眠るまで
「あれ・・・鍵がかかってるな。養護の清水先生、今日休みだったか?」
ちょっと困った顔もいいな・・・ふと浮かんだ自分の考えを急いで打ち消していた私は
荻原先生の言葉が聞こえてなくて。
「結菜、大丈夫か?具合、悪くなってるんじゃないのか?」
熱のせいでボーっとしてると思ったんだろう。心配そうな顔が私を覗き込んでいた。
「あ、大丈夫です」
「大丈夫って顔じゃないぜ。お前、家には誰かいらっしゃるのか?」
「ええ、叔母が・・・」
「じゃあ、鞄取って来てやるから、ここで待ってろ。俺が送っていってやる。」
「でも・・・」
「保健室が開いてないんだから、仕方ないだろ。ちゃんと待ってろよ?」
そして、自分の上着を脱ぐと、私の肩に掛けてくれた。
「体操服じゃ、寒いだろ。それ着て待ってろ」
私に反論する暇も与えずに、先生は駆け出して行ってしまった。
・・・・・・暖かい。
先生の優しさが伝わってくるようで、なんだか泣きたくなった。
事故の後だって、泣いたことなんかなかったのに。
先生に家まで送ってもらうと、美奈子おばさんがビックリしながらも優しく迎えてくれた。
先生は、「授業がありますから」とおばさんの「お茶でも・・」という誘いを断って
玄関先で帰って行った。
何度か、喉が渇いて、ベットの脇の机におばさんが置いていってくれた
スポーツ飲料を飲んだ他は、ずっとまどろんでいた。
何度目かに目が覚めた時、窓の外はすっかり暗くなっていた。
「結菜さんの具合は如何ですか?」
「ええ、お医者様も風邪だろうと仰って。
薬が効いたのか、ずっと眠っているんですよ」
玄関から声が聞こえる。
「先生?」
私は起き上がると、椅子に掛けてあったカーディガンを羽織って
階段を下りて行った。
階段の一番下に来る前に、心配そうな顔をした先生と目が合った。
「結菜、起きて来て大丈夫なのか?」
「・・・先生の声が聞こえたから」
私と先生を交互に見比べてから、美奈子おばさんが言った。
「こんなところではなんですから、どうぞおあがりになってください。
結菜ちゃん、あなたは寝てないと。9度近く熱があるのよ?」
寝たら、先生が帰っちゃう・・・そんな思いが顔に出たのかもしれない。
おばさんは『仕方ないわね』というように笑うと、先生に言った。
「荻原先生、この手のかかる子を、部屋まで連れて行ってくださいませんか?
私はすぐにお茶をお持ちしますから」
先生も、分かってますといった顔でおばさんに微笑み返す。
「分かりました。じゃ、行くか、結菜」
なんだか子ども扱いされたみたいで癪だったけど
先生が帰らないでいてくれることが嬉しくて、私は素直に頷いた。
「ほら、ちゃんとベットに入れよ」
言われるままにベットに入ると、先生が布団を掛けなおしてくれた。
「今日は素直だな。熱のせいか?」
笑いを含んだ声。ずっと聞いていられたらいいのに。
「先生・・・」
「ん?なんだ?」
「私が眠るまで、傍にいてくれる?」
彼の笑顔を見ながら、私はそのまま眠りへと落ちて行った。
「なんだ、もう寝たのか。残念だ・・・なんて言ったら教師失格なんだろうな」
彼の呟きは、私の耳には届かなかった。