消えたあかり
がちゃっと音を立て、扉が開かれる。古い木製の扉だった。緊張で痛いほどに鳴っている心臓を上から押さえつけるように、胸に当てていた。
開いた扉から中を懐中電灯で照らす。三人分の光が部屋の中を動き回る。
狭い部屋だった。入ってすぐ左手には、トイレと思われる扉が一つ。少し進むと、すぐにドレッサーと思しきものがあり、その反対にはベッドが一つ置いてある。たったそれだけのシンプルな部屋だった。
ベッドはマットレスがなくフレームだけ。床はカーペットになっているが、ベッド周辺は剝がされてしまっている。もしや、血痕の処理のために剝がされたのだろうか?
どこも埃が積もり、壁紙は剥がれ落ち、不気味さを醸し出している。奥にある大きな窓ガラスからは綺麗な月が見えて、月明かりのおかげで廊下よりも少しだけ視界がよくなっていた。
「さあ、入ってみるよ。気を付けてね」
柊一さんを先頭に中へ足を踏み入れた。途端、ぶわっと何か冷たい物が背中を走る。これまで生きてきて感じたことのない、気持ち悪い感覚だ。
なんだろう、凄く嫌な空気だ。寒くてここから逃げ出したくなる嫌なオーラ。ホテル全体不気味だったけど、ここは別格だと思った。殺人事件が起きたのはやはり間違いないだろう、そう確信できるほどに。
懐中電灯を握る手に汗が滲む。無意識に震えているのか、私の光だけ小刻みに揺れていた。それに気づいたのか、暁人さんが心配そうに声を掛けてくる。
「大丈夫ですか、あなたには刺激が強いかも」
「大丈夫、です……」
そろそろと中へ進んでいく。出口の扉は開けっ放しになっていた。
狭い空間は息苦しさを覚える。ただ、生々しい血の跡だとか、明らかに殺人現場とわかるようなものが残っていないのだけは幸いだった。
厳しい顔で二人が部屋中を観察している。私はただ部屋の中央に立ち尽くし、じっと待っていた。早くここから出たい、そう思いながら。
腕をさすりながら寒さに震えていると、少しして柊一さんが隣に立った。まだ辺りをじっと見つめている彼に尋ねた。
「何かいますか?」
「いる」
きっぱりと言い切られ、眩暈がした。ああ、殺人現場にいまだ残る霊。あまりにも怖すぎる。
「とはいえ、隠れてるっていうか……姿は見えないんだ。絶対に近くにいるはずなんだけど」
「強い霊ですか?」
「間違いなく」
またしても眩暈がした。だが倒れてる場合ではないので、足を踏ん張って体を支える。ここで倒れたりしたら二人にとんだ迷惑を掛けてしまう。それに、悪霊を食べた後、浄化するのが私の仕事なんだから、気絶していてはその仕事もこなせなくなる。
気をしっかり持ちつつ、なんとなく懐中電灯でゆっくり周りを照らして観察する。確かに、他の場所とは違う嫌な感じは私も気づいている。この感覚が、強い霊がいるという証拠なんだろうか。
ベッドの上を光が通過したとき、そこに赤色が見えた気がしてすぐに戻る。だが、木製のフレームがあるだけだった。風呂場でも赤色を認識したことを思い出し、寒気を覚える。
「遥さん?」
「なんか、赤い色が見えた気がして……」
私の言葉を聞き、柊一さんが鋭い視線でベッドの方を見る。だが少しして、頭を掻いた。
「特に見えないな。遥さんは相性がいいのかな」
「相性……」
「困ったな、雰囲気的には強い霊がいるはずなんだ。それを何とかしないと、調査は終了できないよ。暁人、どう?」
柊一さんが声を掛けると、奥にある扉から暁人さんが顔を出した。トイレの方を見ていたようだ。
「こっちも本体はない」
「うーんホテルに何かいるのは間違いないと思うけど全く姿が見えない。遥さんがまた赤い色を見たんだって」
「赤、か……」
「ずっとここに居座っててもね。さっき遥さんが見たっていう風呂場、もう一度見てみる?」
「そうするか。井上さん、大丈夫ですか」
「は、はい!」
暁人さんは部屋をぐるりと見回しながら言う。
「この部屋が現場っていうのと、あとそれから亡くなった二人が恋人同士ではなさそうだ、ということは分かったな。苗字が違うから夫婦の可能性もなし。ストーカーの犯行だという噂はあながち間違ってもないのかも」
「え、どうしてわかるんですか?」
きょとんとして尋ねる。立ち入り禁止の札を見て、確かにここが現場の可能性が高いとは思ったが、なぜストーカーのことも分かったのだろう。
暁人さんが丁寧に説明してくれる。
「この部屋にあるベッド、見てください。一人用です」
「あ、確かに……」
「つまり、ここに宿泊していたのは一人だったってことでしょう。元々、恋人同士での無理心中の可能性は低いかなと思っていたんです。刺殺なのだから凶器は刃物ですよね。ここには刃物はないのだから、あらかじめ用意しておいた計画的なものということになります。恋人を計画的に殺すなら、周りに人がいるホテルではなく、自宅や人気のない場所の方がずっとやりやすいでしょう?」
「確かに!」
「一人で宿泊していたら、何らかの方法でストーカー相手が侵入し、安心して休んでいたところを狙われた……という流れが一番スムーズかと」
私は一人で唸った。確かに、その考えは筋が通っている。暁人さんってずいぶん頭がいい人なんだなあ、全然そんなこと分からなかった。
やっぱりストーカー殺人ということなのか。現代でもたまにニュースで見るもんなあ。
「……怖かったでしょうね」
私はポツリと呟く。暁人さんが申し訳なさそうに言った。
「女性である井上さんは、特に聞いていて辛いでしょう。すみません」
「いえ! 謝られることじゃ……殺された佳子さんって方は、無念だったでしょうね。可哀そう」
私の言葉に、二人が少しだけ微笑んだ。話題を変えるように、柊一さんが声を上げる。
「じゃあ、とりあえずもう少し探してみようか。風呂場をもう一度見に行ってみよう」
私は返事をし、そのまま出口へと向かっていく。三人で廊下に出た時、急に自分の懐中電灯の光がふっと消えたことに気が付いた。
「あれっ」
暁人さんが振り返る。私はスイッチを何度か操作してみるも、やはり明かりは点かない。暁人さんが首を傾げた。
「電池も交換したばかりなんですが」
「接触ですかね……?」
私は持っていた懐中電灯の頭の部分をひねってみた。くるくると回転させると、電池が入っているのが見える。また戻そうとして、中から電池がコロンと落ちてしまった。電池が四つ、転がっていく。
「あ! しまった!」
慌ててみんなでそれを追う。その一つが部屋の中に転がり込んだので、私はそれを追って中に足を踏み入れた。
途端、背後でばたん、という音がしたので固まった。




