松本家
二人で一階に降り、三石さんの正面に座り現在の調査報告をした。まず、この家が建つ前は駐車場があったが、それより前には放火事件があり、何人も命を落としていること。その後しばらくは『何かが見える』と噂される遊び場だったこと。
また、朝日野さんと会った時に、彼女から家について悩んでる様子が見られないということも話した。
三石さんたちの顔色はどんどん青ざめていく。
「そんな……放火事件があって、何人も犠牲に……?」
「知らなかった、まさかここでそんなことがあったなんて……」
特に弥生さんの表情がひどく強張っている。私が何か言おうとして、すぐに柊一さんがフォローに入った。
「お気持ちは分かります。戸惑うし気味が悪いと思うのは、普通の感覚です。でも、よく考えてください。この家自体は新しく建てられたもので、土地に問題があった。もっと調べておけば、という思いはあるかもしれませんが、歴史を遡って行けば誰も死んでいない土地なんてないと思うんです。それこそ、日本は戦争をしていた時代もありますし、過去に誰かがその土地で亡くなっていた、というのは珍しい話ではありません。まあ、今回は死因や人数がやや特殊だとは思いますが……ちゃんと対処して霊がいなくなれば、ここは住み心地のいい家に変われると僕は思います」
柊一さんの言葉に、二人の表情が少し和らいだ。私も心の中で納得する。確かに、どこの土地にも過去の死者はいるものだ。霊として残っているパターンは珍しいとは思うけど、過去のことを悔やむよりこれからのことを考える方がずっと大事だ。
私も後に続いた。
「柊一さんの言う通りだと思います。大丈夫です、柊一さんも暁人さんも凄いんですから! きっと居心地のいい家になって、新しい家族を迎えられますよ!」
「ええ……そうですね。今更後悔しても遅いですし、これからのことを考えないとですね。ありがとうございます」
弥生さんが小さく頭を下げたのを見て、柊一さんが話題を変えた。
「と、これが分かったことです。僕が気になっているのは、同じ土地に建った他の家には、怪奇現象が起きていないのではないか、という点です。お話した通り朝日野さんは、会話からはそういった恐怖を感じられませんでした。他の方々はどうですか?」
二人は顔を見合わせ首を傾げる。三石さんが答えた。
「そういったことは聞いたことがないですね。まあ、近所だからこそ言いにくい、というのはあると思いますが……うちも相談なんてしたことがないですし」
「まあそうですよね。ちなみに、この四軒の方々についてどのような人たちか、分かる範囲で伺ってもいいですか?」
「ええ。そんなに詳しくはないですがね」
二人は住民について簡単に教えてくれた。
【朝日野家】
・五十代ぐらいの夫婦二人暮らし。奥さんの夢だったマイホームを、夫側の母が亡くなったことで購入。子供はいるようだが同居はしていない
【松本家】
・四十歳ぐらいの夫婦と、今度中学生に上がる息子の三人暮らし。共働きで忙しそうなので、あまり会話はしたことがない。仕事は普通のサラリーマンらしい
【袴田家】
・四十歳ぐらいの夫婦と、小学生の女の子二人の四人暮らし。よく家族みんなで出かける様子を見かける微笑ましい家庭。
越してきて二か月ほどなので、近所について知っている情報はこんなものだろう。今は昔ほど近所づきあいはしなくなったというし、これでも十分だと思った。
柊一さんは貰った情報を聞いてじっと考え込む。私もこの三軒と三石さんの家について違いや共通点がないか考えてみたが、何も思い浮かばなかった。霊を引き寄せる、特別な何かがこの家にあったのかと思ったのだが……。
しばし沈黙が流れたところで柊一さんが口を開いたとき、家にインターホンの音が鳴り響いた。みんなで顔を上げてモニターの方を見る。弥生さんが反応した。
「あれ、松本さんだわ」
「松本さん?」
驚きの声を上げてしまった。朝日野さんとは反対側のお隣さんだ。このタイミングで松本さんが訪ねてくるとは、ラッキーだと思った。松本家でも何か変なことが起きていないか、話を聞けると思ったのだ。
とはいえ、どう話を聞き出すのがいいのだろうか。『あなたの家で怪奇現象起きてませんか』なんて話題を急に切り込むのは、あまりに不自然だし怪しすぎる。
「出てきます。何だろう、訪問なんて初めての事なんです。何かあったかな」
弥生さんはそのままリビングから出て行く。私は慌てて隣の柊一さんに尋ねた。
「話を聞くチャンスですね!? でもどうやって切り出しますか? 特に今は三石さんのお宅にいるから、さっきみたいな設定は不自然になります」
「まあ、なんとかなるさー」
ずっこけてしまいそうなほど気の抜けた返事があった。そして柊一さんはそのまま玄関へと向かって行ってしまうので、私は慌てて彼の背中を追った。
「ええ……立派な」
「うちは……で食べられなくて。よかったら」
「わあ、ありがとうございます」
玄関先では弥生さんが何やら話し込んでいる。彼女の奥に立っている女性の姿が見えた。黒髪を一つに縛り、たれ目をした柔らかな雰囲気を持つ女性で、真面目そうな印象だ。あれが松本さん家の奥さんらしい。
弥生さんは手にリンゴをいくつか持っていた。流れから見るに、おすそ分けで訪れたのだろう。
「こんにちは、ご近所の方ですか?」
私の少し前に立つ柊一さんが躊躇いなくそう声を掛けた。弥生さんも松本さんも、驚きの顔でこちらを見てくる。
「初めまして、僕たちは弥生姉さんのいとこなんです。ようやく新居にお邪魔できまして」
「あ、あらそうなんですか。初めまして、松本と申します」
「県外に住んでいるものですから中々新居に来れなかったんですけど、ようやく遊びに来れまして。ネタ探しもしつつ旅行がてら」
「ネタ探し?」
不思議そうに聞き返した松本さんに、柊一さんがペラペラと説明した。
「ええ、実は僕、ライターの仕事をしてまして。主にオカルト記事を書くことが多いんです。心霊スポットや事故物件の取材とか、霊能力がある人への取材なんかもよくしてまして。こっちにはあまり焦点を当てたことがないので、何かいいネタがないかなあと」
隣であまりにすらすらと嘘が出てくるので、呆気に取られてしまった。さっきの新婚設定もそうだけれど、よくもまあ次から次へといろんな設定を思いつくもんだ。でもきっと、この仕事をする上で必要な能力だったのだろう。




