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 だが同時に、すぐ隣にあるホテルもよく見えるようになってしまった。私はそれを呆然と見上げる。

 

 古い形のホテルだった。三階建てで、横長の形をしており、客室と思われる窓がずらっと並んでいる。元は白かったであろう外壁は、今は真っ黒なシミがまだらについており、その年月を物語っている。時折、誰かがいたずらで書いたであろうスプレーの落書きがあった。


 すぐ近くには入り口と思われるガラス製の扉が見えた。自動ではなく、手で開閉するタイプらしい。どこか懐かしさを感じる造りだ。だがそれも、長く雨風にさらされたせいかそれとも人によるものなのか、一部大きく割れてしまっていた。


 柊一さんが言う。


「幽霊どうこうより、足場が悪そうだからそういう面で遥さんが心配だなあ。怪我とかしなきゃいいけど。幸運の体質って言ったって、転んで怪我するぐらいはあるでしょう?」


「ま、まあそれは、はい」


「僕たちにつかまっていいからね」


 ふわりと笑って言ってくれる。こんな状況だというのに、どきりとしてしまった。なんて人なんだ。


「ありがとうございます……」


「じゃ、行こうか。あまり遅くなってもね」


 二人が合図して歩き出す。暁人さんと柊一さんは、気遣ってくれているのか、私を挟むようにしている。ああ、こんな風に男性に挟まれたのは、人生で初めての経験だ。心霊スポットでなければいいのに。


 入口にたどり着くと、ライトに照らされ中がぼんやりと見えた。中は悲惨なことは確かなようで、足元には瓦礫のようなものが散乱している。


 暁人さんがガラス製のドアを開けた。鍵などはかかっていないようだ、かかっていたとしても割れてしまっているこの状況では意味がないだろう。


 ドアが全開になると、中から埃とカビの匂いがむわっと私を襲った。暁人さんが照らした灯りの先に、フロントらしきものが見える。ここはロビーだったのだろう。


 私も持っていた懐中電灯で照らし中を観察してみる。ひっくり返った椅子やテーブル、ゴミや瓦礫が散らばって足元は悪いし、壁も壁紙が剥がれ落ちている。どこもかしこも埃で真っ黒だ。


 ぞわぞわと言葉に説明できない何かを感じる。完全に雰囲気にのまれてしまった。


「井上さん、足元に気を付けてください」


 私は返事も返せないまま、とりあえず中に足を踏み入れてみる。外よりずっとひんやりしていた。後悔の嵐だ、やっぱり来るんじゃなかった。こんな中を散策するなんて、普通の神経の持ち主なら無理に決まっている。


 両隣を見てみると、平然とした顔の二人がいたので、やっぱり慣れているらしい。暁人さんが言った。


「とりあえず回って観察してみようと思います。一階から行きましょう」


「はい……」


 私は小さく返事をしながらふらふらと二人についていく。寒気が強くなり、腕をさすった。三人が持つライトで視界はそれなりに明るいとはいえ、遠くの闇までは照らすことが出来ない。あの真っ暗な部分から、誰かが出てきたらどうしよう、と想像してはぶるぶると震える。


 フロントを抜けていくと、ゲームコーナーがあった。当時使われていたであろうゲーム機がそのまま置いてあり、埃を被っている。古い形のクレーンゲームや、ドライブゲームなどが当時の状態でひっそりと私たちを出迎える。私が幼い頃に遊んだスウィートランドと呼ばれるものもあった。ドーム型のマシンで、お菓子や小さなおもちゃが積まれており、上手くやればお菓子をゲットできるあれだ。


 細かい所まで懐中電灯を当ててみるが、今のところ幽霊らしきものはいない。


「こっちはお風呂みたいですよ」


 暁人さんがゲームコーナーを通り過ぎ、指をさした。見てみれば、大きなのれんのようなものがぶら下がっている。汚れと劣化でよく読めないが、おそらく『湯』と一文字書かれているようだ。


 お風呂、ってなんか嫌だなあ。水があるところって幽霊が寄ってきやすいと聞いたことがあるけど、実際はどうなんだろう。


 三人でゆっくり足を進め、風呂場までたどり着く。広々とした脱衣所があった。着替えなどを置く木製の棚と籠がある。大きなその奥には大きな鏡があり、汚れや傷があるものの私たちを映していた。なんとなく見るのが怖くて、視線を逸らす。


「こっちが浴槽だね」


 柊一さんがじっと見つめている先には、確かにお風呂と思しきものがあった。六個の洗い場と、中央にある大きな湯舟。そこまで大きいとは言えない大きさだが、数人で浸かるには十分な広さがある。


 柊一さんはためらわずに中へと入った。可愛らしい顔とはまるで違い、ずかずかと平気で進んでいく。


 その背中を追って私もそっと足を踏み入れてみた。昔はお風呂だったようだが、今は無論水一滴もないし、むしろ乾燥している。


 カエルが描かれた桶が足元に転がっていた。なんとなくそれに明かりを当て、ぼんやりと見る。場にそぐわぬ明るい声で、柊一さんが言う。


「しかしこんなところに入らされる芸能人たちも可哀そうだねー。僕たちみたいに攻撃できる能力があるならともかく、素人は相当怖いでしょ」


「だろうなあ。大概芸人とか、アイドルとかが多いよな」


「ねえ夏にやってた番組見た? 今回の依頼元じゃないテレビ局だったんだけど、すごい場所に入ってたよ。僕憐れんじゃったもん」


「お前プライベートでそんなの見てるの? 俺、仕事以外でそんなの見たくないわ」


 緊張感のない二人の会話が救いだった。仲のよさそうな様子に微笑み、少し肩の力が抜ける。もしかしたら、私のためにあえて明るい声を出してくれてるのかもしれない。あとはやっぱり、仲いいなあ。二人の恋路は私がしっかり応援します。


 表情を緩ませながらなんとなく懐中電灯を動かし、周りを観察する。丸い白い光がゆらゆらと動き、風呂場の一部を照らしていく。


 その光が洗い場をすっと通った瞬間だ。壁に貼り付けられた鏡たちに、自分の姿が映っていたのが分かった。だが白いパーカーを羽織った自分の背後に、何か赤い色を捉えた。


「あれっ」


 小さく声を上げて、すぐに気になった部分に光を当てた。だが、ぽかんとした自分がぼんやり映っているだけで、赤い物は特にない。振り返って周辺を見回してみるが、やはり何もない。


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