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本当の恐怖

 私はぎゅっと握りこぶしを作った。そこにいる人たちを睨みつけ、低い声を出す。


「買った家で怪奇現象が起こることについては深く同情します……でも、他の家に忍び込んで細工までして押し付けるなんて、良心は働かなかったんですか? それをひたすら隠して。弥生さんは霊に驚いて失神したこともあるんですよ。お腹も大きいのに! 何かあったらどうするつもりだったんですか!」


 私の怒りに対して、袴田さんが鼻で笑いながら言い返す。


「無関係の人はいいですねえ、綺麗ごとが言えて! 実際自分の立場になったらどうなるでしょう? 私たちだけで除霊料金を払って、あとから入った人は支払わずに済むってことにもなるんですよ。不公平でしょうが!」


「だからと言って、こんなやり方しますか!? みんなで協力して陥れてるようなもんじゃないですか!」


「私たちは自分を守っただけですよ、何が悪いんですか! 三石さんがあなたたちを呼んだのは、緊張もあったけどほっともしたんですよ。あの天井裏の仕掛けに気付かず、除霊だけしてくれれば、みんな平和でいられたのに……」


 悔しそうに指の爪を噛んだ姿を見て、私はなお怒りに震えた。


「ああ、そうですねえ。そしたら料金は三石さんたちだけで支払うことになるから、あなたたちは痛くもかゆくもないですもんね! そんなことして恥ずかしくないんですか? もっと他に解決策はあったでしょう!」


「そもそも除霊でお金をぼったくるあんたたちみたいなやつらが悪いんでしょう! 私たちに探りを入れていたのも、どうせお金を巻き上げられると思ってたんでしょ!」


 カッとなってさらに言い返そうとした時、すっと暁人さんが私を制した。そして、冷たい声で淡々と言う。


「あなた方、馬鹿ですか?」


 普段、礼儀正しく優しい彼が発した言葉とは思えず、驚いて暁人さんを見てしまう。怒りに燃えた彼の顔は、初めて見るものだった。


「莫大な料金を請求された後、他の除霊師にも見てもらいましたか?」


「え? そ、それは……」


 口籠る袴田さんに、今度は柊一さんから低い声が出る。これがまた、普段のフワフワした柊一さんから発せられたとは思えない、怒りの声だ。


「除霊師にもいろんな人がいるんだよ。まさかたった一人の話を鵜呑みにしてこんな強行に出たわけじゃないよね? 僕たちはそこまでの高額を要求しない。たまたま詐欺まがいのへたくそな除霊師を呼んだんじゃない? ここの霊は確かに数はいるしそこそこ強いけど、そんなに大変な相手じゃないからね」


 みんなが驚いたように目を見開いた。私も一緒になって二人を眺めてしまう。結局のところ、除霊料金がいくらするのか具体的な話を聞いたことはなかった。私は時給でそこそこいいお金を頂いているし、安くはないとは思う。


 でもきっと、三家で割って支払いが苦しい、となるぐらいの料金には程遠いのだろう。そりゃそうだよね、そんな高額料金を請求していては、支払えなくなる人がたくさん出てきてしまう。


 暁人さんが睨みつけながら言う。


「足元を見られたんでしょうね。まあ詐欺まがいの除霊師に当たったことは不運だったと思いますが、たった一人の意見を鵜呑みにして、他の家に押し付けようなんて案を出す人間には同情できませんね。下調べ不足ですよ」


「それに分かってる? 当時は三石さんたちは越してきてなかったとはいえ、建築会社が所有している家なんだから、立派な不法侵入なわけ」


 そう言って、柊一さんはにやりと笑うと、ポケットからスマホを取り出した。ボイスレコーダーが作動しているのを見た人々は、小さな悲鳴のようなものを上げた。今までの会話はしっかり録音済み、というわけだ。勝手に家に忍び込んだという自白が入っている。


 男性陣がスマホを奪おうと柊一さんに襲い掛かるが、彼はひょいと軽く交わし、暁人さんにスマホを投げ、私を背中で庇うように立った。暁人さんは上手くキャッチすると、冷静に言う。


「回収した鏡や水などは、そのまま置いてあります。警察には届けますから、調べたら誰が侵入したのか分かるのは時間の問題だと思いますよ」


 しん、と沈黙が流れた。それぞれ青ざめた顔で小さく震えている。


 そんな様子を見て、私は小さくため息をついた。


 三石さんの家にしか現れない怪奇現象の原因が、こんなことだったなんて。まだ事の真相すべてを三石さんに話していないけれど、これはどう説明すればいいんだろう。特に弥生さん、お腹が大きいのに、こんなショックを受ける話を聞くなんて……。


 少し沈黙が流れた後、誰かの震える声がした。


「そ、そうですか……じゃあ、いくら払えば黙っていて頂けるんですか?」


 ぎょっとした。もはや正気を失ったかのような人々が、暁人さんに群がる。


「子供がいるんです、警察になんて届けられたら困ります」


「うちもですよ。若くて子供もいないあなた方には分からないかもしれないが」


「私たちだってやりたくてやったわけじゃないんですよ」


「そうです、俺たちも被害者なんです」


「あなたたちが黙っていてくれればみんな幸せになれますよ」


「三石さんたちもすべてを知るのが幸せとは限らない」


「お金が欲しいんでしょう、みんなで頑張って払いますから、除霊だけして帰ってもらえませんか」


「どうかお願いします」


「どうか」


「どうか」


 ぞろぞろと暁人さんに群がり、抑揚のない声で言いつつ頭を下げる人々を見て、得体のしれぬ恐怖を感じた。心臓が冷えていくような、そんな感覚に陥る。正直、霊と遭遇した時よりずっと恐ろしいと思った。


 結局反省なんてしてないんだ。何事もなかったように三石さんの家を囲んで暮らしていくつもりでいる。自分たちは悪くない、私たちもお金が欲しくてこんなことをしてるんだと思い込んでる。


 その恐ろしさについ後ずさりした。


 暁人さんも戸惑ったように言う。


「正気ですか? ここまで来てまだ隠そうと?」


「そんなにおおごとじゃないですよ」


「誰も住んでない家にちょっと入って色々置かせてもらっただけ」


「私たちが何もしなくても、あの土地には幽霊がいたんだから、どのみち三石さんたちは怪奇現象に悩んでたんですよ」


「そう、結果は何も変わらないんですよ」


 淡々とみんな口を揃えてそう言った。反省の気持ちがこれっぽっちもないということに、ああもう何を言っても無駄なんだと悟った。


 するとその時、暁人さんがハッとした顔でこちらを見た。私ではなく、前に立ってる柊一さんのことを見ている。私もつられて柊一さんを見ると、その後姿から何かを感じた。


 何だろう、この不穏な空気は。彼の背中からゆらゆらと何かが出てくる気がした。それはあの廃ホテルで見た、悪霊を食べる時のオーラに似ていた。でも、ここに悪霊はいない。


 禍々しい空気感に、自分の息が一瞬止まった。


 暁人さんが愕然とした顔になる。


「柊一!」


 そう叫んだと同時に、私は反射的に柊一さんの腕を両手でつかんだ。寒くなってきているとはいえ、驚くほど冷たい感触がした。なぜ彼の腕をつかんだのかは分からない。ただ、無性にそうしたくなっただけだ。


 見えない彼の顔は、今一体どんな表情をしているの。

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