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到着

 暁人さんがため息をつきながら言った。


「記事にあるように、そこでは殺人事件が起きています。だが、もう三十年も前のこと。昔すぎるし、当時他に大きな事件があったらしく、そっちに報道が偏ったみたいで、記事はそこにある小さなものしか残っていません。まあ、犯人が逃亡してるとかならともかく、死亡が確認されてる事件ですからね」


 私は粗い新聞の文字を読んでみる。内容も実に簡素なものしか書かれていない。


 ホテルで男女二人の遺体が発見された。身元もすぐに割れたそうで、大塚佳子さん(24)、西雄一郎さん(25)と判明している。どうやら刺殺だったようだ。状況的に見て、無理心中とみて警察は捜査している、と書かれていた。


「刺殺、ですか……血だらけだったってことですね」


 ぞくりと背筋に寒気が走る。柊一さんが頷いた。


「そうなるね。それ以外の記事は探したけど見つからなかった。三十年も前だから、ネットで検索しても載ってないしね」


「二人が発見されたのが、今から行くホテルということですね?」


 暁人さんが答える。


「はい。その事件があったあと、当然ながらホテルは経営が悪化。それでもしばらくは頑張って経営してたみたいですが、数年後に廃業しています」


 そして取り壊されることもなく今に至る、ということか。廃業して二十五年近くは放置されていることになる。かなり状態も古いホテルだろう。一体どんな姿なのだろう、と不安が増す。


 さらに資料をめくってみると、記事にはない情報が羅列されていた。『取り壊そうとしてけが人が出た』……『現場は三階一番奥の部屋』……


 柊一さんが隣から覗き込んでくる。やや近い距離に彼の顔があり、少し緊張した。


「これは、噂ね。このホテルにまつわるもので、事実確認はできていないけど、このホテルを知る人たちがこう言っていた、っていう情報」


「なるほど。事実かどうかまでは分からない情報ってことですね」


 言いながら文章を読んでいると、被害者の人たちについても書かれていた。『二人は付き合っていたわけではなく、片思いをこじらせストーカー化し、無理心中させられた』


 柊一さんが少し低い声で言った。


「あの記事の後に続報はないから、警察がどう調査をしたかはさすがに分からないけど、この噂はちょっと気になる話だよね」


「ストーカーですか……」


 私は眉を顰めた。好きな相手に付きまとい、嫌がらせをしたりするストーカーという行為は、今も溢れている。それがエスカレートした後、相手に殺害されるという事件も、頻繁に目にすることがある。警察に相談に行っていても、完全に防ぐことは難しいのだろう。


 暁人さんもやや厳しい声を出した。


「ストーカーという行為が問題視され、法律化したのは2000年のことです。その事件があったころは、まだストーカー規制法はなかったですし、一人で悩むしかなかった時代でもあります。決して警察が悪いわけではなく、法律がなければ動けなかったのでね」


「許せない」


 自分の口からつい言葉が漏れた。女性は腕力では圧倒的に男性に適わない。だからこそ男性相手に恐怖を感じることもあるし、日々神経を張って生活している。どこに誰がいるか分からない、と誰しもが警戒しているからだ。


 そんな相手に目をつけられ、ストーキングされ、刃物まで取り出されてしまったら。かなうわけがないし、どれほど怖かっただろう。


 そのあと、犯人も後を追って死んでしまっては、罪を償なわせることすらできていない。


 柊一さんが私を心配するように言った。


「まあ、噂だから。とはいえ、無理心中があったのは事実なんだけどね……大丈夫?」


「あ、すみません、大丈夫です」


「ストーカーの話は置いといて。無理心中があったとなれば、殺された方は無念だったろうなと思うよね。そういう霊があそこで彷徨っているとしても何ら不思議じゃない」


「そうですね。二人の関係性は確かな情報がないですけど、どっちみち殺されたってことには変わりありませんもんね。可哀そう」


 そう呟いた時、暁人さんが『そろそろだ』と一人呟いた。窓の外を眺めてみると、真っ暗な夜の道に言葉を失くしてしまった。


 あまり舗装もされていない細い道を走っていた。車二台すれ違うのがギリギリなくらいだ。街灯らしきものも一切なく、車のヘッドライトだけが道を照らしている。両脇は生い茂った木々が道を覆っており、不気味さを醸し出していた。


「こ、こんな場所にですか……?」


 呆然として呟いたが、確かにテレビで見る心霊スポットは、こうやって人気のない場所にひっそりとある物ばかり紹介されているように思う。そりゃ、心霊番組として雰囲気出したいから、あえて選んでるんだろうなあ。


「もう見えてくるはずですよ……あ、ほら、あれだ」


 暁人さんが言ったので前を見てみると、暗くてよく見えないが確かに大きい建物が確認できた。車はそれに近づき、ホテルのすぐ前に停められた。元々駐車場だったのかもしれない、広々とした空間がある。車を降りてみると、寒さが自分の肌をさし、ぶるっと震えた。もう少し厚着してくればよかったかもしれない。


 辺りはひたすら木で囲まれている場所だった。だが、こんな場所でも訪問者は多いらしく、地面にまだ新しいと思われるお菓子のごみや酒の缶が散乱していた。肝試しに来た、怖いもの知らずな人たちが捨てたのだろう。


 びゅううっと風が吹いて自分の髪を巻き上げる。その音が、まるで人のうめき声のように聞こえてぞっとした。


 怖がっている私の横で、二人がごそごそと何かしている。そして次にパッと周りが明るくなった。二人がそれぞれ懐中電灯を手にしたからだ。暁人さんたちの顔がしっかり見えたので、少しだけ恐怖心が薄れた。光とは、重要なものだ。


「はい、井上さんもライトを」


「ありがとうございます……!」


「あとこれ、よかったら」


 そう言って暁人さんが差し出してくれたのは一枚のパーカーだった。私が寒そうにしているのを見ていたのだろう。その気づかいに感激し、ありがたくお借りする。

 

 白いパーカーを羽織ると、当然ながらだいぶ大きかった。暁人さんはそれなりに身長もあるので、私とはサイズが全く違う。袖に手が隠れてしまうので、簡単に折り曲げておいた。男性の服を着るという行為は、どうしてこうも変な気持ちになるのだろう。


「ありがとうございます!」


「それと懐中電灯だけじゃ心もとないので、これもつけてもらえますか」


 彼が差し出したのは、ランニングライトだった。その名の通り、夜にランニングする人が主に使用するもので、見たところ胸部につけるタイプのものだった。私は受け取り、ベルトを肩から通してみる。


 スイッチを入れると、思ったより明るい光がついた。これ一つでだいぶ周辺が見やすくなる。


「ああ、結構明るくなって安心しました」


 ほっとして言うと、二人が微笑んだ。暁人さんも同じようにランニングライトをつけたので、さらに周辺が見えやすくなる。

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