慌てたように言う。


「頭を下げるのはこちらです! 井上さん、無理だと思ったらすぐに言ってくれていいので、本当に」


「はい、やっぱり難しそうだなと思ったら、片瀬さんか黒崎さんにちゃんと言いますね」


 私がそういうと、黒崎さんがオレンジジュースを飲みながら言った。


「柊一と暁人だよ。名前で呼んでよ、遥さん」


 そんなことを言うもんだから、心で叫ぶ。顔がいいくせに距離感もバグってるし可愛いいんだよこの野郎! 


 とりあえずお試しということにしてしまったけれど、色々な面で大丈夫なんだろうか。未知の世界に行く不安と、こんな二人に囲まれて行動する緊張が相まっている。


 だが私の様子には気付かない柊一さんが、考えるようにして発言した。


「一番近い仕事だとー……今夜なんだよね。遥さん、いける?」


「今夜ですか!?」


 予想外の言葉にひっくり返った声を出してしまった。まさか今日、早速仕事があるなんて思っていなかった。まだ心の準備が出来ていないので、焦ってしまう。そんな私を見て、暁人さんが言った。


「柊一、さすがに今日すぐは急すぎて可哀そうだろ。もう少し先がいいんじゃないか」


 暁人さんが心配そうに言ってくれる。ああ、しっかり者で気配りも出来る大人の人、って感じだ。柊一さんとはだいぶタイプが違う男性だと思う。


 柊一さんはポリポリと頬を掻きながら言う。


「そっか、まだ早いか。緊張する期間が長いと可哀そうだから、早く終わらしちゃえって思ったんだけど」


 それを聞いてなるほど、柊一さんは柊一さんなりに気をつかってくれたということが分かった。確かに、『〇日後に幽霊見に行きます!』って言われたら、当日までドキドキしちゃうよなあ。


 いっそ今日すべて終わらせた方がすっきりするのかもしれない。女は度胸、だ。


 私は決心して一度紅茶を飲むと、二人に言った。


「分かりました! 柊一さんの言うことも一理あるので、今日このまま行っちゃおうと思います。返事は早い方がいいですよね。行きましょう、今夜!」


 それを聞いて、暁人さんは驚き、柊一さんはにっこり笑った。

 

「度胸があるね。じゃあ夕飯食べていかない? お腹いっぱいになってから行こうよ、まだ外も少し明るいしね。メニュー見せて~……ううん、僕こういうおしゃれすぎるご飯って好きじゃないんだよね。しょうがないかあ、ハンバーグセットにしよう」


 のほほんと一人で夕飯を決めだしている。そんなマイペースな彼をおいて、暁人さんが心配そうに言ってきた。


「本当に大丈夫ですか? 無理なさらないで下さい、女性を遅くまで連れまわすのもどうかと思いますし。でももちろん、早く終わらせたい気持ちも分かりますが」


「暁人さんは凄く気づかいの人ですね……! 大丈夫、だと思います。一人じゃないですから」


「分かりました。では、柊一の言うように腹ごしらえをしてから行きましょう。さ、食べたいものどうぞ」


 にこやかに暁人さんがメニューを手渡してくれる。ああ、なんていうんだっけこういう人……そう、包容力がある感じ。優しくて頼れる男性で、うっとりしてしまう。柊一さんの綺麗さは群を抜いているけれど、暁人さんだって普通にかっこいいしなあ。タイプが真逆の二人だ。


 いや、改めてこんな人たちと行動を共にするって、信じられない。


 違った意味で緊張してきた自分は、とりあえず柊一さんと同じハンバーグを選び、三人で少し早めのディナーを取ることになった。三人でゆっくり会話をしながら、和やかに食事会は進んでいった。


 ちなみに、柊一さんは食べる姿も美しかったが、セットについていたライスを『おにぎりにしてもらませんか』と店員に注文しようとして暁人さんに止められていた。






 ゆっくりとデザートまで堪能し、ちゃっかりおごってもらった後、私たちは暁人さんが運転する車に乗り込んだ。


 時刻はいつの間にか19時になっていた。食事をしながらお互いを知るために会話を重ねていたので、あっという間に時間は過ぎていた。


 話によると、二人は私より一つ年上の二十六歳ということだった。どうやら幼馴染らしく、かなり古い付き合いだそう。確かに息がぴったりだもんなあ、と感心した。


 二人組で除霊を仕事にしているそうだが、依頼はひっきりなしに来ると言っていた。柊一さんがあのアパートに帰らない日が多いのは、調査で泊まり込みをしているからだそうだ。あとは、一人暮らしをしている暁人さんの元に泊まり込むことも多いらしい。


 以前見かけた時、足を引きずっていたのは、やはり悪霊を食べた直後だったという。そこまで強くない悪霊だったから意識もあり、一人で帰宅出来たものの、体が思うように動かず、足を引きずって帰宅したんだとか。私はちょうどそのシーンを目撃していたのだ。


 聞けば聞くほど特殊な人たちだ。今まで普通の世界でしか生きてこなかった自分が聞くには、あまりに刺激が強すぎる。




「でも、今日は泊まり込みこみはしないから安心してね」


 隣で柊一さんが言った。


 車を走らせること三十分と少し。穏やかな雑談をしながら、本日の行き先について聞いていた。先ほど柊一さんが『調査で泊まり込みになることもある』と言っていたので、もし今日もそうなればさすがに準備がないと焦っていたのだが、彼はあっさり否定した。


 私は聞き返す。


「今日はないんですか?」


「うん、だって場所が泊まり込める場所じゃないもん」


「どこに向かってるんですか?」


 私が尋ねると、バックミラー越しに暁人さんがこちらを見た。そして答える。


「廃ホテルです」


「廃ホテル……」


 聞いた途端、やはり今日は見送った方がよかったんじゃないか、と後悔した。廃業したホテルや病院などは、心霊スポットとして真っ先に思い浮かぶ場所である。曰くがある場所という覚悟はしていたものの、まさか廃墟にいくとは。


 顔を青くしてしまった私に気付き、暁人さんがハンドルを操作しながら言う。


「やはり初めての場所としては刺激が強いのでは。すみません、初めに言っておけばよかったかも」


「い、いえ……大丈夫です」


 もうそこに向かっているのだから、今更引き下がれまい。私は無理矢理笑って見せた。


 暁人さんが続ける。


「ただ、場所は雰囲気がありますが、今日は悪霊がいない可能性も高いんです」


「と、いいますと?」


「依頼主はテレビ局です。心霊スポットとして地元では有名な場所ですが、あくまで噂。そこに企画として芸能人が入るそうなんです」


「ああ、よくある心霊番組ですね」


 寒くなってきた今は季節外れともいえる心霊番組。主に夏に放送されることが多い。内容としては、心霊写真の特集をしたりだとか、曰くのある人形を紹介するだとか、あとは幽霊が出ると噂される場所に芸能人が調査に行く。私もよく家で見ては、ゾクゾクわくわくしたものだ。

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