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なにしてるの?

 松本さんは感心したように頷いた。


「へえ、面白いお仕事でいらっしゃるんですね。そういった方はあまりお会いしたことないから……」


「でも、いいネタが最近あまりなくて。小さなことでもいいから、面白そうなことがあれば教えてください」


 柊一さんがにこりと笑いかける。なるほど、これでもし松本さんの家で何か怪奇現象が起きていて悩んでいたら、何かしら相談や探りがあるというわけか。


 松本さんの家にも何か起こっていたとすれば……。


「どうかしらあ、私はそういうの疎くって」


 彼女は腕を組んで困ったように笑った。そして、ずっと黙っていた弥生さんに話題を振る。


「この近くには心霊スポットだとか、そういう噂は聞いたことないですよね?」


「え、ええ……」


「ネタ探しに協力できなくてごめんなさい。何かあれば三石さんに伝えればいいかしら。そういうのとは無縁だと思うけど」


 笑顔で言ってくる松本さんは、明らかに怪奇現象に悩んでいる様子は見られなかった。もし、彼女が何かしら家で感じ取っていて怖がっていたら、もう少し柊一さんの話に食いついただろう。


 ということは、やはり三石家にのみ、霊は現れているということか。でもなぜだろう? 元々は一つだった土地を分けて住んでいるというのに。


「そうですか……不躾にすみませんでした。ありがとうございます」


「いいえ。じゃあ、私はこれで」


「松本さん、リンゴありがとうございます」


「いえいえ! お腹の子の分まで栄養取らないとね」


 松本さんは丁寧にお辞儀をすると、玄関から出て行ってしまった。扉が閉まった後、弥生さんがため息をつく。


「やはりうちの家だけみたいですね……」


 柊一さんが答える。


「そうなりますね。袴田さんの家はお話を聞けてませんが、松本家、朝日野家が何も見ていないのなら、袴田家もそうである可能性は高いかと。一度袴田さんにも話は聞いてみたいですがね」


 そう話している最中、リビングから三石さんが顔を覗かせる。


「大丈夫か? なんだった?」


「ああ、リンゴをおすそ分けして頂いたの。せっかくだから剥いて黒崎さんたちにも食べてもらいましょうか」


「そうしよう。俺が剥くよ」


「ありがとう。黒崎さんたちも、一度座って休んでください」


「ありがとうございます」


 弥生さんと柊一さんが廊下を抜けていく。私はそれを追おうとして、なんとなく振り返った。静かな玄関を見つめながら、今回の不思議な現象について考えを巡らせる。


 三石さんたちの家だけに霊が出没する理由は何だろうか。他の三軒にあって三石さんにはない物。いや、逆かもしれない。他の三軒になくて三石さんにあるもの、ということか。何名が亡くなったのか具体的な数は分かっていないが、それなりに多い人数がこぞってこの家に集まってくる理由とは。確か子供も老人もいたはず、年齢だって性別だってバラバラだ。


 家自体には問題はないだろう。同じ建築会社で同じ時期に建てられたものだ。使っている木材なども同じところから手配しただろうし、デザインだって似ている。そうなるとやはり、住んでいる人?


 考えても出てこない答えに首をひねりながら、私もリビングへ続こうと前を向いたときだ。


 自分の足元に、誰かが座っていた。


 丸まった小さな背中が見える。しゃがみこみ、膝の間に顔を埋めている。一目で、大人ではないと分かる体格だった。


 青いトレーナーを着ており、髪は短く切られている。細い首筋が見える。男の子だろうか? 顔が見えないので何ともいえない。


 その子はただ私の足のすぐ前でうずくまっている。


 周りは静寂に包まれていた。ほんの少し廊下を進めば、柊一さんたちがいるリビングがあるというのに、そんな感じはまるでない。家には人がいないかのように、静けさだけがある。


 私の口からはかすかな息だけが漏れた。突然現れた見知らぬ子供に、ただ呆然と立ち尽くす。頭の中で上手くこの存在を処理できていないのかもしない。


 間違いなく、生きている人間とは違う存在だ。自分の足にひんやりとした空気感が伝わってくる気がした。


 弥生さんも一度、子供の後ろ姿を見て失神したと言っていた。その子と同一人物なのだろうか? 全く動くことなく、私の足元でひっそりといるだけだ。後ろ姿だけ見たら、まるで生きている人間のよう。


 驚きと、もちろん恐怖心もあったが、相手が子供であること、そして火事で亡くなってしまったという事実を知っているため、可哀想と思う気持ちが大きく働いた。こんな小さな子が、火に包まれながら亡くなっただなんて。


「な、なにしてるの……?」


 つい、そう話しかけた。暁人さんたちは廃ホテルで出会った霊たちと会話をしていたし、もしかしたら私も出来るかもしれない。そう思ったのだ。もしかしたらこの子から、三石家に集まる理由が聞けるかもしれない。


「ここで何してるの……?」


 再度尋ねたが子供は何も反応がなく、全く動かない。柊一さんを呼んだ方がいい。でも呼んだらこの子が消えてしまう気がする。


 少し迷った挙句、そっとその背中に手を伸ばした。


 だが小さな背中に触れることはなかった。それより先に、突如自分を息苦しさが襲ったからだ。伸ばした手をすぐに引っ込め、自分の喉を押さえた。


 しまった、と思う。


 吸っても吸っても空気が体に入ってこないような感覚。同時に、喉が焼けるような熱さを覚える。痛くて、苦しくて、とにかく熱い。悲鳴を上げようとしてもそれすら出来なかった。恐怖心と焦りでパニックになり、そのまま膝を床についた。ひゅーひゅーとかすかな空気が漏れる音が、自分の口から漏れる。


 喉を両手で抑えながら悶えていると、ふとすぐ目の前にいた子供が初めて顔を上げた。ゆっくりとその顔がこちらを振り返った時、自分の恐怖は頂点に達した。


 顔は全て焼けただれており、元の顔の面影は全く感じられなかったのだ。


 赤黒く変色した皮膚は痛々しく、恐ろしかった。それでも泣き声一つ上げず、ただじっとしている子供の姿があまりに異様で、私は出せない悲鳴を上げた。


 声は出なかったはずなのに、リビングの扉が勢いよく開いた。そしてそこから、柊一さんの声が聞こえ、


「遥さん!」


 私の名を呼んだ。


 苦しさで涙を流しながらなんとか顔を上げると、彼は険しい顔でこちらに駆け寄ってくる。だがそれと同時に、そばにいた子供の姿がふっと消えてしまったのだ。


 すると私の息苦しさもパッと戻った。懸命に息を吸い呼吸を落ち着けるが、周辺に焦げたような匂いが残っている気がしてぞっとした。


 体が倒れ掛かったところで、柊一さんがそれを支えてくれる。


「大丈夫!?」


「あ……く、くるしか、た」


「とにかくゆっくり呼吸を繰り返して、落ち着いて。近くにいたのに気付くのが遅れてごめん。あれは間違いなく、あの火事で亡くなった子供だ」


「小さな、子でしたね……」


 柊一さんは眉を顰める。


「あまりよくないな。長くこの世に彷徨ってしまったから、ちょっと良くない物になりかけてる。悪霊、と呼ぶには微妙だけど、なりかかってる。早く何とかしたいものだね」


 一目であの子について分かったらしい。冷静な分析を聞きながら、私は驚いた。


「え、でもじゃあ」


「僕も小さな子を、しかもあんな形で亡くなった子を、食べたくなんてないよ」


 悲し気に言ったのを聞いて少し安心した。そうだよね、悪霊だからと言ってすぐに食べたりしない、相手によって対応を考える、って前も言っていたじゃないか。


 凄く辛くて、あんな思いを小さな体で味わったのかと思うと、あまりに辛い。その上食べられるなんてことになったら、悲しすぎる。


「遥さん大丈夫? リビングでちょっと横に」


 心配そうに私を覗き込む柊一さんの顔がぼんやり薄れる。自分の涙でそうなっているのかと思ったが、それだけではなく、私はそのまま意識を手放してしまったようだった。


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