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入らないで

 今回も空振りのようだ。


 話も終盤に差し掛かったとき、


「あ、こちらミカンどうぞ」


 暁人さんが思い出したように持っていたミカンを袴田さんに差し出した、そのときだ。


「あれ、クロ!?」


 袴田さんの背後を見て突然、そんな素っ頓狂な声を上げたのだ。袴田さんが驚いて固まる。


 暁人さんは袴田さんに口を挟ませないように早口で説明した。


「僕たちの家から連れてきた猫なんです! お宅に入り込んでませんか? すぐに逃げ出してちょっとした隙間から入り込んでしまうので……! クロ!」


 迫真の演技だった。私はただその場で黙って成り行きを見守るしかない。


 どうやら、袴田さんの家に猫が入り込んだ、という設定で、家の中に入る作戦らしかった。強引に行く、というのはこういうことだったのかと今更知る。確かに凄いやり方だ、私には到底真似できない。まず演技は向いていないと思うし。


 恐らく家の中に少しでも入れば、暁人さんと柊一さんなら中に霊がいるかどうか感じ取れる。そのためにこんな作戦を持ち出したのだろう。


 暁人さんが素早く動き、袴田さんの隣をすり抜けて家に足を踏み入れようとした。すると、


「入らないで!!」


 暁人さんの体を思い切り掴み、袴田さんは金切り声を上げて止めた。周辺に響き渡るぐらいの大声で、さっきまでと別人のような声だった。


 予想外のことに私たちはぽかんとした。暁人さんも、体ごと袴田さんに止められ、結局家に入る直前で動けなくなってしまっている。彼女は血走った目で再度言った。


「中には入らないで!!」


 その剣幕に、ただ呆然とした。


 勝手に家に足を踏み入れようとしたこっちが悪いのは間違いない。とはいえ、ご近所の人が猫を探しているというときに、ここまで怒鳴って中に入るのを止めるだろうか。しかも、このスピード感。私ならぽかんとして何も出来ないと思う。よっぽど中に何か見られたくない物でもあるのだろうか。


 普通じゃないように見えた。少なくとも私には。


 少し沈黙が流れた後、袴田さんが焦ったように言う。


「私が中を見てきます、こちらでお待ちください」


「え、あ……玄関先で声を掛けさせてもらえませんか? クロは僕が呼ぶと必ず来るので」


「いいえ、見てくるから大丈夫です」


 ぴしゃりと言い放つと、暁人さんを押しのけて玄関の扉を閉めてしまった。ご丁寧に、ガチャっと鍵まで閉められた音がした。


 残された私たちは、ただ無言で顔を見合わせた。柊一さんが言う。


「ええと……勝手に入ろうとした僕たちが悪いのは前提なんだけど、それにしてもな反応だと思わない……?」


「同感だ。凄い力だったぞあれ。女性とは思えなかった」


 暁人さんが肩を摩りながら言う。確かに、暁人さんって身長も高いしがっしりしてるのに、それを止めた袴田さんのパワーって凄かったのだと思う。弥生さんが心配そうに眉尻を下げる。


「何かよっぽど見られたくなかったんでしょうか……」


 柊一さんが息を吐いた。


「あの様子だとそう疑ってしまいますね。ほんの少しでも家に入られればよかったんですけど、失敗してしまいました」


「入って何をするおつもりだったんですか?」


「僕らはそれなりに霊を感じ取れるので、中に何かがいるかどうかわかるかと思いまして。それと……三石さんのお宅では、霊がいるのとはまた違った、不思議な空気感を感じるんです。あれが同じかどうか、というのも気になってまして」


「そうなんですか……私は全然気づかなかった」


 弥生さんが呟いた直後、玄関の扉がゆっくり開いた。すると、扉は全開にならず少しだけ開いたところで止まる。そこからにゅうっと袴田さんが顔だけを出し、長い髪を垂らしながら私たちに声を掛けた。異様すぎるその光景に、私はつい後ずさりをしてしまったぐらいだ。


「何もいませんでした」


「あ、あれ、そうですか、見間違いかなあ……」


 暁人さんが頭を掻きながら誤魔化すが、袴田さんはにこりとも返さない。


「そうだと思います。家にいるのではないですか? では」


「あ! ミカンを……」


「うちの家、みんなミカンが嫌いなんです。お気持ちだけで」


 短くそう言った袴田さんは、挨拶もなしに扉を閉めた。ガチャンと音がして、また中から鍵を掛けられたというのが分かった。


 差し出したミカンの行き場はなくなり、暁人さんは困ったように腕を下ろす。


 私たちは全員、無言で顔を見合わせた。この短時間で起こったことに理解が追い付かず、誰も言葉を発せなかった。しばらくして、暁人さんが小さく言う。


「とりあえず……帰りましょう。弥生さん、お腹も大きいのにすみません」


「い、いえ……」


 その言葉を合図に、とぼとぼと家に戻っていく。私は隣の暁人さんに小声で尋ねる。


「あの様子、普通じゃなかったですよね? びっくりしちゃいました、はじめは普通に話してたじゃないですか」


「家に入ろうとした途端豹変したように見えましたね……何か家に入られたくない理由があったんでしょう」


 柊一さんも会話に入ってくる。


「すごい剣幕だったからねえ。人の死体でも隠してるのかなあ」


「し、死体!?」


「あーごめん冗談冗談。でも、それぐらい必死だったのは確かだってこと」


 ぞわぞわと得体のしれない恐ろしさが襲ってくる。幽霊を見た時とはまた違った恐怖だ。死体は確かに想像が行き過ぎていると思うけど、世の中にはそうして家に隠してる殺人犯は数多くいるので、ニュースで見たりもする。


 怖がってしまった私をフォローするように暁人さんが柊一さんに怒った。


「だから怖がらせるようなことを言うなって。大丈夫ですよ、玄関に近づいたけど異臭はしませんでしたしね」


「そ、そうですよね」


「それにしても、この作戦で中を見ようとしたというのに失敗してしまいました。朝日野さんの家は『新婚が家探ししている』という設定にしてしまったので訪問するのは無理ですね。となると、リンゴのお返しとして松本家に行ってみるしかないでしょう。弥生さんに言ってみます」


 暁人さんはすぐに弥生さんに相談し、そのまま松本家に行くことが決定した。ところが、お隣の松本さんはインターホンを鳴らしても出てこなかったのだ。休日なので出かけているのかもしれない。


 結局、買ったミカンは役に立つことはなかった。私たちは困り果てながら一旦三石家に戻り、ミカンを自分たちで食べることになってしまった。


 例の子供部屋に三人丸くなって座り込み、ミカンの皮を剥きながら話し合う。ミカンの皮を剥くだけと言っても、柊一さんは適当に剥いてすぐに口に入れるけれど、暁人さんは白い筋を丁寧にとったりして、性格が出るもんだなあと感心してしまった。


「さて……結局分からないことだらけだ」


 柊一さんがもぐもぐと食べながら言った。暁人さんも同意する。


「霊たちは悪霊化しかけているというなら、早いとこ何とかしたいとこだな。弥生さんも妊娠中だしなおさらそうだ。とはいえ、食べるのはいい方法じゃない。俺の除霊で何とかなるかどうか……なにせ数もそれなりにいる」


 私は気になったので口を挟んで質問した。


「数が多いと除霊はやっぱり大変ですか?」


「そうですね。とても力が強い除霊師なら一発で除霊できるかもしれませんが、あいにく僕はそこまで強くないので。時間がかかったり、労力がかかったりもします。何より、これだけ長い年月成仏できなかった霊たちを除霊するには霊のことをしっかり理解しないと難しいですね。今回の件は不思議なことがたくさんあるので……まあ一旦除霊を試してみるのも手ですが、成功するとも限らない。悪霊になりかけているならなおさら」


「ほう……」


 確かに何十年も同じ土地に残るくらいの霊たち、そう簡単に除霊とはいかないか。私はミカンを食べながら納得する。


 柊一さんが言う。


「んー困ったねー。むやみに食べるのもやりたくないからね。そうだとしても、七人食べるのは僕の体力的にも辛いなあ」


「そ、そうですよ! 七人も食べるなんて無茶です!」


「手詰まりだなあ」


 柊一さんはごろりと寝そべってしまった。こんな時まで自由な人だな、と呆れつつ、これぐらいマイペースな人がいた方が空気が和むなとも思った。


 私はなんとなく立ち上がり、窓に近づいて外を眺める。夜中はここから大勢の人影が見えたが、今はただの静かな道路だけが見えた。ここから見れる景色は静かな住宅地で、まさか多くの霊が棲みついているだなんて想像も出来ない。


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