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廃ホテル

 が、正直なことを言うと、心霊番組で紹介される全てが本物だとは思っていない。中には故意に作られたものや、たまたまそうなってしまったものなどが多いと思っている。


 暁人さんが続ける。


「そこで、中に入る芸能人に危害を及ぼすような悪霊がいないかどうか、調べてほしいという依頼です。稀にこういう依頼があります」


「え、あらかじめ調査してから入るんですか!?」


 そんなのは初耳だ。隣の柊一さんが説明を引き継ぐ。


「全部の番組がそうってわけじゃないよ。今回依頼してきたテレビ局は、ずっと前企画で中に入った芸能人が、なーんかやばい目に遭っちゃったんだって。それから、こっそり調査してから撮影することになったんだって」


「金もかかるので、基本的に他のテレビ局はしてないと思います。幽霊がいるかいないか、ではなく、人に危害を及ぼすような悪霊がいないかの調査です。本当の恐怖体験になってしまっては、放送も出来なくなるし損する部分が多いですから」


 初めて聞いた話に唸る。でもまあ、簡単に言えば安全確認なんだろう。何もせずにタレントを心霊スポットに放り投げるより、ずっと安全だし真面目な気がした。


「なるほど、それで見に行くんですね」


「そうです。今日あえて夜を選んだのも、撮影する時間が夜だからです。同じ条件で見ておかねばなりませんから」


「じゃあ、普段は昼に調査することも多いんですか」


「もちろんです。それと、どんな霊がいるかは分からないので、井上さんの出番がないこともあります」


 一瞬意味が分からずきょとん、としてしまうが、少しして理解が追い付いた。


 柊一さんが相手にするのは、力の強い悪霊だ。そのほかは暁人さんが祓うという。もし今日行く廃ホテルに悪霊がいなければ、柊一さんの出番はないのだ。そうなると、もちろん私もやることなし。


 そうか……同行したとしても、私の仕事がないパターンもあるのか。


「悪霊って、やっぱり見ただけで分かるんですか?」


 尋ねると、柊一さんが考えながら言う。


「んー厳密に言うと、見ただけで分かるときもあれば、そうじゃないときもある。一目でヤバイな、って感じるものもいるよ、そういうのはもはや人間の頃の面影が残ってない」


 どんな形をしているんだろう……。


「でもすぐに判断がつかないこともある。霊にも個性があってね、本性を故意に隠してるやつがいたり、力は強いのに別に人に危害を与えようとは思ってなかったり、とにかく色々いるんだよ」


「難しいですね。こういう世界の話は聞いたことがないので、よくわかりません」


 柊一さんが頷く。


「普通に生きてたらないよね。とにかく、僕たちから離れず、無理だと思ったらすぐに言うこと。それが遥さんのお仕事だよ」


 まるで子供に言い聞かせるように言ってくる柊一さんに、頷いて見せた。暁人さんがバックミラー越しに、珍しい物を見る目で柊一さんを眺める。


「柊一がずいぶんしっかりして見えるな。普段からそうシャキッとしててほしいもんだよ」


「僕は普段からしゃきっとしてる」


「どこがだよ。多分お前の天然ぶりは井上さんも気づいてる」


「天然じゃない」


「天然だ」


 柊一さんが口をとがらせている。それを横から、瞬きもせずに唖然として見つめた。か、可愛い。何だこの生き物は!


 いったん彼から視線を外して、自分を戒める。落ち着け、私は決して下心があって仕事の手伝いを言い出したわけではない。あまりに興奮していたら怪しまれてしまう。


 その時、仲のいい二人を見てふと思う。幼馴染と言っていたけれど、本当にいいコンビだと思っている。まだ短時間だが、柊一さんがフワフワとした不思議な人で、それを注意してみているのが暁人さん、という感じだ。


 もしかして、仕事上だけじゃなくて、私生活でもパートナーなのでは?


 さっきカフェで食事をしていた時も、柊一さんの袖にハンバーグのソースが付きそうだから気をつけろだとか、食べた直後眠そうにしてる柊一さんを呆れながら起こしたりだとか、かなり彼を理解している感じがした。息もぴったり。


……そうかもしれない! 私は心の中でそう一人思う。


 だから柊一さんが辛そうにしてると暁人さんも辛そうなのかも。二人には入り込めない絆があるのかもしれない。こんなかっこいい二人の仲なんて、応援しないわけがない。


「遥さんどうしたの? 一人で百面相してる」


「ひえ!? い、いえ、ちょっと考えことです!」


「そ? 嫌になったらいつでも言ってね」


 柊一さんはそう優しく言った。私は必死に自分を落ち着かせ、話をもとに戻す。


「えっとじゃあ、幽霊がいない可能性もあるんですね?」


 暁人さんが答える。


「まあ、テレビ番組で使われるほど噂がある場所なら、何かしらいるとは思います。ただ、それが悪霊かどうかは分かりません。そこまで強くない相手なら、何もせず帰ることもあります。ただ、初めに言っておきますが、そのホテルでは昔殺人事件が起きています」


 どきりとした。一気に現実に引き戻された気がする。


 暁人さんは前方から視線は外さないまま、私に何か紙を差し出した。受け取って覗き込む。


『T市にある廃ホテルについて』……


 そのホテルについてまとめられた資料のようだった。私は目を通していく。柊一さんはすでに読んだ後なのか、こちらには目もくれず説明をし出した。


「よくある話だよ。ホテルの近くで人魂を見ただとか、中に肝試しで入った若者が発狂して出てきただとか、夜中になると男の唸り声が聞こえるだとか。これ全部噂ね。それで周りからは恐れられている」


「まあ、確かによくある話ですね。廃ホテルってだけで、人間は恐怖心を煽られますし」


「その通りなんだ。誰かが言い出すと、聞いていた人間が面白おかしく話を膨らませて、また誰かに話す。そうやって噂だけ大きくなってしまう例は多くあるよ」


「でも、この記事……」


 一枚めくると、何やら古い新聞記事のようなものが張り付けてあった。日付を見ると、なんと三十年前だ。


 かなり小さな記事だ。目を凝らしてみると、『ホテルの中で男女の遺体発見 無理心中か』と書いてある。


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