終わり
「柊一さん?」
震える声で呼びかける。その途端、今さっきまで感じていた空気感がふっと消えた。ゆっくり振り返った柊一さんは、さみし気に、でも普段通り綺麗な顔で力なく微笑んだ。
「うん、大丈夫。ごめんね」
何が大丈夫で、何がごめんねなのかも分からなかった。でも安心すると同時に、彼の腕を離してはいけない気がして、私はそのまま柊一さんの腕を握り続けた。離してしまっては、何か大変なことが起こる気がする。
離れた場所にいる暁人さんがほっとしたように表情を緩める。そして、話を切り上げるようにして周りの人々に言い捨てた。
「あなたたちの要望には応えられません。三石さんに真相は全て伝えます。これからどういう動きになるのかは全て三石さんたちに決めてもらいます」
決定事項だと言わんばかりのその言い方に、さすがに誰も言い返さなかった。絶望を覚えたように洟をすする音がしたが、泣きたいのは三石さんたちだろうと思う。
暁人さんがこちらに歩み寄り、私たちに声を掛けた。
「家に入ろう、まだやることは残ってる」
暁人さんの呼びかけに、柊一さんは黙って頷いた。そしてそのまま私たちは、多くの目に見送られながら、家へと戻った。
部屋に戻ると、柊一さんはぐったりとしたまま布団に転がり、丸まって寝てしまった。私は暁人さんに訊こうと思ったが、何が訊きたいのかもよくわからず黙っていた。それに、暁人さんからもあまり訊かれたくない雰囲気を感じたのだ。
朝になったら三石さんに説明しましょう、という暁人さんの言葉に頷き、私は自分の布団に入って横になった。
でも全く眠れなかった。この家を囲む悪意の人々が恐ろしかった。まるで誰かにじっと監視されている気がして仕方ない。
結局朝方まで起きていたので、ほぼ眠ることが出来なかった私は、眠い目をこすりながら起きた。暁人さんと柊一さんはすでに起きていて、朝食の時に三石さんに説明することを聞かされた。その時は、柊一さんもいつも通りの様子でほっと胸を撫でおろした。
「嘘……ですよね?」
弥生さんが青ざめた顔で言った。
「私たちが住む前に近所の人が入りこんで、霊を集めるような仕掛けをしていた? だから、うちの家にばかり霊が集まっていた。そういうことですか?」
「ええ」
「あんな……いい人そうなのに?」
三石さんが慌てた様子で弥生さんの背中を摩る。一番心配していたのはこれだ。あとは子供を産んでこの家でゆっくり育てていくつもりの弥生さんには、辛すぎる真実。
暁人さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「黙っていた方がいいのかもしれない、とは思いました。依頼は除霊なのですし、そのほかの情報収集については予想外の事ですから……でも、これからも暮らしていく家のことを、何も知らずに出産されるのはどうなんだ、と思って、正直に話しました」
柊一さんも頭を下げたので、私も続く。そのまましばらく沈黙が流れたが、両手で顔を覆ったまま弥生さんが答えた。
「いえ……あなた方は何も悪くないです。おっしゃる通り、真実を知らずにいる方が後々ずっと困ったでしょう。取り乱してすみません……」
黙っていた三石さんが、怒りのこもった声で私たちに訊いた。
「それで……今は結局、霊はこの土地にある四軒の家全てに出没するようになった、ということですか」
暁人さんが頷いた。
「その通りです。この家の屋根裏にあったものを撤去してしまったので、霊がこの家に惹かれることはなくなったということです。それぞれ結界は張っていますが、素人が張った気休め程度のもの。昨晩悲鳴が上がったのは、それを破って霊が現れた証拠です。霊たちは嫌な物になりかけてますが、きちんと向き合ってあげられれば除霊は出来ます」
死因もとても可哀そうなものだし、悪霊に近づいてはいるものの今のところ人間に攻撃的ではないようなので、食べるのはなしということになった。今回は柊一さんではなく暁人さんの出番ということになる。
亡くなった原因も分かったし、この家でだけ出没する理由も判明したので、あとは霊たちを眠らせるだけだ。恐らく少し大変だけど、暁人さんなら間違いなく除霊は成功すると、柊一さんは断言していた。
だが、三石さんは真剣な表情で止めた。
「除霊は少し待って頂けますか」
「え?」
驚く私たちに、彼は弥生さんの肩に手を置いたまま続ける。
「こんなことがあった手前、この家に住み続けること自体考え直さなくてはならないと思って……今すぐに除霊をしていただく必要はないかもしれない」
厳しい表情をしてそう言った三石さんの顔を見て、言いたいことがなんとなくわかった。
もし三石さんたちがこの家を売って引っ越しするとして、今除霊をしてしまえば、あんなことをやった他の家たちだけ平和が訪れることになる。除霊の費用も三石さんたちが負担しているのに、それでは納得がいかないと思ったのだろう。
この家を出なくては行けなくなった理由は、周りに住む悪魔のせいなのだから。
ただ怪奇現象が起きていたというだけだったら、私たちを呼んで除霊をし、そのまま穏やかに暮らせていけただろうに。
近所に住む人間が不法侵入をして陥れようとしてきただなんて、許せという方が無理だ。
暁人さんが静かに頷いた。
「分かりました……一旦この問題は置いておきましょう」
「勿論、今回調査して下さったことに対して費用はお支払いします」
「ありがとうございます。そう言って頂けるとありがたいです」
「またこちらから連絡します。今はとりあえずこれで終了という形でよろしいですか」
私たちは頷くほかない。ゆっくり立ち上がり、荷物をまとめるために二階へあがろうとして、ぐったりしている弥生さんを振り返った。
いてもたってもいられず、彼女に声を掛ける。
「弥生さん。ショックだったでしょうが、とにかくお腹の子と弥生さんにとって一番いい方法だけを考えてください。大丈夫、ご主人はこんなに優しくて二人の味方なんですから」
気休めな言葉だと分かっていたが、黙っていられなかった。彼女は顔を上げて、力なく微笑んでくれた。痛々しい姿に胸を締め付けらる思いだ。出産を控えているってだけで不安が大きいだろうに、こんなことになったんじゃあな……。
でも、もう私たちに出来ることはない。
そう思い、私は柊一さんたちを追うように二階へ上がった。




