理由を作る
朝が来る。
寝不足の体を何とか起こして支度すると、三石さんが簡単な朝食を準備してくれていたので、ありがたく頂いた。昨日倒れてしまったことで、弥生さんが特に心配してくれていたが、何とか笑顔を返しておいた。
夜中に人影を見てしまったことは、まだ伏せている。もう少し分かったことが増えたら、報告しようと暁人さんに提案され、私も柊一さんも同意したからだ。
朝食を取り終え、再び三人で部屋に戻った直後、柊一さんと暁人さんは話し出した。
「やっぱり、残る袴田さんの家に探りを入れに行こう」
通る声で暁人さんが言った。私と柊一さんは頷く。
「朝日野家と松本家には何も起こってないようだけど、もしかしたら袴田家は違うかもしれない。そしたら、この家との共通点が見つかる可能性もある。霊たちへの対応を考える上で、疑問点はなしにしておきたい」
「賛成だね」
「でも、どうやって探るんでしょうか……? 昨日松本さんはたまたま来てくれたけど、こっちから出向くってことですよね?」
私が不思議に思い尋ねるも、二人は特に困ってる様子はなかった。涼しい表情をして暁人さんが言う。
「そうです。不自然にならない理由を作りましょう。とりあえず、必要な物を購入してきます」
「必要なもの?」
「暁人、いってらっしゃーい」
二人は何も言わなくても通じ合っているらしい。さすが息がぴったりと言える。私はただついていくしか出来ないので、黙って事の成り行きを見守ることにした。
なんとなく肩を回して体を伸ばす私に、柊一さんが言う。
「体痛い? あんまりいい布団じゃないからね。ごめんね」
「い、いえ全然大丈夫です!」
「さて、袴田家にも話を聞いてみて、もしそこも何も起こってないようだったら、確実に三石さんたちに何か原因があるんだと思う。霊が好んで集まっているとしたら、その理由を知っておくと除霊するときもやりやすくなることもあるし、重要な情報だと思うんだ」
「なるほど……」
「でも全然予想がつかないんだよなあ……こんなパターン初めて」
困ったように言った柊一さんに、私はふと疑問を投げかけた。
「今まで、一体いくつぐらいの事件と向き合ってきたんですか?」
「さあねえ……多すぎて忘れちゃったよ。社会に出てからすぐ暁人と始めたんだ」
「長いんですね。暁人さんとは幼馴染、って言ってましたよね?」
「そうだね、幼馴染というか家族というか、そんな感じ」
どこか含みのある言い方だったが、これ以上追及しない方がいい気がして黙った。柊一さんと暁人さんって、掴めないというか、ちょっとミステリアスなところがある。二人とも凄くいい人でかっこいいのに、こんな変わった仕事もしてるし、なぞは多い。
「暁人さんはどんな子供だったんですか?」
話題を変えるために、明るくそう聞いてみた。柊一さんは少し笑う。
「今と変わんないよ。世話焼きで口うるさくて、姑みたい」
「あは、姑!」
「子供のころからそうだったよ。まあ、僕が周りとかなり違って変わった人間だったから、暁人を世話焼きにさせた原因かもしれない」
今も柊一さんは、起きるのが苦手だったり天然だったり、あまり生活力が高いようには見えない。ただ、彼の言い方はただ生活力の低さだけではないように聞こえた。
私はつい、訊いてしまう。
「変わってたんですか? 柊一さん、ちょっとは変わってると思いますけど、優しくていい人じゃないですか」
「はは」
小さく笑った。私から目をそらし、窓の外を眺める。
「全然優しくないしいい人じゃないよ。遥さんからそう見えるってことは、遥さんが優しくていい人だからだよ。僕の苦痛を和らげるために、こんな仕事を引き受けてくれたんだから」
その言い方は、どこか切ない。
普段の明るくて天然な柊一さんとはどこか違う気がした。ああ、壁を感じる。彼らには、私には到底言えない苦悩がありそうだと感じた。そう感じたのは初めてのことではない。知り合って間もないのだから当然と言えば当然なのだが、どこか寂しく思う自分がいた。
「そ、それはほら、謝礼に惹かれたって」
「はは。それもあると思うけどねー。でも、いくらお金がもらえるって言っても、普通断るとこんな仕事。特に……僕が食べるシーンを見た後なら」
廃ホテルで見たシーンを思い出す。柊一さんが霊を食べる様子は、確かにどこかおぞましくて動けなくなったぐらいだった。震えて言葉も出なかったので、戸惑わなかったと言えばうそになる。
でも、私はきっぱり言った。
「言ったはずですよ。ちょっとは怖かったけど、あんなふうに出来る柊一さんを凄いと尊敬したんです。柊一さん本人は凄く苦しいから心配でもありますけど……誰かが怖いとか言ったんですか? だとしたら気にしなくていいです。人の感じ方なんてそれぞれです。ほら、私はバッタが怖いと思うんですけど、友達は可愛いって言うんですよ。そういうことです」
良いことを言ったかもしれない、と自画自賛しながら堂々と言うと、柊一さんが噴出して笑った。大きな笑い声が閑散とした部屋に響く。
「ここでバッタが出てくるなんて、面白いなあ!」
「え、そ、そうですか? いい例えかと思ったんですけど……上手く言えなくてすみません」
「ううん、凄く嬉しいよ。遥さんみたいな人は確かにいる。希少だけどね。昔、君みたいな人と会ったことがあるよ。その人がいなければ、僕は歪んだままだったし、暁人と共に路頭に迷ったままだった……この仕事を始めるきっかけになった人なんだよ」
「なるほど、そうやって紹介してくれた人がいるから、このお仕事を始めたんですね! 今その人はどうしてるんですか?」
私が尋ねると、ふと柊一さんの目に不思議な色が宿った。見ているこっちがどきりとしてしまう、それぐらい切ない色だった。
あ……聞いてはいけないことを聞いてしまったのかも。
瞬時にそう後悔したが、もう遅い。出してしまった言葉を引っ込めることも出来ず、ただ黙って沈黙を流した。
柊一さんが微笑む。
「今は全然会えないんだ。仕事で遠くに行っちゃって……連絡も取れない。会いたいんだけどね」
「あ、そうなんですか……」
「ほんと、会いたいんだけどね」
繰り返しそう言った言葉を聞いて、ああ彼にとって本当に大切な人なのだと痛感した。どんな人だったんですか、と聞こうとして、さすがにやめた。
私が踏み込んではいけないラインがあるーーそう自覚したから。
しばらくすると、手にミカンをたくさん持って帰宅した。私は驚いていたが、二人は当然のようにそれを手に持ち、袴田家に行く、と宣言した。そこでようやく、昨日の松本さんのようにおすそ分けという理由を作って訪問するのだ、と理解する。
そして弥生さんに声を掛け、少し付き合ってくれませんかとお願いしていた。彼女は承諾し、四人で袴田さんの家に行くことになる。全く知らない私たち三人だけで行くより、弥生さんの存在があった方が袴田さんの警戒心が薄れると思ったのだろう。
袴田家は、三石家の二軒隣にあるお宅で、朝日野さんの家の隣でもある。やはりどこか似たデザインのお家だ。
私たちはミカンを持ったまま並び、インターホンを押してみた。ピンポーンと高い音が機械越しに聞こえる。家の中からは人の気配を感じるので、誰かいるみたいだ。ドキドキしながら待っていると、隣に立っていた暁人さんがこっそりと私に耳打ちした。
「今回は少し強引に行きます」
「え……」
強引、という言葉に驚く前に、暁人さんの顔が近づいたことにより心臓がバクバク鳴ってしまったのは黙っておこう。それより、強引とはどういうことだろうか。
不思議に思ったが訊くより先に、機械越しに女性の声が聞こえてきた。
『はい』
暁人さんが爽やかな声で答える。
「おはようございます。三石です。少しだけお時間よろしいでしょうか?」
『あ……はい、少々お待ちください』
少しして顔を出したのは、四十代前半ぐらいの女性だった。胸元まである長めの黒髪を下ろし、どう見ても部屋着で立っていた。休日の朝なので、まだゆっくりしていたのかもしれない。
化粧も施していないようで、顔色が悪く見えた。
「おはようございます三石さん……そちらは?」
袴田さんが首を傾げて言った。すかさず柊一さんが答える。
「あ、僕たち弥生姉さんのいとこなんです! 県外に住んでるんですが、やっと新居にお邪魔しにこれまして。僕の父がみかんを生産してるんですが、たくさん持たされちゃって食べきれないので、ご近所の方におすそ分けに来たんです」
弥生さんのいとこ、という昨日も使った設定はいまだに生きているらしい。私はそうだそうだ、と言わんばかりに頷いていた。何も出来ないのでこれぐらいしか出番がない。弥生さんも話を合わせるように微笑んでいた。
袴田さんは微笑んで頭を下げた。
「そうだったんですか。わざわざすみません。どちらにお住まいなんですか?」
「隣の県なんですけどねー忙しくてなかなか来れなくて。静かでいい場所ですね」
「ええ、住みやすいとは思っています。少し田舎ですけど、でも車で少し行けばスーパーも薬局もありますしね」
袴田さんは優しくそう答えてくれる。柊一さんたちは相槌を打ちながら会話を続ける。
「弥生姉さんはいいところを見つけたなあ、って思ってたんですよ。お腹も大きいですし、静かで穏やかなところがいいですよね」
「ああ……そうね、お腹の子のためにもそうですね」
ふと、袴田さんの顔が少しひきつった気がしたが、柊一さんたちは気づいていないようだった。私の気のせいだろうか、困ったような顔に見えたのだが……。
更に、柊一さんは昨日も使った「オカルトライターのネタ探し』の設定で袴田さんに何かないか尋ねたが、やはり彼女は怪奇現象などまるでない、という反応だった。




