周りの家
弥生さんが苦笑いをする。
「結構お安くなっていましたし、それ以外は本当に文句がない家だったので、思い切って買っちゃったんです。ですから、例えば誰かが住む前から何かあって売れなかった……とかではないと思うんですけどね」
柊一さんが頷いた。そのまま質問を続ける。
「ご近所の方とかは、お付き合いはどうですか? 実は今から、周りの人たちに話を聞きに行こうと思っているんです。勿論、怪奇現象の事は一切口にしません」
三石さんがすぐに答えた。
「ああ、とてもいい方ばかりですよ。会うとにこにこして挨拶してくれるし、世間話を交わしたいしてフレンドリーな方々です」
「その方たちはこの現象の相談はしていませんよね?」
「さすがにそれは……近くに住んでいらっしゃるのに、嫌な気持ちにさせてしまうかもしれませんから」
「そうですよね。分かりました、少しこの家の周辺を見てきます」
「はい、よろしくお願いします」
私たちはそのまま外へと出た。ひんやりした空気が肌に突き刺さり、少し寒気を覚えたが、同時に爽快感を覚えた。家の中にいた時より、なんだか気分がいい。
もしかしてやはり、あの不思議な緊張感が、体に疲労感をもたらすのだろうか。
家の前に並んで立って見てみると、なるほど確かに、車二台がギリギリすれ違えるぐらいの道路を挟んで向かい側にゴミ捨て場があった。背の低いコンクリート製の囲いがあり、その中にカラス除けのネットが見える。
「あれがゴミ捨て場ですね」
私が指をさすと、柊一さんが頷いた。
「あれだね。確かに家のすぐ前がゴミ捨て場、っていうのは、気にする人もいるかもしれないか。売れ残っていたのはそれが原因かな」
「分からないぞ。不動産屋がそれらしい理由を言っただけで、本当の原因は他にあるという線も」
「まあねえ、そういうこともあるよねえ」
話しながら、私たちはゆっくり周辺を歩き出した。
正面から見て、三石さんの左隣に一軒、右側に二軒、似たような新築の家がある。この四軒は間違いなく同時期に建てられたものだろう。新しく、さらに似たような造りの家なので一目瞭然だ。
表札を見てみると左から順に、『松本』『三石』『朝日野』『袴田』とある。袴田さんと松本さんの家が角地になり、そこを曲がると、かなり古いと思われる木造の家があった。つまりあの四軒の裏側だ。土地が広く、広々とした庭、それから小さな畑と隣接している。古くからここで住んでいる人なのだろう。この家の土地だけで、もう数軒新築の家が建てられそうだ。お金持ちの豪邸、とは少し違うが、きっと昔からずっとここに土地を持っていて暮らしているのだろう。
その人の表札には『宇野』と書かれていた。
ぐるりと一周し、また三石さんの家の前まで戻ってきたところで、一旦私たちは足を止める。
「宇野さん……大きなおうちでしたね。それに、だいぶ昔からありそうなお宅です」
暁人さんが答える。
「あそこに住んでる人に話を聞けたらいいんですがね……宇野さんのお宅のさらに向こうは、メゾネット型のアパートで比較的新しそうなので、あまり古くから住んでいそうにないので」
「昔の事を知っていそうなのは、やっぱり宇野さんのお宅ですよね」
「どうにかして話を聞けたらいいのですが……もう少し違う方面の道も見てみましょうか。他にも古い住民がいそうな家があるかもしれない」
相談し終え、私たちが歩き出した時、すぐ近くから玄関の扉が開く音が聞こえた。そちらを見てみると、朝日野さんのお宅から、中年のおばさんが出てきたところだった。三石さんのお隣さんである。
年齢は五十半ばくらいだろうか。パーマをかけた肩までの髪に、ややぽっちゃりの体型。手には箒を持っており、玄関の掃き掃除をするようだった。
柊一さんと暁人さんが目を合わせると、すぐに彼女に近づいていく。おばさんもこちらに気付き、不思議そうに頭を下げてきた。世間話でも装って色々聞くのだろう、と分かったが、果たしてどう切り出すのか気になるところだ。三石さんの家で起きている怪奇現象については内密にしないといけないのだから。
「こんにちは」
「こんにちは」
「こちらにお住まいですか?」
「ええ、そうです」
柊一さんがにこにこと笑いながら話しかけている。おばさんは突然会話を振られたことに驚きながらも、柊一さんの子犬のような人懐こい笑顔につられて微笑んでいた。こういう時、顔がよくて可愛らしい彼の雰囲気はとても役立つ。
「ご近所の方でした?」
「いいえー僕たちは元々、この辺りの家いいなあって思って見学に来たことがあるんです」
そう出まかせを言った柊一さんは、次の瞬間私の手をさらっと握った。突然のことに驚き立ち尽くす私をよそに、彼は嘘を並べる。
「新婚なんですよーこっちは僕の兄です」
繋いだ手を見せつけるようにした柊一さんに、私はただ固まった。な、なるほど、私と新婚設定にしたのか。確かに戸建ての新居を探しているとすれば、新婚ということにするのが一番スムーズだ。
とはいえ……こんな顔面国宝級イケメンと私が新婚って、ちょっと無理がないかな? やっぱり柊一さんと暁人さんがパートナーで、私が姉ということにした方が納得感があるような……。
「あらあー! そうだったの! 若くて素敵な新婚さんねえ!」
朝日野さんは信じたらしく、嬉しそうに笑った。その反応を見て、世間話が好きそうなタイプだと分かる。柊一さんが続ける。
「僕たちが見に来たときは、お隣の家がまだ売り出し中だったんですよ。いいなあって見てたけど、悩んでるうちに時間が経っちゃって、改めて見に来てみたらやっぱりもう売れちゃってましたねー」
「ああ、三石さんのお宅? そうねえ、お隣は長く入居されなかったから……今はご夫婦が住まれていますよ。奥さんは妊娠中でねえ」
「そうなんですか! やっぱり家を買うっていうのは決断力が必要ですよねえ」
ほのぼのとした世間話が盛り上がってきたところで、今度は暁人さんが口を挟む。これまた、営業マンのように爽やかな口ぶりで。
「この辺は住むのにいいな、と思って他にも探してるんです。やっぱり住み心地はいいですか?」
「そうねえ。静かだしちょっと行けば色々あるし、便利ですよ」
「朝日野さんの決め手は?」
「私はね、元々主人の両親の家でずっと同居してたんだけど、二人とも亡くなって、ずっと夢だった新居が欲しいって夫に相談してね。もう年だけど、この家はお買い得だったし静かで住みやすそうだったし、思い切って買っちゃったのよ」
嬉しそうに朝日野さんは言った。暁人さんがすかさずとぼけつつ突っ込んだ。
「ああーそういえば買おうとしてた家も、他の家に比べると値引きされててお買い得だったんだよなあ。でしたよね?」
そう尋ねると、朝日野さんはぴくっと眉を動かした。
「そうだったかしら? あんまり見てなかったわ」
「四軒あるうちのどうしてここを選ばれたんですか?」
「別に……デザインで決めただけよ。好みの問題よねえ。大きさも中身の造りもそう大きく変わらないし」
柊一さんは話をつづけた。
「実際の住み心地はどうですか? 僕たち、まだまだこの辺で探してるので参考までに」
「あら、結構いいわよ、おすすめするわ。栄えてるわけじゃないけど、最近は新しい家もどんどん建って若い人が増えてるみたいだし、新婚さんにはもってこいよ。保育園や小学校も近いしねえ。いいおうちが見つかるといいわね、そしたらご近所さんになるかも」
朝日野さんはそう明るい声で言ったので、なんとなく彼女の家で困ったことは起きていないんだろうな、と思った。何か怪奇現象が起きていたとしたら、ここまで明るく人に勧められないだろうと思ったからだ。
三石さんのお隣は特に変な現象は起きていなさそう、っと……。




