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顔も知らないお隣さん


 ベッドの上でごろりと寝転がり、ぼんやり白い天井を眺めていた。


 三年前に契約して始めた一人暮らしは随分慣れてきていて、いつの間にか物が増えてきてしまっている。ミニマリスト、という単語を最近知ったが、自分には程遠い存在だなと痛感している。可愛い写真たてを見つけるとつい購入してしまい、そのくせ飾りたい写真などあまりのないので、ただの置物と化している。


 こういう時、素敵な恋人でもいてくれれば、あの写真たてたちも出番だとばかりに輝いてくれるだろうに、あいにくそんな存在は今いない。


 右手にスマホを持ち、左手はセミロングの黒髪をくるくると指で巻いていた。


『……って、聞いてる? 遥!』


 友人の不機嫌そうな声がスマホから漏れてきて、慌てて返事を返した。


「ごめん! ぼうっとしてた! 新しいバイトに慣れなくて疲れててさ」


 素直に謝ると、同情した声で友人が励ましてくれる。


『あーまあ、大変だよねえ。さすがの遥も、会社の倒産までは救えなかったかあ』


「急に倒産だからね。まったくこっちのことも考えてほしいよ」


 私は大きなため息をついた。美和が励ますように言ってくる。


『でもまあ、焦らずいい所さがした方がいいよ。また急に倒産したりしても困るしさあ。とりあえずは短期のバイトで何とかなってるんでしょ?』


「余裕があるとは言えないけどね。いい所見つかるといいけどなあ」


 私はごろりと寝返りを打ちながらそう言った。


 事の始まりは二か月前のこと。勤めいた会社が、ある日突然倒産してしまった。


 それはもう本当に急なことで、いつものように出勤したら、会社中みんなが慌てたように動き回っていた。噂によるともうダメらしい、と誰かが教えてくれた。確かに経営は順調とは言えなかったが、それでもこんなに急に倒産してしまうなんて、誰が思っただろう。


 働き先を失ってしまった私は、再就職先を探すためにいろいろ頑張ってみたのだが、そうすぐにもいい所は見つからなかった。仕方ないので、とりあえずカフェのバイトを始めて食いつないでいる。ほかにも、一日単発のバイトなどでお金を稼ぐ日々。


 こんな展開は人生で初めての事だった。なぜなら、昔から私は『とても運がいい』人間だったからだ。


 小さなことで言えば、アタリつきアイスはしょっちゅう当たる。旅行に行けば絶対に晴れだし、テストのヤマもよく当たる。大きなものだと、普段乗っていたバスをたまたま乗り過ごしたら、大きな事故を起こしてた、なんてこともあった。受験も就職活動も、驚くほどあっさり決まり、この調子で順風満帆な人生を送るはずだった。これは友人にも有名は話で、倒産したと話をすると、『遥が勤めてるのに!?』と驚かれたほどだ。


 だから、こんな風に躓くのは初めて。でも悲観はしない、これまでラッキーな日々を送ってきたんだもん、神様だってたまには試練を与えたくなるでしょう。


 健康だし、会社が倒産するくらい、どうってことないと思ってる。ただ、ちょっと疲れているのは否めないけれど。


『遥のお母さんは心配してない?』


「あの人は楽観的だからねー。なんとかなるでしょ、ならなかったら帰ってくればいいんじゃない、ぐらいよ」


『あは、さすが井上家』


 自分の幸運な体質は遺伝らしく、母と弟も共通している。だからなのか、私、母、弟は基本楽観的だ。ちなみに父はごく普通の人で、むしろ心配性の部類に入るので、いつも胃を痛そうにしている。


 ちなみに、幸運体質だけではなく、不思議な物を見る能力も授かっている。それは黒いもやのようなものだ。時々しか見ないが、煙やキリとはまた違う、不思議な黒い空気を見ることがある。それはとてもよくないもので、近づかないように過ごしている。


 弟も同じように言っていた。だが母は、『あれはまき散らせる』と言っていたので、あの人は強すぎる。


「にしてもさあ、カフェのバイトだけど、めちゃくちゃ忙しくてさー目が回りそうなのー」


『遥が働いてるからじゃん? 今までそんなに繁盛してたの?』


「え、まじそういうこと? そういえば店長が、不思議そうにしてたわ……」


『さすがだねえー持ってるうー! 招き猫じゃん!』


「あれじゃない、私ってほら、石原さとみに似てるって言われるから勘違いした客が押し寄せ」


『一度も思ったことないから』


 やんややんやと、楽しい会話を重ねていると、隣から物音が聞こえた。これは玄関の扉が閉まる音だ。ちらりと時計を見上げてみると、時刻は二十二時を回っていた。


「あ、お隣さん帰ってきたな」


 つい言葉に出してしまった。


『お隣さん? ああ、前見た時、怪我してそうだったっていう、あの?』


 美和の話に頷いた。この部屋は角部屋なので、お隣さんは右隣一軒だけ。よくある一人暮らし用のアパートで、特に不満もなく暮らしている。

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