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疑問が残る

 暁人さんが丁寧にお辞儀をした。


「貴重なお話ありがとうございました」


「ああ、いや変な話をしてすみませんね。放火があったのは昔の事だし、変な噂があったのも空き地の頃だから、心配しすぎなのかもしれない。それ以外は住みやすいよ。私だってすぐ裏で人が何人も亡くなったのがショックで土地を売ろうかとも思ったけど、そのほか住む環境はとってもいいんです。人も優しいしね」


「ありがとうございます。参考にさせていただきます」


「いい家が見つかるといいですね」


 ようやく話を切り上げ、私たちは宇野さんの家から離れた。三石さんの家に戻りつつ、私は深いため息をつく。


「柊一さんたちが言ってたこと、合ってましたね……やっぱり駐車場になる前が問題だったんですね」


 暁人さんが考えながら独り言のように言う。


「かなり昔の事件のようでしたね……一度ネットで調べてみますが、もしかしたら情報は少ないかもしれないな……いや、被害が大きい放火なら、大きく報道されてそうだからそれなりに残っているかも」


「一度三石さんの家に戻りますか?」


「そうしましょう」


 そう話している私たちの少し後ろで、柊一さんが何かを考え込んでいるのに気が付いた。私は首を傾げて顔を覗き込む。


「どうしましたか?」


「……大きな謎が残ると思わない?」


「え?」


 そう言った柊一さんは、四軒並ぶ家をじっと見つめ、黙り込んでしまった。





 とりあえずまたさっきの子供部屋まで戻り、座って一息つく。暁人さんはすぐにパソコンを開いて調べ物をしている。柊一さんはといえば、床にどしんと座り込み、力ない声を上げた。


「あーなんかお腹空いたな~」


 緊張感のかけらもない。少し呆れつつ、私は持ってきた荷物を漁った。こんなこともあろうかと、軽食を用意しておいたのだ。


「え、なになに遥さん、何が出てくるのそのかばん!」


「ちょっとお菓子とか持ってきたんです。おせんべいとかチョコとかー……あ、あとこれ」


 銀色のアルミホイルに包んだそれを取り出した途端、柊一さんが変な声を上げた。例えるなら『んぎゃ』とか『んびょ』みたいな、よく分からない声だ。


「ももももしかしてのおにぎりを!?」


「は、はあ、朝作ってきたんです」


「う、うわーー! 神じゃん天使じゃん! あ、ありがとう!!」


 目をキラキラ輝かせて受け取るもんだから、つい笑ってしまった。こんなおにぎり一つでここまで喜んでもらえるなら、作った甲斐があったというもの。


 早速開いてかぶりついている。頬を膨らませて咀嚼している様子は、あまりに可愛い。ハムスターか。


「あー美味しい! 遥さんのおにぎり世界一!」


「ど、どうも。それで柊一さん、さっき外で言ってた謎って何のことですか? 私気になってて」


「あ、今日は昆布入ってる!」


「聞いてます?」


 私たちの会話を黙って聞いていた暁人さんが、パソコンから目を離すことなく答えてくれた。


「この土地にあった診療所で亡くなった人が今、家に出てくるとしたら、なぜ怪奇現象が起きるのが三石さんの家だけなんだ、ってことだろ」


 それを聞いてはっとする。確かに、そうではないか。


 数名亡くなった大きな火事。その被害者の方たちが霊となって現れる、までは理解できる。では、なぜこの家だけなのだろうか。霊は土地に棲みつく場合もある、と説明を受けたことがあるが、そうならば診療所があったここ一帯全てに怪奇現象が起きていてもおかしくはない。


 元々は診療所があった大きな土地を四分割し、今の家が建っているのだから。


 柊一さんが食べながら言う。


「そう。まあ松本さんと袴田さんの家は聞き込み出来てないけど、朝日野さんの家は間違いなく何も起こってなさそうだったよね。おかしいじゃない?」


「例えば、朝日野さんは霊感がゼロで気づいてないだけ、ってことはないんですか?」


「まあ、可能性がなくはない。世の中にはびっくりするぐらい鈍感な人たちもいるからね。ただ……」


 そこまで言った柊一さんは、一度おにぎりを頬張るのを止め、じっとどこかを見つめる。


「気になる」


 そう小さく呟いた。


 確かに不思議な現象だ。霊たちはなぜこの家にばかり現れるのか。朝日野さんが鈍感なだけなのか、それとも理由があるのか。他の家ではどうなのだろう、みんな何も感じず暮らしているのだろうか。


 彼はさらに続ける。


「それに、遥さんとも話したけど、この家で感じる不思議な空気感は何なんだろう。今まであまり感じたことがないものだよ」


「ああ、それは俺も不思議に思ってる。まあ、違和感というほど大きいものじゃないんだけど、家に足を踏み入れた時に気になる感じだな。原因が何なのか予想がつかない」


「気になることが多いなあ……」


 しばらく沈黙が流れ、それぞれ考え込むが答えは出てこない。おにぎりを食べ終えた柊一さんはアルミホイルを綺麗に丸め、暁人さんは見ていたパソコンを閉じた。柊一さんはお腹をさすりながら言う。


「さて、ご馳走様でしたーっと」


「調べたけど、やっぱり昔の事過ぎて、ネットじゃ厳しいかもな。簡単な記事ぐらいはあったけど詳しくは……近くの図書館に行ってみようと思う。柊一と井上さんは少し待っててもらえるか」


「オッケー。僕は進捗状況を三石さんに伝えてみるよ。それで、彼らの意見も聞いてみる」


「それはいいな。頼んだ」


 丸めたアルミホイルを投げて遊びながら柊一さんが言うと、暁人さんは立ち上がった。私に丁寧に頭を下げてくれる。


「では井上さん、よろしくお願いします」


「あ、はい! 私は出来ること少ないと思いますが……暁人さんいってらっしゃい!」


 部屋から出て行く暁人さんを見送ると、柊一さんも立ち上がりアルミホイルのボールをポケットにしまい込み、大きく伸びをした。


「さて、腹ごしらえもしたし、三石さんと話してみようか。こんな得体のしれない人間がこそこそ何をやってるのか、不安に思うだろうからね。こういう時は細かく状況を説明した方がいい」


「なるほど……」


「まあ、話すことで不安を煽ることもあるんだけどね。それが今回は心配だなあ」


 柊一さんが思っていることが分かる。やはり、弥生さんが妊娠中であることを気にかけているのだ。一人の体じゃないし、妊娠中は精神的なダメージも体に出やすいだろうし。


「でも秘密にしておけないし、仕方ないね。なるべくマイルドな言い方になるよう気を付けよう」


「はい!」


 立ち上がった柊一さんに続きながら、本当に優しいなあと心から思った。暁人さんもだけど、顔もこんなに良くて性格もいいんじゃ、非の打ちどころがない完璧人間だ。


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